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第166話 ウォーミングアップ

 大宮司道場は住宅街でも上の方にあり、大宮司家の裏にある階段を上った先にある。

 道場に用がある際はバス停も近くにあるため、道路に面した正門から入るのが一般的で裏の階段を使うのは身内が大半だった。


「お庭があるんですね」


 リンカは大宮司家の前に居た。

 人工芝の庭があり、その奥に邸宅は存在する。大きな二階建てだ。


「少し身体を動かす時に丁度いいんだ。それに、簡単なドッグランとしても使ってる」

「そう言えば……留守の様ですね」


 リンカは空の犬小屋を覗き、主が居ない様子を確認する。

 犬と猫が目的だったが、その片割れは姿を消していた。


「多分、弟が散歩に連れて行ったんだと思う」


 駿一人ではノーランドのリードは危険なので、祖父が一緒に居るのだろう。今日は道場の掃除で一日一緒であるハズ。


「大宮司君。ノートを先に貰っていい?」

「ああ。玄関に入っててくれ」


 リンカと鬼灯は玄関まで通され大宮司が二階に上がっていく様を見送る。

 玄関も広いなぁ、とリンカは物珍しげに思う。全てが広々とした一軒家は、母と盆休みに実家を見た時以来であった。


「鬼灯先輩は、良く大宮司先輩の家に来るんですか?」

「大宮司君が謹慎の時にノートを貸したりしたわ」

「それがきっかけで?」

「ええ」


 その時、チリンチリンと鈴の音。見ると、奥からこちらを見る猫の姿があった。首輪の鈴が動く度に揺れたらしい。


「――」


 リンカは怖がられない様に、スゥ、と無拍子でしゃがむと、おいでおいで、と笑顔で手招きする。

 しかし、猫は警戒してかピタリとリンカを見る。


「猫は他の猫の匂いに敏感と聞くわ」

「うぅ。ジャックの匂いを悟られたかぁ」


 猫は距離を置いたまま動く気配はない。リンカは諦めてガクっと項垂れた。


「鬼灯。助かったよ」


 二階から降りてくる大宮司はノートを鬼灯に手渡して項垂れるリンカと、距離を取って毛繕いをしている猫を見た。


「呼んであげないの?」

「なにがだ?」

「あの子の名前」

「う……それは……」


 鬼灯の言葉に大宮司は言葉を詰まらせる。


「大宮司先輩。猫ちゃんの名前……教えてください!」


 名前を呼びながらだと来るかもしれない。リンカは一縷の望みを感じ、大宮司へと懇願する。


「あ……えっと……な……―ンだ」

「大宮司君。聞こえないわ」

「ね、猫の名前はリンだ!」


 大宮司の言葉にリンカは唾悪そうに、あはは、と少し恥ずかしげに笑う。


「さ、鮫島。これは違うぞ! リンは鮫島と会う前から飼ってたから! 単なる偶然だ!」

「わ、わかってます!」


 リンカとしては、母やヒカリ以外に呼び捨てで呼ばれるのはあまり馴れない。ケンゴでさえも、ちゃん付けであることもあり、少し恥ずかしい。


「えーっと……リンちゃーん。おいでー」


 と、今度は名前を呼んでみる。しかし、モフりたい欲望を察された様で奥へ逃げてしまった。


「あぁ……」


 望み断たれ、リンカは落胆する。


「つ、捕まえて来ようか?」

「いえ……リンちゃんのストレスになるので大丈夫です」


 初対面の人間に警戒するのは仕方ない。別の猫の匂いがあるなら尚更だ。


「私は帰るわ」

「ああ。わざわざすまなかったな」

「あたしも――」

「大宮司君」


 鬼灯は玄関を開ける単なる所で手を止める。


「ノーランドは触れると思うわ」


 それじゃあね、と鬼灯は先に引き上げて行った。


「ノーランド?」

「犬の方だ。少し歩くが、鮫島がよければ道場に行ってみるか? 多分、そこに居ると思う」

「本当ですか?!」


 犬との交流はリンカの生活では馴染みが浅い。その為、大宮司の提案には喜んで乗った。






「それでは。10分後、楽しみにしててください」


 そう言って天月さんはウォーミングアップに走って行った。


「よし、準備出来たな」

「凄く不安ですが……」


 オレは道着にて、七海課長と対面。眼鏡を取った課長は普段と違った印象を受ける。


「そう言えば七海課長って眼が悪いんですか?」

「伊達だよ。裸眼の視力は両面とも3ある」

「ほえー」


 その時、ビュッ! と鼻先で蹴りが止まる。綺麗なハイキック。打ち抜かれれば鼻が潰れていただろう。


「ふむ」

「いきなりは止めてください……」


 スッ、と足を戻す七海課長。片足にも関わらず体幹に一切のブレはなかったなぁ……


「鳳、ちょっと拳を前に出せ」

「こうですか――」


 適当に腕をつき出すと、七海課長が消えた。気がつくと中段突きが、ぽん、とオレの胸に当たる。動きが速すぎて全く見えなかった。


「相変わらず()の突き方が上手いね」


 近くで見てるシモンさんが七海課長の様子を褒める。


「しかし、少し体幹にブレがあるね。寸止めなのに鳳君に当たっただろう?」

「だな……おし。鳳、少し踏ん張れ」

「踏ん張る?」


 と、次に七海課長は低い位置からタックルでオレにぶつかってきた。

 感覚から身体を倒す為のモノで威力は殆んどない。オレは言われた通りに重心を後ろにして踏ん張る。


「おっ! 鳳、お前なにかやってんな?」

「アメリカで少々、コマンドサンボをかじりました」


 嬉しそうな七海課長にオレは返す。

 凄いパワーで組み付かれている。体重は七海課長の方が軽いハズだが、全く振りほどけない。それと、良い匂いがする……


「サンボか。なら、投げてみろよ」


 組み付いたまま七海課長が言う。

 女性+上司と言うことで少し躊躇ったが、硬直し続けるのも悪いと思い、少し本気で持ち上げにかかる。


「少し触れますよ」


 腰に組み付く七海課長の上から覆い被さりる様にその身体を掴む。ちょっと胸に当たったかも。そして、そのまま横に投げ――


「――」


 られない。根が張った様に微動だにしなかった。すると、ぱんぱん、と軽く叩いてくる。離せと言う事らしい。


「驚いたか?」


 笑いながら七海課長は、少し緩んだ帯を結び直す。


「全く動かせませんでした……」

「はは。邪なヤツには俺は投げらんねぇよ」


 心を突かれた気がして、ちょっとびくってなる。

 七海課長は女性であるが、男にも引けを取らない技術は階級を無視したモノ。つまる所、他流を想定した実戦向けの技術なのだ。


「俺は女だからな。威力を持たせるには工夫しねぇとな」

「人の身体と言うのは面白いものでね。能力的に出来る事でも、脳が出来ないと決めつければ本当に出来ないのだ」


 横からシモンさんの解説が挟まれる。その考えは少しだけ古式に近いモノを感じる。


「鳳。お前、サンボ以外になにかやってるだろ?」

「え?」

「組み付いた時に、チリって変なモンを感じたぞ」


 不良とは違う、本物の威圧に僅かに反応してしまったか……


「あはは。ちょっとドキっとしただけですよ。女性に抱きつかれる経験なんてあまりないですから」

「ほー、正直な所は加点だが、下心で減点だな」

「トータルは?」

「マイナス」

「厳しー」

「次は寝技だ。おっ立てたら潰すからな」


 七海課長は楽しそうだ! ちくしょう!

 対してオレは本日最大の試練になると身構えた。

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