第一話 はだかの王様
時は十七世紀。場所はフランスの南部にあるピレネー山脈の獣すら寄り付かないひっそりとした山奥。そこに一組の父子が住んでいた。
子の方はルル・アルフェルニといった。黒い短髪に青い瞳で、歳は先月5歳になった。
父の方はウェル・アルフェルニといい、同じく黒い髪に青い瞳。三十代前半で背が高く、スラッと伸びた長い脚が特徴的である。
ルルは生まれてからずっと父と二人っきりで暮らしてきたが、退屈はしていなかった。父は毎日遊んでくれるし、家にはたくさん本がある。難しい哲学書や宗教の聖典などから、ルル向けの童話まで一生かかっても全部読み切れないほど、たくさんあるのだ。
ルルは父が大好きだった。父の作る料理はすごく美味しいし、父はすごく優しい。
ルルは生まれてから父と喧嘩した事が一度もなかった。ルルは父と過ごす毎日がすごく楽しく、幸せだった。
ルルは知らなかった。今の幸せな時間が、永遠に続くとは限らないと。
ある日ルルは、父と一緒に本を読んだ。「裸の王様」という本だ。
「この[オウサマ]っていう人、ヘンな名前だね。」
とルルが尋ねると、
「[オウサマ]っていうのは名前じゃないよ。この人の役職のこと。国で一番、偉い人だよ。」
「ふぅん、オウサマって何をするの?」
「基本的には新しい法律をつくったり、国の大事なことを決めたりするんだ。」
「そんな難しそうな事、この騙されてるおバカなおじさんにできるの?」
「王様がみんなバカっていう訳じゃないんだよ。」
父は苦笑する。その後で、
「ただ、今のこの国の王様は、愚かな行動ばかりしているようだけどね。」と付け加えた。
「知ってるよ。[るいじゅうろくせい]って人だよね。」
「そうだよ。[ルイ16世]は、[絶対王政]っていう簡単に言うと、王様が絶対的な権力を持った政治をしていてね。軍事力にものを言わせて国民を支配する、タチの悪い王様さ。王様に逆らうと処刑されるから、みんな反抗したくてもできないんだ。」
「ふぅん、嫌な奴だね。僕の大っ嫌いなタイプだ。」
ルルは、王様とは関わりたくないと強く思った。
それから、十年が経ち、ルルは十五歳になった。
今日は父に
「今日は熊が活発に活動しているらしいから、家の中で隠れていなさい。決して家の外に出てはいけないよ。」
と言われたので、おとなしく部屋の中にかかったハンモックに寝そべり、本を読んでいた。
成長するにつれ、読める本も増えてきたルルが、今読んでいるのは少年が[魔術]というものを使って、魔物を倒す冒険小説だ。
今ちょうど、一冊を読み終えたので次の巻を取りに行こうとハンモックを降りて背伸びをする。
「それにしても、どうしてあんな嘘をついたんだろう。」
ルルは書庫へと続く廊下を歩きながら独り言を言った。
「あんな嘘」というのは、先程の父の
「熊が出るから家にいなさい。」という話のことだが、さっきの父は明らかに嘘をついていた。
十五年間の付き合いだ、それくらいわかる。
しかし、嘘をつく理由がわからなかった。
家にいて欲しいなら、そういえばいいのに、なんでわざわざ熊が出ると脅してまで家にいさせる必要があるのだろうか。
「.......考えてもわかんないや。後で父さんに会った時直接聞こう。」
そういえば、父はどこに行ったのだろうか。今朝から姿を見ていないが…
夕食の食材を採りに行っているのかと考えて、何気なく窓から、外を見てみる。
「あ。」
父がいた。一人ではない、誰か男の人と話している。
ルルはずっと父と二人っきりだったので、父以外の人間を見たことがなかった。なので、ルルが人について知っているのは、本で知った知識だけだ。
男の人はプロレスラーのような体つきをしていて、藍色の大きなマントをつけていた。そして、マントの左胸の辺りには、大きく金色で「5」と刺繍してあった。
(本で見たことがある。確か大きなマントは国王軍の証で、左胸の刺繍は所属する部隊を表すと、ってことはあの人は国王軍の軍人か。)
とルルは推測する。
仮軍人が、父に話しかけた。
「二十年間探しても見つからなかったが、こんな所に隠れていたとはな。」
「お前が近くまで来ていることは今朝から感知していたよ。国王軍第五部隊小隊長アンドレ。」
「まさか名前を覚えてくれてるとはな、光栄だぜ。」
「流石に敵の小隊長にもなれば、名前くらい覚えているよ。」
「敵?勘違いすんなや、俺とお前は狩る側と狩られる側。まともな勝負にもなりやしねぇよ!」
続けてアンドレが叫ぶ
「フォーマルスキル使用!No.18745 氷塊連弾!」
途端、アンドレの周りに数百個の鋭い氷塊が出現した。