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第119話 アステカの古代コイン

 セナはケンゴが出て行ってすぐにダイヤへ頭を下げた。


「ダイヤさん。折角来ていただいたのに、ごめんなさい」

「少しオドロイタケド、ノープロブレムネ!」


 ダイヤにも似たような経験があった。ケンゴが初めてアパートに来たとき、妹が過剰に反応して飛び出した時と同じだ。


「リンカのコト、ニックスは心配してマシタ。向こうに居る時モ。ズット」

「そう……」


 手紙は届いていたが、リンカは開けようとも読もうともしなかった。

 きっと、遠くの地で生きる彼を知れば知るほど耐えられなかったからだろう。


「ダイヤさん。二人が戻るまで、向こうに行ってたケンゴ君の事、教えてくれないかしら?」


 届いていた手紙は、リンカが封を切らない限りはセナも読むことはしなかった。


「イイヨ!」






 オレは鮫島家を出ると、アパートの階段裏に座り込んでいるリンカを見つけた。彼女は逃げた時はいつもここにいる。ちょっとした道具も置いてあるので、階段を上がるにしても下りるにしても死角になる部分だ。


「やっぱり、ここに居た」


 体育座りで顔を伏せているリンカはオレの言葉に反応する。しかし、顔は上げない。


「……」


 そんなリンカの隣にオレは何も言わずに座った。


「急に連れてきたからびっくりしたよね。前もってちゃんと説明をいれておくべきだったよ」

「……」

「……リン――」

「また……向こうに……行くのか?」


 リンカは顔を伏せたまま、絞り出す様にそう言った。


「行かないよ」

「……嘘だ」

「君を傷つける嘘は死んでも言わない」

「……」

「確かに、向こうは悪くなかったよ」


 オレは少しだけ海外に居たときの事を口にする。


「気さくな仲間達、派手な文化、誰も彼もが己の自由を根幹に働いていた」


 立ち上がったばかりの支社。右往左往し、失敗から支社が無くなる可能性も一度や二度じゃなかった。


「皆、凄く輝いてたから、オレは帰ってこれた」


 誰もが自分達の小さな巣を護ろうと必死に動いた。そして、複数の顧客獲得し、人員の増員が必要になる程に事業が安定した時には、社員一同の大切な場所になっていた。


「辛いこともあったけど、楽しい事も多かった。イベントも派手でさ。三周年パーティーの時なんてアメリカンドリームってヤツを肌で感じたよ」


 笑って、笑って、皆笑ってた。仏頂面のチーフも、変な関西弁の同僚も、インフラを管理するインディアンも、騒がしい同居人も。


「……じゃあ……なんで帰って来たんだよ……」

「大切なモノが日本にあったから」


 その言葉にリンカは少し顔を上げて、こっちを見てくれる。


「オレはいろんなモノを置いてアメリカに行った。だから何年かかっても必ず帰ってくるつもりだった」


 オレの抱える問題を終わらせる事は日本でしか出来ない。それと同じくらい、オレを慕ってくれていた妹のようなの女の子の事は心に強くあった。


「君は一人で抱え過ぎるよ。荷物はいろんな人に分けてもいいんだ」

「……皆に……迷惑がかかる」

「じゃあ、まずオレに分けてよ。オレはいつでも空いてるからいくらでも抱えるよ?」


 ばっちこい! と、オレは身体を広げるとリンカ、ばかだ……と呟いた。そして、


「――――」


 オレの胸に身を寄せる。正直言うと、抱きついてくるのは完全に予想外。思わず受け止めるが、どうしよ……頭でも撫でて上げようかな――

 すると、リンカが顔を上げて眼を合わせてくる。


「……お前が分けろって言ったんだからな」


 リンカの顔が近づいてくる。あ、これ、キスの構えだ。どうする……どうする! 着弾まで2、1――


「――」


 オレは咄嗟に顔と顔をすれ違う様に抱きしめた。増える密着面積にリンカのドキドキする心音が聞こえる。後、胸の感触も。


「――……へたれ」

「……返す言葉もございません」


 耳元で囁くリンカの声。応える様に強く抱きしめ返す彼女にオレは少しだけホールドを外すタイミングを失った。


「――……? !?」


 すると、リンカがあからさまに違った反応を見せる。正面(オレにとっては背後)に何かを見たような――


「? うぉあ?!」


 オレも振り向くと、そこには赤羽さんとジャックがオレらを見下ろしていた。






 赤羽さんの手にはゴミ袋。オレは必死に話題を振り絞る。


「あ、明日は燃えるゴミの日でしたね! いやー、忘れてたから助かっちゃったなぁ!」


 リンカもぱっと離れて顔を反らした。


「ケンゴ君……粗相がないよ。異国のレディを連れ込んだと思ったら次は女子高校生かね?」

「あ、その……これは……はい……すみません」


 アパートの首領(ドン)に下手な言い訳をすると逆効果になりかねない。赤羽さんはリンカの様子を見て嘆息を吐く。


「命拾いしたね。そこにいるのがリンカ君じゃなかったら出て行ってもらう所だったよ」


 オレとリンカの関係を入居時から知っている赤羽さんは、やれやれと視線を送る。ジャックが、にゃにやってんだよ、とオレにネコパンチをかましてくる。


「しかし、場はわきまえてくれよ? 何のために部屋を貸していると思ってるんだい? イチャイチャするなら中でやりたまえ」

「はい……すみません」

「あと、痴情のもつれには気をつけてくれ。君の回りは特に女性関係が多いからね」

「……気を付けます」

「リンカ君も、せめて場所は選びなさい」

「は、はい……ごめんなさい」


 と、赤羽さんは一枚のコインを弾いて飛ばしてくる。オレは思わずそれをキャッチした。見ると……アステカの古代コインだ!


「え……? 赤羽さん……これ二枚持ってたんですか?」

「いいや、一枚しかないよ。ワタシの部屋の前に落ちてたんだ。きちんと持っておきたまえ」


 ビシビシ、とオレにネコパンチを極めていたジャックは赤羽さんが行くとソレについて行った。


「なんだそれ?」

「……赤羽さんのお土産」


 ビュオッと、9月なのに肌を冷やす風が流れた気がした。


「か、帰るぞ!」

「そ、そうだね!」


 オレとリンカは得体の知れないモノに熱を冷され、そそくさと鮫島家へ戻って行く。

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