第三話 覚醒
父が、アンドレを殴り飛ばした。
「か、かっこいい…」
思わず声が出ていた。
初めて魔術の戦闘を見たルルからしても、父とアンドレの差は圧倒的だった。
いてもたってもいられず、ルルは窓を飛び越えて父のもとへ駆け寄った。
父はルルに気づくと、少し驚いたように
「ルル、家の中で隠れていろと言ったじゃないか。」
と言った。
「父さんが危険な目に遭ってるのを見て見ぬふりできる訳ないじゃん。
それより、なんなの?あの人」
「あれは、国王軍の軍人だよ。
ほら、昔言っただろう?王様に逆らった人は処刑されるって、
父さん、ルルが生まれるずっと前に一度、国王の命令を聞かなかったことがあってね。
それで、命を狙われてるんだ。
今まで黙ってた事は、本当にすまないと思ってる。」
「だから僕達はこんな山奥で二人っきりで暮らしてたの?
国王軍の人に見つからないように、」
「そうだよ。
でも、もう見つかっちゃったから、すぐ追手が来るだろう。
それまでに、イタリアにでも引っ越そう。」
「本当に!?じゃあ、早く準備しないと。」
「その必要はないぜぇ!」
気絶していたはずのアンドレが会話を遮った。
「一般人に負けたとなっちゃぁ俺のメンツがもたねぇ!
相打ちになっても一人は殺してやるぜ!」
と言って、アンドレは立ち上がる。その足はもうフラフラで、今にも倒れそうだ。
それでも立っているのは彼の意地だろう。
父がチッと舌打ちする。
次の瞬間、父が目にも止まらぬ速さで、アンドレのもとへ駆ける。
「殺せるものなら殺してみろ!」
「言っただろう。一人は殺してやると。その一人がお前とは、言ってないぞ!」
アンドレがルルの方に手を向ける。
既に彼の周りには、氷塊が準備してある。
「アクティブ!」
氷塊が、ルルに向かって飛ぶ。
避けられない。ルルは目をつぶって、腕を頭の前に出し、頭だけでも守ろうとする。
「ザシュッ!」
肉を引き裂く嫌な音がした。
しかし、不思議と痛みはしない。
恐る恐る目を開けてみる。
父が、ルルに覆い被さるように立っていた。
そして、その胸には尖った鋭い氷塊が刺さっている。
「…っ!」
ルルは言葉を失う。
「ガハッ!」
父が血を吐いて、倒れた。
ルルは慌てて抱き止める。
父の体に触れた手には、温かい鮮血がベットリついていた。
「あ、ああ、
ああああぁああああああああぁああああああああああああああああああああああああああああああぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁああああああああああああああああああああぁぁああ!」
ルルは力の限り叫ぶ。
そうしないと、怒りで、悲しみで、憎しみでどうにかなってしまいそうだったからだ。
ルルは自分の服をちぎり、父の血を拭く。
しかし、拭いても拭いても、また新しく血が噴き出してくる。
「あ、あぁあ ああああぁぁあああ!」
泣きじゃくる。ルルの涙と父の血が混ざる。
もうわけがわかんなくなって、血がベッタリついた手で髪の毛を掻き毟る。
「うわぁぁぁぁぁああああああぁあ!」
痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。心が痛い。
憎い。憎い。憎い。憎い。憎い。父を殺した男が。
ハッとなって、アンドレの方を振り向く。
アンドレは笑っていた。
「はっははははっ!ラッキー!ガキを殺そうとしたらまさか身代わりで死んでくれるとは!」
激しい、嗚咽のように怒りが湧き上がってくる。
「ぶっ殺してやる…!」
相手は魔術使い。
対してルルは魔術の「ま」の字も知らない。
それでも、ルルはアンドレの首目元がけて走った。
アンドレを殺すことしか考えていなかった。
「へへっガキのくせに、俺と戦おうってのか?
調子にのるなぁぁあ!」
ルルがアンドレの視界に覆い被さる程、近くにくる。
アンドレはもう魔術が使えるほど魔素が残っていない。
しかし、体術でもガキに負けるわけがない。
ルルが走ってくる勢いも利用して、そのまま殴ろうと右手を振り出す。
「うらぁぁぁあ!」
振り出した右手はルルの顔面を直撃して吹き飛ばす。
はずだった。
アンドレの右手は空振っていた。
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昔、ある学者が言った。
「ユニークスキルは生きている」と。
大衆はそんな訳ないと信じなかった。
嘘をつくならもう少しマシな嘘をつけと言い出す者もいた。
その学者は、さらにこう述べた。
「使い手が死んだ場合、次の使い手に相応しい者を自ら選定し、その者に力を与える。
また、生物と同じ感情を持っているため、感情に応じてとんでもない力を発揮することがある。」
発表から三年後。大掛かりな実験の末、その仮説が正しかったことが判明した。
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アンドレの渾身の一撃を、ルルはかわした。
自分の影の中に入ったと思いきや、アンドレの影から出現し、攻撃をかわしただけでなく背後をとっていた。
(何が起こったんだ?)
ルルは自分でも何が起こったかわからなかった。
この現象はまるで、さっき父が使っていた魔術そっくりだ。
まぁそんなことはどうでもいい。
父の仇が、殺してやりたいほど憎い相手が、目の前にいるのだ。
このチャンスを逃す手はない。
「おらぁぁぁぁああ!」
ルルは、アンドレの顔面を思いっきりぶん殴った。
「ガ、ハッ」
ルルの恨みを込めた渾身のパンチは、アンドレを今度こそ本当に、ノックアウトした。