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第175話 オレと君との約束だ!

「どうって……」


 そう言えばリョウ君の矢印はリンカに向いているとヒカリちゃんが言っていたな。つまり、この質問は――


「彼女は隣に住む女の子だよ。オレからすれば妹の様なものさ」

「本当に……そう思っていますか?」

「はは、まぁね。あの子はオレにとっては家族みたいなもので、きちんと巣立つまで見てあげなきゃいけないと思ってる」


 それは初めて出会った時から変わらない。


「……鮫島は一時期、とても危うかったです」

「君があの子を助けてくれたんだろう? オレはその時、傍に居れなかった」


 オレはリョウ君にお礼の意味も込めて頭を下げる。


「助けてくれてありがとう。君は本当に大変な思いをしたと聞いた」

「――い、いえ! 俺は……なんて事ありませんよ。それより鮫島の方が」

「リョウ君。それは違う」


 慎ましく言葉を選ぶ彼にリンカの事になると自己犠牲精神が強くなっている事を告げた。


「蔑ろにされる人間なんて存在しないよ。君には君の人生を大切にする義務がある。それが周りに良い影響を与え、君自身もそれに感化されて良くなっていくんだ。もちろん、リンカちゃんにもね」

「……はい」


 荒削りだが、彼には輝かしい未来がある。友人や師、家族に慕われる人間が地を這うべきじゃない。


「オレはいつか、彼女の前から消えるかもしれない。その時は、リョウ君もリンカちゃんの事を気にかけてくれると嬉しい」

「……どこかへ?」

「ん? まぁ、社会人だしね。転勤やら解雇やら、人生は何があるかわからない。数ヵ月前は海外にいたし」

「……わかりました」


 そう何が起こるのかわからない。誰かを失う事を極端に嫌うリンカには一人でも多く気にかけてくれる人間が必要だ。


「よし、友達記念にある画像を君にあげよう!」


 ? と頭に浮かべるリョウ君に、携帯を出して貰い、赤外線送信する。古いやり方だが、万が一にもコレが流出するとオレの命が危ない。


「……! こ、これは――」

「しー! 良いかい? 他の皆にはナイショだよ。これは世界でオレと君との約束だ!」


 それはダイヤが居たときに猫耳をつけたリンカの写真であった。

 こちらのシャッターを阻止するような上目遣いはベストショット!


「絶対に他の人には見られない様に。特にリンカちゃんにはね……」

「は、はい」






「あたしまで乗って良かったのか?」

「七海課長が良いって言ってたから気にしなくて良いよ」


 ノリト君経由で、七海課長がタクシー代を出すからと聞き、オレとリンカはタクシーで帰路についていた。


「にしても、まさかリンカちゃんが居るなんて……」

「それはこっちのセリフだ」

「やっぱり、犬を触りに?」

「あまり、そう言う機会がないからな」


 窓から薄暗くなってきた町並みを見るリンカ。


「ちなみにオレも田舎に三匹いるよ」

「本当か?」

「スマホは当時持ってなかったから写真は無いけど、大和、武蔵、飛龍って名前」


 奴らは優秀な外野手だ。餌さえ用意すれば半日は走り回る。


「何で戦艦の名前なんだよ」

「こればっかりは祖父さんの趣味だね」


 三匹とも放し飼いなので、あまり家には居ないが、ジジィが犬笛を吹けば何よりも優先して駆けつけてくる。アイツらの本職は斥候なのだ。


「……聞いてもいいか?」

「ん?」

「お前は……自分のお父さんとお母さんの事はあまり口にしないんだな」

「思い出が少ないからかな。死別したのは――」


“ケンゴ。少しは落ち着きなさい”

“あはは。それじゃあ、1億円の子守唄をきけー!”


 記憶にノイズが走る。思わず額を押さえて絞り出すように、


「――三歳の時だからね」


 輝かしい思い出のハズなのに、船の上で一人見上げる月が……鮮明にソレを上書きする。


“ケンゴ、母さんを殺したのは父さんだ。父さんを恨みなさい”


「……違うよ」


 父さんは悪くない。なら……アレは誰のせいなのだろうか? 何を恨めば、何を後悔すれば、何を――


 口にする程度では終わることのない闇。あの船で起こった悪夢は決して蓋を開けるべきじゃない。


 その時、服を掴む感触を受けて思わずそちらに視線を向ける。見るとリンカが窓辺からこちらへ寄っていた。


「あ……えっと……そんな顔をするな」


 と、リンカは少し恥ずかしそうに正面を向き直すとぶっきらぼうに告げる。


「変な顔になってた?」

「……お前はいつも変だ」


 そして、身体を傾けてオレに預けてくる。ダメだな。せめて彼女の前だけは不安にさせない様にしないと。


「ありがとう、リンカちゃん」


 オレは昔の癖で頭を撫でる。あ、しまった……戻ってきた当初に撫でようとして手を弾かれたのを忘れてた。こういうのは犯罪になると……


「…………本当に変なヤツ」


 しかし、リンカは眼を伏せたままそれだけを口にする。耳まで赤く見えるのは車内に射し込む夕日でそう見えるだけだろう。

 なんにせよ、コレは許容してくれる程度まで関係が修復出来たのなら良い事だ。ナデナデ。


「……後、五秒続けたら通報する」

「すみません」


 ぱっと手を離す。あぶねー、爆発物の解体に失敗する所だった。解除する為の考察はまだまだ必要らしい。






 彼が自分の事を話してくれるのはとても嬉しかった。

 それはどんなに些細な事でもあたしとしては新鮮で、自然と話してくれる程度には信頼してくれたのだと思い、嬉しくなる。


「三歳の時だからね」


 しかし、その言葉と、辛らそうに外を見る彼に、あたしは話題を間違えたと察した。

 彼の顔が消えていく。大宮司先輩と組手をした時に見えた、顔の無い彼は誰にも心を覗かせない様に壁を作っている様だった。


 それが今、表に出てきている。


 そのまま彼が遠くに行ってしまう様に感じて、あたしは隣に寄ると思わず服を掴んだ。

 彼は驚いてあたしに顔を向ける。


「あ……えっと……そんな顔をするな」


 すると、真っ暗な彼の顔が良く見える様になって行った。


「変な顔になってた?」


 キョトンと、本当に何でもない様子で聞いてくる。自覚が無いのか、それともまだそう言うことを話してくれる程に頼りにはしてくれないのか。あたしは――


「……お前はいつも変だ」


 もっと優しい事を言ってあげたかったのに、ついトゲを生やしてしまう。ばかばかあたし……

 自己嫌悪に陥っていると、頭に触られる感触。それは昔から何よりも心が安心できるモノ。


「ありがとう、リンカちゃん」


 彼が頭を撫でてくれていた。最初の頃に突っぱねてからも、時たま撫でてくれるがやっぱりコレが好きなんだと思える。


「…………本当に変なヤツ」


 恥ずかしさのあまり、ぶっきらぼうな返答しか出来ない。耳まで真っ赤になってると思う。上手く夕日が隠してくれると良いが。

 ナデナデ――ちょっとしつこい。


「……後、五秒続けたら通報する」

「すみません」


 そう言うと彼はパッと手を離した。意気地無し……四秒まで続けろよ。






 後日談として、天月さんは右手の骨折で全治三週間との事。当人が、愛ゆえの結末です、とか言って事件沙汰にはしなかったらしい。(医療費は七海課長が負担をした)

 だが、仕事は出来そうにないので、そのまま支部へとんぼ返りする事になった。ちなみに七海課長は、天月さんに対する態度を少しだけ軟化させたらしい。


「もう、ヤツの事は口にすんな」


 と、昨日の面々を集めて食堂で事の結末を告げた七海課長は疲れた様にそう言った。

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