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懐いてた年下の女の子が三年空けると口が悪くなってた話  作者: 古河新後
13章 愛を追う男

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第173話 後腐れなく、全部出せや

「え……? あれ……嘘。天月新次郎?」


 スマホを見ていたリンカは道場に入ってきた天月さん(メダリスト)を見て驚いていた。


「彼はオレの勤めてる会社の社員だよ」

「お前の会社どうなってんだ?」

「オレもそう思う……」


 当時、天月さんがウチの会社に来たとき、社内では江戸時代にペリーが来たときと同じ様な騒ぎになったらしい。

 突如としてフランシスにある名誉を全て捨てたメダリスト。

 まぁ、天月さんに関しては七海課長を狙っての事だろうけど。


「それに……なんで先輩と?」

「それはオレにもわからない」


 見たところお互い合意の様子だし七海課長も止める気配がない。寧ろ、手加減すんなよ、と大宮司青年(ターミネーター)に吹き込んでいる。抹殺指令をインプットさせてらぁ。


「大丈夫かなぁ……」

「大宮司青年は大丈夫だと思うよ」

「違う、メダリストの方」


 そっちね。確かに……オレも天月さんの実力はスポーツ界隈での活躍と並外れた身体能力を持つとしか知らない。

 対して大宮司青年の実力は肌で知っている。


「まぁ……何か起こる前にシモンさんと七海課長が止めると思うよ」


 しかし……大宮司青年はさっきよりも仕上がってる感じがする。スロースターターって言ってたし、そろそろ素手で岩を砕く領域に入ったかな?


「にいちゃ! まけるなー」

「ばう!」

「殺すなよー」


 七海課長の弟君も加わり、ギャラリーも賑やかになる。






「リョウ、大丈夫か?」

「大丈夫だ」


 シモンの言葉に大宮司は応える。心にもやもやは残るが、動きに支障はないだろう。


「己を見失うな。いいね?」

「はい」

「さぁ! 胸を貸そう! リョウ君! きたまえ!」

「開始」


 審判のシモンが手を上げると同時にリョウは踏み込んだ。何百万回と繰り返してきた中段突き。その動作は無拍子となった正拳が突き出る。


 いきなり決まったか? と空間を貫いた様なリョウの動きを見切る者は早期の決着を見た。


「なるほど……」


 天月はその一撃を避ける事をせず、そのまま胸で受け止めた。


「!」

「おい」

「は?」


 リョウ、ケイ、ノリトは各々驚く。


「天月さん……」

「澄んだ水の様に美しいな。この“愛”は」

「これは――」


 すると下――死角から浮き上がる様な膝にリョウは反応してかわす。


「行くよ」


 ムエタイの構えを取った天月は、流れる様なラッシュをリョウへと叩き込む。


「――おっと」


 しかし、そのラッシュの途中で肘を使ったリョウの近接防御に幾つかの攻撃を打ち落とされた事で手を止めた。


「鉄壁だね」

「……天月さん。今のは――」


 ピタッ! とリョウは眼前に止められた拳に強制的に黙らされる。観ている面々はリョウが全く反応できなかった様子に驚いた。


「言葉は最後だ。今は目の前に集中だよ?」

「――はい」


 リョウは余計な考えを捨て、間合いを図る。






「……やっば」


 皆が、大宮司青年の中段突きで天月さんが倒れなかった様を驚く中、オレだけがその真実に気づいていた。


 だってあれ古式だもん。きっと大宮司青年には空箱を殴った様な感覚を受けただろう。

 すると、天月さんはムエタイフォームからのラッシュ。素人の真似事に収まらない動き。

 何でもやってるなぁこの人、と見ていると大宮司青年は肘を上手く使い、天月さんのムエタイを打ち落とした。


「お、やるね――」


 と、観客気分で観戦していたのもつかの間、天月さんの拳が不自然な速度を見せ、大宮司青年の顔前で止められた。


「……」


 古式じゃねぇか! ジジィは門外不出とか言っておいて目の前に使う人がいんぞ、おい。


「おいおい、マジかよ」


 七海課長の弟君が驚いている。あの技は腰を回す普通のパンチと違って、骨を駆動させてゼロレンジで速度を出す。


 容易くは出来ないが、時間をかければ誰もが出来る技だ。


 高速の拳を数発を防いだ後に大宮司青年は肘で、伸びた天月さんの腕を打ち落とす。速いと言っても大宮司青年程の動体視力があれば見切るのはさほど時間はかからないだろう。


「あ、決まった」


 そして、もう片方の肘が天月さんの顔へ振り下ろされた。あ、食らうと死ぬヤツ――


「止め!」


 シモンさんが大宮司青年が本気で踏み込んでいることに気がつき間に入って一旦止めた。肘はピタリと止まる。


「ふー、リョウ君どうだい?」


 天月さんは息を吐きながら緊張感が抜けた様子で大宮司青年へ告げる。


「――ありがとうございました」


 少し険しかった雰囲気の大宮司青年は楽になった様だ。やっぱり男の子は身体を動かすのが一番なのだろう。


「愛は抱えすぎると毒になる。しかし、君はソレを強さの一部に変換してるようだ。上手く使えば誰よりも強く歩いていけるだろう」

「え? あ、はい……」


 相変わらず、言ってる事の半分は意味ワカンネ。良い事を言っているんだろうけど、大宮司青年も少し困惑してるのがその証拠。

 それにしても、天月さんはかなりの実力者だなぁ。こりゃ、勝負は分からなくなってきたぞ。


「よし、それじゃ俺と戦るか? 天月」


 天月さんと大宮司青年の動きに触発されてか、七海課長は思ったよりもやる気が出たようだ。


「待ちわびましたよ……この時を!」


 天月さんは笑う。ウォーミングアップは互いに十分。相手に取って不足はない。


「ムエタイやってやがったとはな」

「身体を効率良く動かすには格闘技が一番なんです。カポエラも披露しますよ?」

「いいね。後腐れなく、全部出せや」


 景色が歪んで見えるほどのオーラを漂わせる二人。天月さんを毛嫌いしていた七海課長は少し楽しそうだ。


 七海恵VS天月新次郎。

 それが本日のメインイベント。

 場は整った。二人のコンディションも最高潮。ただならぬ緊張感に観ている者達は息を飲み込む。


「待ちなさい、二人とも」


 構えを取った二人が次の呼吸には踏み込む雰囲気を漂わせた所で、ソレを静止したのはシモンさんだった。

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