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第400話 死ぬんじゃねぇぞ

 生きていると、言いそびれる言葉ってヤツを一つか二つ経験する事がある。

 俺にとっては一つだったがな。


「はぁ? お前……今、なんつった?」

「『神島』を継ぐ。元よりそのつもりだった」


 中学の卒業式の帰り。いつもは四人の所を珍しく二人で歩きながら、俺は大鷲譲治(おおわしじょうじ)に怪訝な眼を向けた。


「おいおい。それ本気か? 高校受験も受かって、都会に住む場所も決めて、ロクとトキと四人で繰り出そうって昨日、話したばかりじゃねぇか。『神島』を継ぐって事は、その時点で一生里から出れなくなるんだぞ?」


 『神島』はこの里を管理する長が襲名する姓である。それ以外の里民は鳥の入った名字を持っていた。


「センリ先生は今日の卒業式に来なかったな」

「ああ。何でも体調不良とからしいぞ」


 センリ先生は俺達の小中学を教えてくれた教師で人生の恩師でもある。ジョーの里親でもあった。

 いつも、側にいる兄のような存在で、卒業式には姿がなかったのが不思議だった。後でお見舞いに行こうと思っていた所である。


「先生が『処刑人』だったそうだ。昨晩、ある任務に赴き、自身も致命傷を負った」

「……急に何を――」

「死んだそうだ」


 『神島』の管理するこの『神ノ木の里』には古くから国が認める暗殺業があると囁かれていた。それによって里は栄えたとも言われるほどに重要なお役目だと言う。


 しかし、それは現代においては本当に囁かれる程度の事だと思っていたのだ。俺が生活している間はその様な輪片は何一つ感じられない普通の里でしかなかったのだが……


「……それでお前が『神島』を継ぐのと関係あるのか?」

「誰も居なければ、次はトキだ」

「――おい、まさか……」

「アイツは『神島』の源流だ。『古式』を繋ぐ器として全てを継いでいる」


 幼馴染みの一人であるトキは里長の娘である。伝承に残らない『古式』と呼ばれる特殊な技術が里には存在しているが、俺には合わないモノだと教えてもらえなかった。


「誰もやらなければ、次はトキが『処刑人』だ。これ以上の適任はいないだろう」

「……」


 その話を聞いて俺はどうすれば良いのか解らなかった。まだ中学を卒業しただけの子供に出来る事など何もない。

 幼さが、体格と腕っぷししかない自分をこれ程情けなく思った事はない。しかし、隣を歩く親友は違った。


「だからワシが全部継ぐ。『神島』も『処刑人』も。ロクにはお前から話しとけ。お前達はお前達の道を行けとな」


 そう言って、ジョーは立ち止まる俺を追い抜き道の先へ歩いて行った。

 何も照らされていない道を歩く事を迷わず選択した親友の背中。それに俺は何て声をかけて良いのか解らないまま、ただ拳を握りしめただけだった。






 心にそんなしこりを残したまま、高校はロクと一緒に都会へ行った。

 しかし、我ながら単純で柔道部に入り、日々の向上心を感じながら、学校生活に部活とアイツらの事は少しずつ薄れて行った。


「今期の我が柔道部は最強だな! 地区大会は完璧に貰ったぞ!」


 白亜高校はスポーツに力を入れている高校で、野球部は甲子園に何度も足を運ぶ強豪である。

 それなりの実力を持つ所に、センリ先生に鍛えられた俺が入った事で磐石となったのだ。監督も実に嬉しそうである。


「頼むぜ雉岡(きじおか)。天月を殺れるのはお前だけだ!」


 高校生柔道界隈における特異点、天月早雲は無敗の帝王だ。しかも、ヤツは空手にボクシングまで兼用しているらしく、完全に柔道をナメてやがる。


「任せてくださいよ」


 俺もヤツには一度負けてるが、それが俺自身の天狗の鼻をへし折った。今は高校二年目の夏。あのスカしたヤロウに天井を見せてやるのだ。

 現時点で、中学の頃の三倍は強くなっていると自覚している。


 監督や仲間達。そして、しのぎを削るライバルとも出会い、充実した日常に俺は満足していた。


『身元不明の死体が上がり、今も警察が調査を――』


 監督の知り合いがやっている『獅子堂整体』は白亜高校柔道部御用達の整体である。


 部員は大会前には必ず行くことになっており、そこではTVがつけっぱなし。そこから流れる夕方のニュースを見ていると、あの日別れてから一度も連絡を取っていない親友の事を思い出した。


「雉岡君。座って見れば?」


 俺は整体が終わり、帰る前に思わずテレビを棒立ちで見ていると、後ろからマネージャーの獅子堂が話しかけてきた。言わずもがな、この整体の一人娘だ。


「いや、帰るよ」

「雉岡君は、ああ言うニュースに興味あるの?」

「まぁ……身元不明って何となく興味を引かれるだろ?」

「そうね。でも私としては心臓が動いてる所を直に見てみたいわ」

「…………」


 獅子堂はクラスでも浮いている存在らしく、柔道部のマネージャーをやってるのは監督と獅子堂整体の繋がりかららしい。


「人体の骨や間接はお父さんの仕事を手伝っていればよく感じられるから。知ってる? どんなに身体を鍛えても首を180度捻る程度の力があれば皆死ぬのよ?」

「整体師の娘が、さらっと怖いこと言うなよ……」


 獅子堂は見てくれは美少女なのだが、いかんせん、言動と雰囲気から距離を開けられているらしい。噂では小学校の自由研究でネズミの解剖記録を提出したとか。普通にヤベー奴だ。


「私は人が最も殺される環境として、整体を第一に上げるわ。だって皆、安心して整体師に骨を預けるでしょう?」

「葬式以外で、骨を預けるなんて言葉は初めて聞いたな……」

「そう。でも、雉岡君は瓶の蓋を開ける感覚で首を捻れそうね」

「止めてくれ……」


 普通なら引いてしまう獅子堂との会話を俺が平然と出来るのは、同じようなジョークを連発する幼馴染みがいたからだ。


「……」


 アイツら……今は何をやってるんだろうか。


「雉岡君」

「あ、悪い。もう帰るよ」

「私、行きたい所があるの。大会が終わったらデートしてくれない?」

「ああ、良いよ。デートね。デート……デェト!!?」


 獅子堂の言動はトキよりも読めない。唐突に何を言い出すのか、この娘は……


「少し尻軽過ぎるかしら。なら、こうしましょう。天月早雲に勝てたら、デートしましょう」


 そんなこんなで大会を迎え、いつも通りに破竹の勢いで勝ち上がった。そして早雲と相対し、接戦に次ぐ接戦の末、団体戦はドローとなる。


「惜しかったわね」

「後、一歩だと思うんだけどな」


 次は個人戦。奴とは準決勝で当たる組み合わせだ。順当に勝ち上がり、本日二度目の対峙。互いに今の実力を知った。後は駆け引きが上回った方が勝つ。


「雉岡君」

「何だ? 今集中して――」

「勝ったらデートであーんしてあげる」


 誤解の無い様に言っておくが、俺はそんな色欲に負けたワケじゃない。そもそも、デートの事など忘れていた。

 集中力が乱れると思ったが、思春期パワーを侮っていた。早雲のヤロウを普通にぶん投げて1本を取って勝利をおさめたのだった。


「獅子堂とデートだとぉ!?」

「雉岡よ、死ぬなよ」

「嫌だ嫌だ……ムカデ博物館はもう行きたくない……」

解体死体(バラバラ)になって帰ってくるなよ?」


 どうやら、先輩方々は獅子堂と一度はデートしたらしい(先輩達が誘った)。その都度、何かとヤバい雰囲気から、基本的には半日で切り上げるのだとか。

 経験者全員から、御愁傷様、と肩をポンってされた。


「なぁ、獅子堂」

「何かしら?」

「どこ行くんだ?」

「きさらぎ駅」

「え?」

「冗談よ」


 俺はガタンガタンとJRに揺られて都会から田舎の景色を見ていた。


「小さい頃から文通をしてる子がいるの。今日はその子に初めて会いに行くのよ」

「ほー」


 そう言えば、トキのヤツも役所の企画で適当なヤツに手紙を送っていたな。最後まで続いて居たのは四人の中でトキだけだった。


「だから、雉岡君は護衛。熊が出るらしいから」

「そんときは抱えて逃げるぞ」


 流石に熊は投げられねぇよ。と会話をしていると駅に着いた。


「んん?」


 見覚えのある駅。


「すみません、この住所まで行けますか?」


 タクシーの運転手は獅子堂の質問に、知ってるタクシーを紹介してくれて、そっちへ。


「雉岡君。乗って。私の奢りだから」


 タクシーに乗り、ブロローと進むのは見慣れた田舎道。変わらない家屋。田畑。学校。そして――


「ここだよ。『神島』さん家」

「ありがとうございます」

「……」


 獅子堂が会計を済ませている間に俺は母屋を見上げていた。


「だから友達じゃて。今日来る行ったじゃろ、お(とう)――」


 そして、出てきたのはあの卒業式の日を最後に会話さえもしていなかったトキだった。


「ん? なんじゃゲンか。久しいのぅ」

「お、おお。お前は変わってない……な」

「身体つきは色っぽくなったじゃろ?」


 ウフ、と凹凸のよく解るスタイルを強調するポーズを取る幼馴染み。その様子はまるで変わらない。


「知り合い? 雉岡君」

「ああ……この里は故郷なんだ」

「知った声だな」


 すると、更に奥からジョーが現れる。


「ジョー、ゲンやで。女連れじゃ」

「見たら解る。ゲン、里長に挨拶せぇよ」

「お、おう……」


 何も変わった様子のない二人に俺だけが困惑していた。






「変わったな、ゲン」

「……お前は変わんないな」


 里長に挨拶を済ませると、中庭の木に座って柴犬のノブナガを撫でているジョーに声をかける。

 ちなみにノブナガは柴犬とは犬種だけが一致する、マジモノの戦士である。センリ先生の飼い犬で命令があれば平然と熊にも飛びかかる程に恐いもの知らずなのだ。今はジョーが世話しているようだ。


「変わった。ただ、悟られぬ様に擬態しているだけだ」

「……センリ先生から習ったのか?」

「心得はな。形になったのは『神島』に成ってからだ」


 俺はジョーを見下ろす事しか出来なかった。そして、それ以上、なんと会話をすれば良いのかも……


「悪夢を見る」


 すると、ジョーが告げる。


「殺した者をまた殺す夢だ。夜に何度も何度も目が覚める」

「……俺は……何て言っていいのか……」

「だが、それで良かった」

「良く……無いだろ。俺は臆病者だ。お前だけにこんな思いをさせて……のうのうと生きて……」

「ロクも同じことを言ったぞ。全く、お前らは責任を感じ過ぎる」

「ダチが苦しんでるんだ。そう思わない方がイカれてるだろ!」

「だからこそ、これで良かった」

「お前……何を――」

「この苦しみをオレ一人で抱えられるからな」


 そう言いながら、ジョーはノブナガを撫でつつ笑う。

 何で笑える……お前はどんだけ強いんだ。


「正直に言うとな。中学の卒業式の日、もしもお前が、共に来ると言ったなら、オレは喜んだだろう」

「何を言って――」

「ゲン、どうやらオレは思った以上に強くはないらしい」


 この時が初めてだった。ジョーが弱音を吐いたのは。


「ジョー……」

「だが、オレの側にはトキがいる。ゲンが居る、ロクが居る、里長も里の皆も居てくれる」


 親友の言葉に俺は思わず泣きそうになった。だが、違う。俺が励まされるのではなく、親友に出来る事をしなくてはならない。


「俺に何か出来る事はないか?」

「対等の友で居てくれ。オレに何かあれば“家族”を頼む」

「――任せとけ。けど、互いにジジィになってもこうやって笑って居ようぜ」


 そう言うと、ジョーはようやく本来の様子で笑った。


「なぁ、ジョー――」


 そして、俺はあの卒業式の日に歩いていく親友の背に今なら言える事を口にする。






 早朝。『神島』の屋敷に集まった銃士の面々は自身の猟銃のチェックを行っていた。


「基本は二人一組で動く。不意に遭遇した場合は下手に射たずにブザーを鳴らしながら後退しろ。誤射だけは絶対に避けなければならん」


 ジョージの的確な指示を場の全員が、おう、と返事する。


「熊吉にも困ったモンじゃな」

「散々畑を荒らしよってからに」

「鏖でええんじゃろ?」

「後ろにはアヤたんも居るしな」

「ワシらで守護(まも)らねばならぬ」

「いつまで経っても元気なジジィどもめ。死神も撃ち殺す勢いじゃわい」


 各々の心意気を口にするジジィ部隊と、それにジョークを飛ばすトキ。そんな中、


「なーんで、俺も凸組なんですか……」


 新次郎だけが不満を口にする。


「お前は伝令役だ。指示を受けたら走れ」

「……もしかして、最初からこのつもりでした?」

「嫌なら帰れ」

「くっ! 帰れませんよ! ケイさんの手料理を食べるまではね!」

「ガハハ! 夜飯は七海に作る様に言っておくからよ」

「本当ですか!?」

「おう。だから、手を貸してやってくれや」


 ゲンの言葉に、任せてください! とやる気の出し方が、ジジィ達と対して変わらない新次郎にジョージも、やれやれ、と嘆息を吐く。


「ジョー」

「あん?」


 そして、ゲンはこの中庭で友に告げた言葉を口にする。


「死ぬんじゃねぇぞ」

「――お互いにジジィになったモンだな」


 二人はあの時と同じように笑い合った。

400話目の主役は獅子堂でした。

本編でもケンゴ周りの裏側を、ある程度執筆できたので獅子堂の過去を書きました。

500話目もお楽しみに!

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