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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
24章 私にとっての光

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第282話 ナツ(12)

 ショウコを乗せた車は街中を抜けると次第に建物が減り海岸沿いへ。そして、一つの港へと近づく。


「身分証を」


 ゲートの警備員に言われて、運転しているグラサンの男は窓を開けて所持しているIDを見せた。


「どうぞ」


 それ以上の会話はせず、何を乗せているのかも確認せずに通過。ショウコは彼らが相当に地位の高い者達であると感じる。


「我々の正体が気になりますか?」

「……何者であろうと、こんな事をされて私の心象が良くなる事はない」


 これは17年前の続きだ。ショウコは平静を保ちつつ軽蔑の眼で告げる。


「細かな説明はあの方よりあるでしょう」

「……女郎花教理(おみなえきょうり)だろ?」


 その名前に女は反応する。


「ヤツは私に何かと固執していた。こんな手を使う程に危険な――」


 すると、女はナイフを取り出してショウコの前に刃を出した。まるで、それ以上は喋るなと言わんばかりだ。


「今、あの御方を“ヤツ”と言いましたね?」


 口調は静かだが、その声色からは怒りを感じる。


「世界の反対側で平和にのうのうと生きている先進国の人間に“あの人”の何を知っていると言うのですか?」

「知らんし知りたくもない。私を殺す事が目的か? 無駄な手間をかけるんだな」

「……」


 女はナイフを仕舞う。


「……失礼。少しばかり感情的になりました。ですが一つ忠告をしておきます」


 そう言って再び、事務的な声で告げた。


「これより、あの御方を軽視する様な発言や侮辱する様な言葉は慎んだ方がよろしいでしょう。もしも、あの方にとって貴女が、取るに足らない汚物であった場合、正気を保てぬ程の制裁を加えた後に死ぬ事になります」


 淡々とした口調から、逆に信憑性の増す発言は冗談ではないと感じる。


「……勝手に拐っておいて酷いものだな」


 その言葉に対し、ショウコは嘆息を吐きながらいつもの調子で答えた。

 車は港の中を走ると、一つのクルーザーの前で止まった。


「降りてください」


 女が先に車から降りてショウコの側のドアを開ける。先程のやり取りのからも自分を客として扱う形にプロとしての意識は高いと改めて認識した。


「それか……“心酔”か」


 あの男に対して、絶対的な忠誠心を持つのか。どちらにせよ、ショウコとしては、ここまで来て逃げる事は考えていない。


“日本へ行けば、お前は悪夢を見る”


「……わかっていた」


 母の元から離れ日本に来た本当の理由。この現場に立ち会えばきっと母は私を庇って抵抗し、只では済まなかっただろう。

 ケンゴさんには悪いことをした。だが……もう会うことはない。

 私は遅かれ早かれ向かい合わなければならなかった。


“君だけだ……私の光は……”


 あの時、私が庇ってしまった悪夢……女郎花教理と――






「まいったなぁ」


 陸は名倉からの返信を見て、素直に困っていた。

 ヨシ君からの情報とケンゴの動きからショウコが連れ拐われたのはほぼ間違いない。

 そして名倉の実娘に対する、余りにも他人事な反応に彼は頼れないと考えた。


「正直な所、こっちに出来る事は限られてるよ」


 警察署から帰った三鷹と姉二人と今後の事を話し合う。


「アタシらはただの弁護士さ。誘拐だの何だのは警察の仕事だよ」

「でも、警察も即時には動かないですよ」


 警察の優先する事件の中で、誘拐は特に後ろに回される案件だ。

 集団での失踪や幼児が対象だった場合は、すぐに動くケースもあるが、ショウコは成人女性。

 家出や連絡のつかないだけ、と言う認識をされてしまう事もあり、当人が消えてから一週間は経たなくては警察も動いてはくれないだろう。


「未然に防げなかった時点で、この件で出来る事はもうないよ。やれることはお嬢ちゃんが帰ってきた時に、訴える相手を攻撃する準備を整える事だけさ」


 そう言って三鷹は席を離れた。協力してくれた事にお礼を言いつつ陸は頭を下げる。


「陸君」

「どうする?」


 姉二人は今後はどう動くべきなのかが分からない。状況はあまりにも複雑すぎて、情報が少なすぎる。


「……ヨシさんからの連絡を待とう。彼は鳳さんを追ってるハズだ」


 二人が接触すればきっと、何かしらの情報を持ち帰ってくれるだろう。

 今は、それに頼るしかない。






 オレはユニコ君の格納庫に入れてもらった。

 赤羽さんから渡された名刺はそれなりに効力があった様で少なくとも警戒心は解いてくれている。

 色々と聞きたい事はあるが、まずは導かれるままに進むとしよう。


「鳳殿。エージェントカラーズの紹介と言う事でとやかくは聞かぬ、が! ここから先は他言無用、だ!」


 カボチャを被った幼女の先導で格納庫の奥へ進んでいるとテツが告げてきたのでオレは、分かってるよ、と答えた。

 今の状況は分かっているつもりだ。明らかに日常とは切り離された場所に踏み入れていると実感しているし、彼らに対して変に荒波を立てたくない。


「ふん。もしも、わしらを売るような真似をしたら、マナーモードにしても音声が流れるAVメール爆弾を貴様のスマホに送りつけてやるわ!」


 さらっとコエー事言いやがるですよ、この幼女。本当にやれるかどうかはさておき、数多のユニコ君の前を通り、格納庫の奥にたどり着いた。


「……壁なんだけど」


 目の前にはコンクリートの壁。なんの変哲もない。触っても回転する様な感じもないし、本当にただの壁だ! これ!


「それはただの壁じゃ。たわけ」


 すると幼女はしゃがむと床を見る。そして、取っ手の様な金属を引っ張り出すとそれを持ち上げた。


「おお」


 オレは思わずそんな声が出る。そこには梯子が地下へ伸びていた。こういうのっていくつになってもワクワクする。


「テツ。ワシが降りたらお前はここをロックしろ。お前らは表から入れ」

「了解、だ!」

「え? オレらもここから行くんじゃないの?」

「荷物を持つテツは通れん。貴様の事はまだ信用ならん。よって、ここを行くのはわしだけじゃ」


 そう言って幼女は、すーっと降りて行った。テツは扉を閉める。


「鳳殿。こっち、だ!」


 そんでもって、格納庫から出て建物横の細い路地を横這いになりながら進み(テツは何度か腹が引っ掛かったので無理やり押してやった)、すると雑居ビルと背中合わせに鎮座する家の前に出た。

 二階建てで、外見は一般的な一軒家だ。


「くふふ。お疲れ様ですよ、テツ」

「レツ……」


 テツはそこに立っていたロン毛の中年男とガッと肘を合わせる。

 彼が件のレツか。さっきドローンを操作していた本人だろう。


「お初に鳳殿。拙者、レツと言う者です。くふふ」

「ど、どうも」


 オレは握手を交わした。軽い手だなぁ。手にぎゅっと力を入れたらお菓子みたいに砕けそう。


「くふふ。なるほど……これならば納得ですねぇ。貴方の身体能力なら初代ユニコ君を平然と扱えるでしょう」

「なに? 握手をしただけで……?」


 オレは思わず思った事が声に出てしまった。


「レツは“分析眼(アナライズアイ)”の使い手、だ!」

「くふふ。紳士としては当然の嗜みですよ」


 あー、もういいや。そう言う設定ね。オッケー。オレも少し常識を捨てるわ。

 郷に入っては郷に従う。もう、鏡の向こう側にでも行ったつもりで彼らとは関わるとしよう。


「中へどうぞ、鳳殿。くふふ」

「あ、どうも」


 オレはテツとレツに続いて敷地内へ。なんか……カメラが至る所にあったり、『危険!』と言う看板の柵に囲まれた発電機とかが庭に見える。


「くふふ。入ります」


 レツは玄関のカメラに一度目線を合わせてから、戸をカラカラと開ける。


「全くもって、不可解なタイミングでエージェントカラーズからコンタクトがあるとはな!」


 中に入ったら先程の幼女がダボついたTシャツで腕を組み、仁王立ちで待っていた。その頭からはジャック・オー・ランタンが外れて素顔をさらしている。


 空色の髪は切るのが面倒と言わんばかりに前髪も伸びて顔を分けている。青と緑の色の違う両眼に、ギザギザした歯をリアルに持つ幼女がそこにいた。


「わしの名はナツ! 貴様はレッドフェザーの知り合いじゃな! どういう関係じゃ!?」

「赤羽さんはオレのアパートの大家さんです」

「知っておる!」


 じゃあ聞くなよ……


「なに! 偽るのであれば、ここから叩き出していた所じゃ! よって、貴様を迎え入れる!」


 簡単な尋問だったらしい。

 幼女――もといナツは、名刺を取り出し、テツとレツも名刺を取り出した。


「ようこそ、『ハロウィンズ』へ」


 なんか……赤羽さんには悪いけど……不安しかないなぁ。






「ところでさ、ナツさん?」

「わしの事はサマーでよい! レッドフェザーの紹介じゃ! 特別に許す!」

「えっと、サマー?」

「あぁん!!?」

「……サマーちゃん?」

「なんじゃ!」

「サマーちゃんって何歳?」

「12じゃ!」

「え? マジの12?」

「マジの12じゃ!」

「じゃあ、そのギザっ歯は? 実歯?」

「これは付け歯じゃ! いざと言う時に武器になる!」

「あぁ……なるほどね。じゃあオッドアイもカラコン――」

「これは自前じゃ!」

「……」

「テツ! レツ! 今日の撮影は中止じゃ! エージェントカラーズの案件を優先する!」

「くふふ。仕方ないですねぇ」

「致し方なし、だ!」

「あ、なんかごめんね。ちなみに何の撮影?」

「わしのスク水じゃ! ダークウェブで売り捌いておる!」

「……撮るのは?」

「小生、だ!」

「くふふ。編集は拙者ですねぇ」

「……」


 普通にヤベー奴らだった。

普通にヤベー奴ら

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