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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
4章 盆休みケンゴ編 灼熱の中で輝く

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第42話 ぐ……ぐえ~

 夏の日射しは八月に入ると本格化する。

 本領発揮と言った所だ。こんな日に外で過ごすのは自殺志願者だと、ヒカリは感じていた。


「……あ~。やっぱりママに送って貰えば良かった」


 両親は仕事なので気を使ったが、それ以上にこの暑さは参る。

 日傘を使っても、アスファルトからの熱が汗を誘発する。この時期はフライパンで調理される食材の気持ちを嫌という程理解できるだろう。


 早く目的地に着かないと、汗で水分を全部持っていかれる。

 駅から歩いて十五分。見慣れた角を曲がると、砂漠のオアシスを視界に捉えた。


「来るのは久しぶりかぁ」


 それはケンゴとリンカが住むアパート。

 ケンゴが海外に転勤してからリンカとは学校で毎日会っていたので、アパートに来る機会は殆どなかった。


「リーン」


 親友の名前を呼びながら部屋のインターホンを鳴らすと、程なくして扉が開く。


「いらっしゃい。うわっ暑っ!」

「早く中に入れて~」


 クーラーによる文明の恩恵に戻ったヒカリは本日はリンカの部屋に遊びに来たのだった。






「はい、これ。バイト代と特別号ね」


 ヒカリは背中のリュックから7月にお願いした撮影のバイト代と来週に発売される写真集の特別号を持ってきた。


「ありがと」

「ふー、外は強火の中華鍋よ。昼間は地獄ね」

「言えば取りに行ったのに」

「いいのいいの。それよりも、ちょっと日焼けした?」


 リンカは程よく焼けている。外を出歩くだけではこうはならない。


「ちょっと海にね」

「ほほぅ……ケン兄と?」

「お母さんが行こうって言ったから。お隣さんはついで」

「とか言っちゃって~」


 口ではそう言いつつも、満更ではなかった様子のリンカに少しだけ羨ましさを感じた。


「わたしは海とか空を遮るものが無いのはNGだから。授業のプールはギリオーケーだけど」

「室内プールもあるし、今度一緒に行こうよ」

「パパの手が開いたらね」


 水場にはリミッターの外れた(ハイエナ)どもが生肉(おんな)を狙って、うようよしてる。

 狙われる小鹿がプールに行くにはライオンの眼光が必須だろう。


「そっちもアホほどナンパされたでしょ? セナさんとリンって並ぶだけでハイエナ共が寄って来るし」

「あー、うん。でも色々と大丈夫だったよ」


 その時は、ライオンどころかティラノサウルスが現れた事をヒカリは知らなかった。






(あづ)~」


 ヒカリは上着を脱ぎ捨てて、下着姿で扇風機の前に、あ゛ー、としていた。


「ヒカリ、はしたない」

「もうちょっと涼んだら着るからさー」

「まったく……」


 クーラーと扇風機と半裸のコンボを前に汗と体温は高速で下がっていく。


「それで、今日はお隣さんは休みなの?」

「一応は休みらしいけど、朝から出掛けている。なんか急にバタバタしだして」

「ふーん。そう言えば、今日って甲子園の開会式と一回戦があるのよ」

「確かダイキの所は一回戦だっけ?」

「そー。折角だから皆で観戦でもしようかと思って」


 皆、と言うのにはケンゴも含まれている。


「良いけど、隣の人はいつ帰ってくるかわからないよ」


 そう言いながらリンカは玄関のドアに備え付けのポストに不在連絡票が入っているのに気がついた。


「うわ。いつのだろこれ」


 見ると夏のお歳暮だった。母は会社でも上役なので、その挨拶といった所だろう。

 受け取りは近くのコンビニにも対応している。


「ちょっと行ってくる。日傘借りるね」

「行ってら~」


 クーラーと扇風機のコンボは、一気に夏の暑さを忘れさせてくれる。

 後はアイスでもあれば完璧なオアシスなのだが。


「ん? リン、財布忘れてるじゃん」


 コンビニでの受け取りには本人確認が必要だったハズ。不在連絡票でも対応出来なくはないが、二度手間の可能性を考えると戻ってくるだろう。


 すると、カンカンとアパートの階段を上がる音。そして、インターホンが鳴った。


「そそっかしー」


 予想通りだった事にヒカリは財布を持って玄関へ行くと扉を開ける。


「リン、これでしょ――」

「リンカちゃん! ネットでしかない映画をついに入手したぜ! ビデオ店の店長が裏ルートで仕入れて、今日借り……れ――た……」


 上半身下着姿のヒカリは炎天下を行き来してきたケンゴと邂逅した。






 オレは動けなかった。

 前から観ようと思っていた映画。それをようやく入手し、その感動をリンカと分かち合おうとした矢先である。

 インターホンを鳴らして戦果を報告すると、そこにはリンカではなく、何故か下着姿のヒカリちゃんが――


「まって……ヒカリちゃん、ちょっと待ってね。色々と整理したいんだけど……ちょっと待ってね」

「へ……ふわ……」


 状況が理解できないのはヒカリちゃんも同じだった。しかし、この状況は悲鳴を上げられても文句は言えないだろう。

 それはこのまま硬直すれば間違いなく、炸裂する。


「ま……まってね。ちょっと、ホントに待ってね。お願いだから待ってね」


 状況を打破しようと考えるオレの脳は高速で回答を検索し、その代償として語彙力が低下する。


「う……えっと……」


 ヒカリちゃんは状況を理解し始めたのか、みるみる顔が赤くなって行く。

 そして、下着を隠すように腕で覆い、更にその場に座り込んだ。


「ヒカリちゃん、これは事故――」


 と、弁明しようとしたオレは、不意に後ろからヒザ裏を蹴られて足が崩れる。


「あぅ!?」


 ガクンっと下半身の力が抜け、なんとか膝立ちになるも次には蛇のように腕が首に絡まってきた。


「うごほ!?」


 完璧なチョーク。抵抗しようとその腕に手を――


「抵抗したら通報する」


 ドスの利いたリンカの声と殺意が耳隣からから聞こえた。


「言い残す事は?」


 完全に殺る流れ。オレが残り少ない意識の中で、絞り出した言葉は――


「ぐ……ぐえ~」


 と、ザコが他愛なく死ぬときの言葉と共に意識を失った。

あべし

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