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フィーとアンジェ(Fée et Ange)

 大変な秘密を一人で抱える羽目になったジュリウスだったが、彼の献身の甲斐あって、二人のトリーシャは聡明かつ物分りの良い、それでいて勇ましい娘たちに成長した。

 二人はジュリウスの苦労を幼い身で良く理解してくれたし、離れに住まわされて何年か経ち、どうにかJJの怒りも冷め、アジト内に限定しての外出許可を与えられた後でも、同時に離れを出るようなことはせず、きちんと1人ずつで出歩くようにしていた。

 当然、出歩けば他の人間と会うことになるのだが、その点も「彼女たち」は上手く合わせていた。どこでいつ、誰とどんな話をしたか、二人はそれぞれ事細かに覚えており、かつ、詳細に伝え合っていたので、出歩いた先での会話に矛盾が生じたことは一度も起こらなかった。その内容は単なる日常会話だけに留まらず、銃の扱い方や戦闘技術、乗馬術、礼儀作法、そして戦術論や化学知識に至るまで、あらゆることを完璧に共有した。

 そしてダビッドがかつて見立てていた通り、容姿に関してもほとんど瓜二つであり――二人並べて立ってようやく2、3インチほど背丈が違うことが分かる程度だった――真実を知る唯一の人間であるジュリウスでさえも、外を出歩く彼女が「どちらの」トリーシャであるのか、判別できないほどだった。

「おはよう、トリーシャ。今日の気分は?」

「パステルブルーってところね」

 なのでジュリウスと彼女たちは、合言葉を決めていた。こうして機嫌を尋ね、青系の色を答えた方が「フィー」、赤系ならば「アンジェ」と言った具合である。

「そうか。ではシェフにクレープを注文するとしよう」

「ありがとう、おじさま」

 ジュリウスも彼女たちの好みを良く分かっているので、機嫌を尋ねた後は決まって、朝食にデザートの追加注文をしてくれた。

「今日の予定は?」

「この後ダルトンさんに算数を、午後はハーディングさんに射撃を習う予定よ」

「算数か……。トリスがどうにも駄目でな。ディムと違って、手を使わんとモノが数えられんのだ」

「まあ、可愛らしい」

 共に朝食を取りながら、二人はまるで父娘のように仲睦まじく会話を交わしていた。と――。

「誰だ、こんな時間まで呑気に朝食を取っておる輩は」

 いやみったらしい声を上げて、JJが食堂に現れた。

「女子供ではあるまいし、飯なぞ口の中にちゃっちゃと放り込めば良いのだ」

「じゃあゆっくり食べさせていただきます、おじいさま。あたし、女で子供だもの」

 トリーシャにそう返され、JJは「うぬっ?」と虚を突かれたような声を上げた。

「お前は、……あー、……えーと、と、と、とり、……トリスタン?」

「それは我が息子の名前です」

 ジュリウスが立ち上がり、彼女を実の祖父に紹介する。

「彼女はエミル・トリーシャ・シャタリーヌ。あなたの……」「分かっておるわ! 皆まで言わんでよろしい!」

 JJはむっとした顔をジュリウスに向け、続いてその顔を孫娘に向けた。

「フン、もったいぶってデザートまで取りおって。お前は貴族か何かか?」

「いいえ、断じて。握手でもしておきますか?」

「ほほう?」

 一転、目を輝かせ、JJはつかつかとトリーシャの前に寄って来た。

「『町人貴族』か! そんな機知に富んだ台詞を、とっさによくそらんじたものよ! なかなか教養があると見た」

「この程度であれば、一通り修めております」

「C’est magnifique!(素晴らしい!)」

 数年前、殺せとまで命じた自分の孫娘に向かって、JJはにたぁ、と気味の悪い笑みを浮かべて見せた。

「興が乗ったわい。この後は空いておるのか?」

「算術と射撃を学ぶ予定です」

「と言うことはダルトン牧師とハーディング曹長か。よろしい、彼らには余から講義の取りやめを伝えておく。今日はこの余が自ら、教鞭を振るってやろうではないか」

「え?」

「余が半世紀に渡って研鑽けんさんした帝王学を、お前だけにじっくりと学ばせてやろう。9時に余の部屋へ来るが良い」

「わ、……分かりました」

 面食らうトリーシャに背を向け、JJは嬉しそうな足取りで食堂を後にした。残ったトリーシャとジュリウスは顔を見合わせ、どちらからともなくつぶやいた。

「あたし、気に入られたのかしら?」

「どうやらそうらしい」


 この日以降、トリーシャの習い事が1つ増えると共に、それまで邪険にされ続けてきた祖父と話す機会が増えるようになった。

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