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第17話 届かぬ恋(物理)

「リンはさ。夏休みバイトとかやるの?」


 昼休み。教室で昼食を取りながらヒカリは夏休みの予定を尋ねる。


「したいけど……お母さんが許してくれないからなぁ」


 セナはリンカにバイトをさせる事は決して許さなかった。

 何かあったらすぐに駆け付けられない事と、当時はケンゴが傍に居なかった事も起因している。


「でも、今はケン兄がいるじゃん。聞いてみれば?」

「うん」


 母に日頃の感謝を伝えたいと言うのもあるが、特別な事をするにはやはりお金がかかる。


「もし、乗り気ならさ。ウチでバイトしない?」

「それって雑誌モデル?」

「そうそう。夏は一部別荘を貸し切って森とか海を背景に撮ったりするから。泊まり込みだったりするの。リンって月間が無理なんでしょ? 今回は夏の特別号の一つだから。やってみない?」

「まぁ……」


“くそぅ。手が出せねぇ”


 まだ欲しいって思ってるかな――


「ちょっとお母さんに聞いてみる」


 仕事中なのですぐには返答が出来ない事を見越してメッセージを送っておく。

 ヒカリの説明を一通りまとめて送信――


「あ、返って来た」

「早ッ」


 送ってから二秒だった。内容は――


「とりあえず、良いって」

「やったじゃん。でもとりあえずって?」

「……ボディガードを一人連れて行くなら良いって」


 母が、うふふ、と笑っている様を想像できた。






 長期の休みはあまり好きじゃなかった。

 何故なら一人で居る時間が増えてしまい、一層孤独を感じるからだ。

 母は身を粉にして働いているので、どこかに行きたいなどの我が儘なんて言えない。

 疲れて帰ってくる母には仕事以外の負担をかけたくないのだ。

 ヒカリに誘われたりもするが、それでも母を一人にはしたくなかった。

 特に中学の時は……もう、二度と隣の部屋は開かない思っていたから――


「今更……かな」


“おっしゃー! クワガタでも捕まえて、売ったお金でかき氷パーティーだ!”


 小学生の頃は……隣室に入り浸っていたっけ。ヒカリや他の友達も集まって……ゲームしたり、宿題したり、昼寝したり、電車で出掛けたり。


“宿題? そんなん後々! 飽きるまで遊び倒して、遊ぶのに飽きたら宿題やろう!”


 遅くまで遊んで、お母さんに怒られて、他の大人にも怒られて、それを全部自分のせいだと言って、それをあたし達も庇って……


「……ばか……だよね」


 今思い返しても本当に後先考えてない。


“リンちゃん。ケンゴ君、もうすぐ帰ってくるって”


「……夏休み……特別にしたいなぁ」


 小学生の頃のように、それを待ちわびてる自分がいる。






「初めて見たときに目を奪われた。その……付き合ってくれないか?」


 夕方の校舎。その屋上でヒカリはラブレターの処理に追われていた。

 今、彼女の目の前に立つのは二年の野球部のエースである野村先輩。一年の時からエースに抜擢された事から相当な実力者であると周知されている。


「先輩は……雑誌を見たりして、わたしの事を知りました?」

「いや……俺って男兄弟だからそういうのは買わない。何ていうか……気がついたら谷高の事捜してるんだ」

「あんまり、わたしと先輩の接点は無かったと思いますけど」

「一度だけ、強豪との練習試合を見に来てくれた事があったろ?」


 こちらの高校に招待しての練習試合。相手は甲子園の常連の古豪だった。

 休日で見学は自由であったが、リンカとヒカリは相手に友達が出るということで覗きに行ったのだ。

 目的は野村先輩ではなかったが、その時にロックオンされたらしい。


 そういえば試合の時、あたしが友達に手を降ったら先輩は(自分にだと勘違いして集中力を乱し)バカスカ打たれ出したなぁ。



「あの時は……惨敗したけど今年は甲子園に行って絶対勝つ! だからそれを側で見てて欲しいんだ」


 ここ最近の野球部の成績は凄まじいらしく、地区予選突破は確実とされる程だ。

 意図せずその原動力になっていたヒカリは、フったら一回戦で負けるかもなぁ、とちょっと返答を考える。


「先輩。野球をする先輩はとても素敵です。沢山の女の子が今わたしに言ってくれた言葉を欲しがってると思います」

「谷高……」

「その中でわたしを選んでくれるなんて、凄く嬉しいです」

「それじゃ――」


 野村先輩の顔が希望で満ち溢れる。


「でもわたしは今……別の事に恋をしてるんです。だから先輩の気持ちには答えられません」

「そっ……そう……か――」


 野村先輩はその場で膝から崩れ落ちて四つん這いに項垂れた。投手だからか、かなり絵になる。


「だから、わたしが今の言葉を後悔するくらい、今よりもっと素敵になってください。先輩はとても格好いいんですから」


 そっと手を取って男泣きしてる野村先輩に笑顔(営業スマイル)を向ける。

 すると野村先輩の表情は悲壮から一気に一目惚れしたときに戻った。


「甲子園で優勝したらもう一度、ここで話を聞いてくれないか?」

「はい」


 やる気が限界突破した野村先輩は、絶対に勝つから! と言って階段を走り降りて行った。


 危ないなぁ、と思いつつヒカリは笑顔(被写体スマイル)を野村先輩の姿が消えるまで続けていた。


「終わった?」

「終わったわ」


 給水設備の影からリンカが現れる。

 稀に強引な攻めを行う輩も居るので、その為にリンカには110番を構えたまま、毎回見張って貰っているのだ。


「史上最強らしいよ?」

「何が?」

「今の野球部」


 リンカはそれとなく校舎を歩いていると耳に入ってくる情報を口にする。


「大騎のせいよ。まったく……」

「でもいいの? ホントに優勝したら――」

「ないない。大騎のとこの打線を抑えるのは高校生じゃ無理でしょ」


 練習試合の時も、あれって本当に高校生? という風体の面々が野球部道具を持ってグラウンドに入る様は戦場に赴く兵士と大差なかった。

 それだけでウチの高校はビビってたし。


 青年スポーツにおいて高校野球は花形だ。そんな中、最も注目を浴びているのが、リンカとヒカリの幼馴染みである。

 ちなみに練習試合では、一年にも関わらずチームの風体に違和感なく馴染んでいた。


「前にプロと試合して勝ったって」

「本当に?」

「非公式の試合だったみたいだけど、“ザコだったけど調整には丁度良かった”って言ってたわ」


 止められる奴は地上にいないんじゃないかってレベルの幼馴染みは、今や甲子園常連高校の中心人物だ。


「……先輩」


 お気の毒に。永遠に届かない恋に対してリンカは静かに合唱した。

思春期の恋は原動力

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