第03話:隣村の事件
これから一人旅になると思って不安に駆られていた僕は、ルーミィと一緒に旅をする事になって、心配8割、嬉しさ2割といった所で、少し安堵の気持ちが広がっていた。
なんだかんだ言って心配したり忠言したりしているが、正直なところ、僕はルーミィに相当助けられている。ルーミィが居なければ村の生活で僕の心は壊れていただろう。
「ミスティおにーちゃん。まずはどこに行くの?」
両耳の少し上で束ねた白金の髪がポンポンと跳ねて、木漏れ日に反射してキラキラと反射させながらミスティが僕に訊ねてくる。
「まずは街道に出ようと思う。そうなると、隣村に一度行く事になると思う」
「隣村かぁ……」
僕の発言を聞いてルーミィが少し身体を強張らせる。
「まだ、いるかなぁ?」
「うん。賢かったからね」
僕がルーミィと知り合ったきっかけである熊と遭遇したのは、僕達の村から隣村に向かう途中の森の中だった。
あの時は熊が引いてくれたから何とかなったけど、体長2m近い大きさを持つ熊は脅威だ。
「まぁ、あれからうちの村での被害は聞いていないし、きっと縄張りに入りでもしなければ大丈夫なんじゃないかな」
「あの時は、ルーミィが熊さんの縄張りに入っちゃったんだもんね」
「うん。あの時のルーミィはやんちゃだったからねぇ。あぁ、今もか。こうして村を出て僕に付いて来ちゃっているんだから」
「うーっ!ルーミィやんちゃじゃないもん!立派な大人だもん!」
そう言ってルーミィは僕をポカポカ叩いてくる。
「あはははは。ごめんごめん」
僕は笑いながら、ポカポカ叩いてくるルーミィをなだめる。本当にルーミィがいてくれてよかった。旅をこんな風に始められるなんて。
朝早く出たのもあり、昼を回る事には隣村についていた。隣村とは何度か合同で狩りをしたこともあるので、見知らぬ仲ではない。
だけど隣村とは言え、僕が精霊に嫌われている事は広まっているので、周りの視線はとても好意的ではない。
幸い昼ご飯はルーミィのお母さんが用意してくれたものがあったので、それを食べながら進めば問題はないので、僕は隣村を素通りしようとする。
そんな時、年若いエルフが肩を押さえながら村に駆け込んでくる。押さえた肩からは血が流れでていて、結構な中傷になっていそうだ。
「た、大変だ!アイツが出た!!」
「またアイツか!で、どこだ?!」
「西の森に入ってすぐの所だ。何だってこんな村の近くまで!」
「おいっ!人手がいる!自警団を呼んで来い!!」
一気に村が騒然となる。隣町からやってきた僕を嫌悪の眼で見ていた人達もそれどころではない状況で、戦う準備を始めていた。
「知らない顔で通り過ぎる事も出来るけど……」
僕は眉間に皺を寄せながらルーミィを見る。
「いいよ。ミスティおにーちゃんの好きなようにすれば。ルーミィはいつだっておにーちゃんの味方だよっ!」
ルーミィからの力強い言葉を貰った僕は、勇気をもって傷ついた若いエルフの元に向かう。
「あの……」
「あぁ?ってお前は隣村の無か。邪魔だ、邪魔。さっさとこの村から立ち去れ」
僕が話しかけてみると、どうやら僕のことを知っているらしく、邪険な扱いをされる。
「アイツっていうのは?」
邪険にされるのは慣れているので、構わずに話を続ける。
「うっせぇ、お前にかまっている暇なんか!あうっ、痛ててて」
僕を振り払おうと傷ついた手を動かそうとして苦痛に顔を歪める。
「ルーミィ、お願い」
「えぇ?おにーちゃんを悪く言う人なんて治したくなんだけど」
「そう言わないで、僕の事はいつもの事だからさ」
「はい、はーい。わかったわよ。治せばいいんでしょ、治せば」
僕がルーミィにお願いすると、ルーミィは露骨に嫌な顔をするけど、すぐに理解してくれて治療に当たる。
「光の聖霊、光巫女。この人の傷を癒して頂戴」
ルーミィがお願いすると、キラキラとした光が手から放射されて、若いエルフの肩口に降り注ぐ。
「お前ら、何を!」
若いエルフはその光から逃れようと身体を捻る。
「痛っ……あれ?痛くない?」
避けようと傷ついた肩を回した時に、さっきの痛みがフラッシュバックしたかのように感じれたが、すでに光巫女の治癒が効果を発揮して、傷を癒していたから痛みはなくなっているはずだ。
「お?おぉ?」
若いエルフが試すように肩を回すと、痛みもなくすんなり回せているようだ。
「悪い。助かったわ。これで俺も戦線に戻れる。いやぁ、あの傷だったから数か月は狩りの仕事が出来なくなるところだったぜ。ありがとう、助かったぜ。お嬢ちゃん……それと無。悪かったな」
「おにーちゃんは無じゃない!ミスティっていう素敵な名前があるんだもん!」
若いエルフが態度を軟化させたんだが、ルーミィがまだ納得できずに噛みつく。
「あぁ悪い悪い。えーっとミスティだっけか。俺も慣習に捉われちまってて、お前がエルフの皮を被った何かだと思っちまってた。だがちょっと目が覚めたぜ」
若いエルフが今までの態度を豹変させて話しかけてくる。
「で、アイツっていうのは、ここいらを縄張りにしている熊の事さ。体長が2m近くあるでかいやつで、本当は西の森の奥をねぐらにしていたはずなんだが、最近村の側まで来るようになってなぁ。森に狩りに言っていた俺らを襲ってきたわけだ」
若いエルフが言っている熊と言うのは、おそらく7年前にルーミィを襲った熊と同一だろう。あの熊だったのなら、戦ったら相当な被害が出ると思う。
「良かったらなんだけど、僕も手伝わせてもらえないかな?」
「はぁ?だってお前、無だろ?無理無理、あの熊には魔法でもないと太刀打ちできないって」
「いや、7年前に一度撃退したことがあるんだ。だから何とかなるかもしれない」
「……死んでも知らねぇぞ?」
「あぁ、こんなところで死ねないから大丈夫さ」
「わかった、じゃぁついてこい」
僕は若いエルフに連れられて、熊を討伐しに行く事になった。
「えーっと、ルーミィはここで待……」
「ルーミィも行くからね。おにーちゃん、ルーミィが見てないと絶対無茶するから」
僕がルーミィを安全なこの村で待っていてもらおうと言おうとした瞬間、拒絶の言葉が飛ぶ。
「あははははは。お前、既にこのちみっこに尻に引かれてるのかよ。うはははは、情けない将来が浮かんで消えねぇぜ」
若いエルフが腹を抱えて笑う。確かにその通りかもしれないけど、何か失礼なエルフだなと思いながら、でも久々にルーミィ以外の若いエルフに普通に接してもらえた気がする。
若いエルフに案内されて向かった先は、本当に村から出て数十分の近場だった。鹿などの中型の動物を狩ろうと茂みに隠れていたら、急に襲われたという。
「ここで襲われたんだ。確かあっちの方からきたと思う」
若いエルフは僕のいた村の方を指さす。既に自警団が周りを捜索しているらしいので、周りは騒然としており、熊の気配は感じられない。
「ありがとう。僕達もちょっと探してみるよ」
僕はそう言うと若いエルフと別れて、僕のいた村の方角へ進んでいく。けもの道があるわけではない生い茂った森の中を進んでいく。
誰も足を踏み入れていなくても、獣たちが多少なりとも行動しているので、歩きやすい道は存在する。エルフの僕達がそんな道を見つけるのは難しくない。
そうしてしばらく進んでいると、前方から熊の唸り声が聞こえてくる。僕達は少しずつ音をたてないように気配を殺しながら、唸り声のする方に向かう。
グゥルルルル……ゴウァッ!!
大きな吠え声と共に、熊が何者かに襲い掛かる。
ギチチチチチ!
耳障りな音が熊を受けて立つ。
熊の鋭い爪がソレに襲い掛かるが、ソレの槍の様な足が容易く弾く。そして反対側の槍の様な足を振りかぶり、熊に振り降ろす。
その槍の様な足は熊の胴部にぶっすりと刺さり、熊はたまらず胸から血を吹き出して転倒する。
「ひっ!」
その異形の姿を見てルーミィが小さく悲鳴を上げてしまう。そして運の悪い事に、熊が身動きが取れなくなって余裕が出たソレが、ルーミィの悲鳴に気づき真っ赤に光る8つの瞳でこちらを射抜く。
そして鋭い牙が生えた顎をガチガチと鳴らし、8本の槍の様な足を高速で動かしながらこちらに向かってくる。
「ルーミィは下がって!」
僕はルーミィの前に立ちふさがるように立ち上がると、腰の刀に手を添える。
その不気味な生物は目標をルーミィから僕に切り替えると、槍の様な2本の前足を大きく振り上げて、僕目掛けて振り下ろしてくる。僕は鞘走りを利用した神速の居合抜きを放って槍の様な足を迎撃する。
ガキィィィィンッッ!!
金属同士が打ち合うような甲高い音が響き、その異形の生物は仰け反る。足を斬り飛ばすつもりで放った刀技だが、その硬い外殻に阻まれて斬り飛ばす事が出来なかった。
「お、おにーちゃん。このでっかい蜘蛛……何?」
ルーミィが恐る恐る僕に聞いてくる。
「コイツは巨大蜘蛛だね。しかもただの巨大蜘蛛じゃなさそうだ」
巨大蜘蛛は森の奥に生息しているとても危険な生物で、胴部が1m強、足を入れると2m近くある巨大な蜘蛛だ。粘糸で巣を作るタイプではなく、その巨大な身体で、獲物を直接捕獲する。その為、大型の獣すら餌にするほどの危険な昆虫種だ。体の色は周りの森林に同化するかのように深緑色と茶色をしている。
だが、この巨大蜘蛛は全身を真黒くて光沢のある外殻で覆われていて、その8つの眼は血のように真っ赤だ。サイズも胴部が2m弱あり、足まで入れると3m近くある巨大さだ。
ギギギギギギッ!
巨大蜘蛛は耳障りな声を上げると、地面を蹴って跳躍する。目標は当然、さっきの攻撃を退けた僕だ。
その巨大な身体での押しつぶしと日本の前足による突き刺しを狙っているようだ。
「月影流刀技 弧月!」
巨大蜘蛛の落下に合わせて、一瞬身体を左下に捻って右上空薙ぎ払いで下段から刀を一閃する。
ガギィィィィン!!
刀は見事に巨大蜘蛛の腹部を切り裂く。だが外殻が硬すぎて、致命傷を与えられない。
そして、傷口から噴き出した緑色の体液が僕に降りかかる。
「ぐうっ!腐食性の毒液か!こんなの聞いたことない!」
緑色の体液を振り払った腕からブスブスと煙が立ち、吐き気を催す嫌な臭いが立ち込める。
幸い今の一撃で巨大蜘蛛を弾き飛ばしたので追撃は受けていないが、切りつけた先からこんな毒液を出してくるとなると長期戦は不利になる。
腹に傷をつけられた巨大蜘蛛は赤い目をもっと獰猛に輝かせて、歯をガチガチと鳴らす。どうやら怒り心頭らしい。
僕は刀を納刀すると、茂みから熊と蜘蛛が戦っていた開けた場所に移動する。巨大蜘蛛は警戒しながら僕の動きを、その不気味な8つの眼で注視している。
「ルーミィ!閃光の矢を!!」
「あ、うん。光巫女、力を貸して!閃光の矢!!」
僕の要請に応えたルーミィが閃光の矢を放つ。ルーミィの守護聖霊光巫女は、いつでもルーミィの側にいるので、神聖属性、破魔属性、光属性の聖霊魔法がいつでも発動できる。
閃光の矢は威力よりも、その強い閃光が特徴の魔法だ。僕の背後から、強烈な閃光を発せられたら、僕の方を注視している巨大蜘蛛はたまったものではないはずだ。
ギィィィィィィッ!!
閃光に目を焼かれ、そのあと飛来した魔法の矢が一本の眼に命中し、弾ける。あまりの眩しさと目の痛みに、巨大蜘蛛は所かまわず槍の様な足を振り回し、暴れまくる。
だが、そんな反射的で反復的な動きは僕のいい的だ。僕は納刀したまま、暴れる巨大蜘蛛の間合いに踏み込むと、短い息を吐き一気に抜刀する。
「月影流刀技 五月雨!」
力強く右足を踏み込んだ瞬間、腰を左回りに捻りつつ、右手で刀を抜刀し、上段居合い抜きを放つ。
----ッ!!
音すらしない斬撃が、黒くて硬い外殻に覆われた巨大蜘蛛の足を斬り飛ばす。
----ッ!!
すぐさま左足で踏み込みながら、返す刀で右から左への中段薙ぎ払い。音もない斬撃が残った前足を弾き飛ばす。
三段目の下段打ち払いの勢いで刀を右後ろに引き戻しながら、大きく前方に上半身を倒しつつ右膝と左手を地面に置く。そして身体を左側に捻りながら、屈んだ力をすべて開放して飛び上がりつつ右手で突き上げを放つ。
「月影流刀技 月穿牙!」
地面スレスレから上空の月を穿つかのような飛翔突きが、巨大蜘蛛の顎の下を貫き、頭頂部へと抜けていく。
顎を動かすために、一部外殻が薄くなっている所を的確に貫いた刀が、そのまま脳を破壊し、巨大蜘蛛を絶命させたのだ。
僕はすぐさま身体を引き、巨大蜘蛛から離れると、思い出したかのように切断面から緑色の体液を吹き出しながら、地面に崩れ落ちる。
血のように赤く燃えていた瞳は、力ない灰色に戻っており、もう起き上がらないように見える。
「ミスティおにーちゃん。やっぱり凄かったのっ!」
刀を拭って納刀した僕にルーミィが飛びついてくる。
「痛っ!」
毒液を浴びた腕が、飛び疲れた拍子に少し痛む。
「あっ、ごめんなさい!」
「い、いや。大丈夫。ちょっと痛むだけだから。多分いつもみたいにすぐに痛みも引くだろうから。それよりせっかく村長さんに貰った服が、もう傷ついちゃったな」
謝るルーミィを安心させるように言いながら、毒液を浴びた腕の部分に穴が開いているのを見て、顔をゆがめてしまう。
「小手みたいのを買って着ければ目立たないと思うよ」
「うん。そうだね。どのみち小手は必要だろうし」
心配そうに腕の傷を見ながら提案してくるルーミィに相槌を打って答える。
「しかし、どうしたものか」
僕がそう言いながら振り向いた先には、胸の致命傷が原因で死にかけている親熊と、それを守るように立ちふさがっている子熊が僕達を見ながら唸って警戒をしている。
「可哀相……」
「とは言っても、自然の摂理だからね。あの蜘蛛がイレギュラーな存在だとしても。それにその熊に襲われて怪我をしている人も出ているんだ。また同じことが起きないとも言えないだろうし」
「で、でも、きっとあの蜘蛛のせいで、住み家を追われて仕方なく、あの村のほうまで行ったんだと思う。もう蜘蛛がいなくなれば、同じことなんて!」
「言いたい事はわかる。でもあの蜘蛛が一匹だけとは限らないし、あの蜘蛛が原因ではないかもしれない。そうだった場合、また同じ災難が村を襲うよ。でも、まぁ僕達も一度見逃してもらったし、ここに村人もいない。こっそり助けても僕達を咎める人はいないけどね」
僕が厳しい意見を言いながらも、助けることを肯定すると、ルーミィは顔を輝かせる。
「でもルーミィ、僕が言った危険性があることは忘れちゃいけないよ」
「う、うん。わかった。今回だけ、今回だけだから」
「あぁ、わかってくれるならいいよ。それで助けた後に襲ってきたのなら、僕はルーミィを守る為に殺すことも厭わないからね」
「大丈夫。この熊さんはそんなことしないから。光巫女も大丈夫って言っているし。光巫女!あの熊さんを癒して!治癒!」
ルーミィの手からキラキラと温かい光が放射され、親熊に降り注ぐ。胸の出血が収まり、傷が見る見るうちに塞がっていく。そして完全に塞がった後、しばらくすると、親熊の身体がピクッと痙攣する。
グァッ?
何?と言わんばかりの表情で、仰向けになったまま両手で穴の開いていた胸をさする熊。そして体を起こしてキョロキョロと周りを見渡す。
そして目の端に留まった巨大蜘蛛の姿を見て、すぐさま四つん這いになると、喉の奥をグルグル鳴らしながら警戒する。だが既に巨大蜘蛛が事切れているのを見て警戒を解くけど、すぐに僕達を見つけて再度警戒する。
僕はわかるかどうかわからないけど、両手を開いて武器を持っていないことを見せ、肩を竦めて戦う気はないジェスチャーをする。
「熊さん、私達は戦う気はないよ。安心して」
グワッグワワッ!
説得するかのように子熊が親熊に声をあげる。親熊は巨大蜘蛛と子熊と自分の胸の傷を順番に見ると、納得したかのようにグワッと声を上げて、僕達に頭を下げるジェスチャーをする。
そして子熊を伴うかのように僕の村の方に向けて歩き始める。
「もう、エルフの村の近くに行っちゃダメだよ!」
ルーミィがそう後ろ姿に声をかけると、グワッという返事が返ってきた。
「熊って言葉わかるの?」
「雰囲気で伝わるんじゃないかな?」
僕が思わず疑問が口から出ると、ルーミィが楽観的に答える。
「そうだといいんだけどね」
「きっと大丈夫だよ」
二人で顔を見合わせて、熊のこれからが安息に満ちていることを願うのだった。
「さてと、とりあえずこの事件の原因を、あの村に示さないとな」
僕はそう言うと、青銀鉱のナイフで巨大蜘蛛の頭を切り落とそうとする。
「って、相当に硬いな、これ。刃が欠けそうだ」
関節部分を狙ってナイフを入れるが、関節部を守る皮膜ですら相当な硬さでナイフが通らない。
「じゃぁ、おにーちゃん。ちょっと離れてて」
ルーミィが策あり風に言ってくるので、言う通りに巨大蜘蛛の側を離れる。
ルーミィは巨大蜘蛛の横に回り込み、よくよく狙いを定める。
「光巫女!光の刃で切り裂いて!閃熱波!」
ルーミィの突き出した手に導かれるように、ルーミィの肩の上あたりから、閃光が迸り、地面に波を穿ちながら走る。
その波が巨大蜘蛛に到達すると、何事も無かったかのように、切断しながら突き抜ける。
「どう、おにーちゃん?」
ルーミィに促されて巨大蜘蛛の頭部を持ち上げると、きちんと切断されていたようで、簡単に頭だけ持ち上がる。
断面のみが少し焼け焦げていて、切断面から体液が零れ落ちることもなさそうで、完全に焼き切れている。
「うーん。恐ろしい聖霊魔法だなぁ」
「すごいでしょ!えっへんっ!……でもルーミィ下手っぴぃだから、動いていると当たらないの」
とてつもない威力だし、ルーミィに何かを殺すのは極力控えて欲しいと思っているので、当たらないくらいが丁度良いのかもしれない。そのまま綺麗なままでいて欲しいから。
「うんうん、凄いね。でも危ないから戦闘で使うのは止めようね」
「うん。わかった」
そうルーミィと話し合って、僕達は巨大蜘蛛の頭を持って村へと戻るのだった。
村に戻ると、既に巡回を終えていた自警団と若いエルフが村の広場で相談しているのが見えた。僕が近づくと、若いエルフは安堵の表情を浮かべて、僕の帰還を喜んでくれたけど、一方で自警団の人達は、この身長と特徴のある四白眼で、僕が無であると知り、露骨に嫌な顔をしてきた。
だけど、若いエルフも自警団の人も僕の持っていた巨大蜘蛛の頭をみて絶句する。
「おいおいおい、なんだそれ?」
「巨大蜘蛛か?それにしてはデカすぎるし、色も……」
村の広場があっという間に騒然とする。
「熊を探していたら、コイツが熊を襲っていたんだ。恐らく熊が村の側に来たのは、コイツが原因だと思う」
「そ、それはそうとして、ちょっと待ってろ。村長を呼んでくるぜ」
僕が説明をし始めると、若いエルフが慌てて村長を呼びに行く。ほかの村人は僕から一定の距離を置いて、気持ち悪そうに僕と巨大蜘蛛の頭を見て、ヒソヒソと話をしている。
非常に居心地が悪い中、我慢して待っていると、若いエルフが村長を連れて広場までやってくる。そして一旦巨大蜘蛛の頭を見て絶句し、しばらく呆けていたが、すぐに我を取り返して僕に話しかけてくる。
「この巨大蜘蛛を討伐したのは其方か?」
「えぇ、熊を襲っていた所に遭遇しまして、こちらを襲ってきたので撃退しました」
「これ程の相手と一人で……其方見た所隣村に住んで居る無に相違ないか?」
村長からの問いかけに答えると、また無と呼ばれる。まぁ呼ばれ慣れてはいるんだけど、まさか隣村の村長にまで、そう呼ばれるとは。
「ミスティは無じゃないっ!せっかくこの村を助けたのに、そういうのって無いと思う!!」
ルーミィがほっぺたを膨らませながら真っ赤になって怒る。うん、ルーミィは僕が無と呼ばれることを嫌うからね。
「ぬぅ。儂としたことが失言だった。申し訳ない、ニク……いや、ミスティ。村を代表して礼を言う。これ程の魔物がこの村に来ていたら、相当な被害を被っていたであろう」
僕は村長の言葉に閃いた。確かに、この巨大蜘蛛は魔物かもしれない。虫としては片づけられない脅威を感じた。
「ちなみに胴部は、この村から西に向かってしばらく行った所に放置しております。この外殻の硬さと毒にまみれた体液を持つので、喰い荒らされることはないと思います。多分この外殻は武器や防具に転用がきくと思いますので、ぜひ回収をお勧めします」
「それは……確かに有用かもしれんな。それの礼という訳ではないが、もう日も傾いてきておるゆえ、今晩はこの村に泊まっていくと良い。できれば村の衆を出すので、その巨大蜘蛛の胴部も回収してきてくれると嬉しいのだが」
どうやら村長は、巨大蜘蛛の討伐と部位進呈の礼として一晩泊めてくれるらしい。このままだと野宿確定だったので、嬉しい申し出だ。
僕は言葉に甘えさせてもらい、巨大蜘蛛の胴部を回収しに行く。そして村の自警団の人達は、異様なほど巨大な巨大蜘蛛の胴部を目撃すると、僕への態度が侮蔑から尊敬へと変えるのだった。
「おいおい、何だよこれ。尋常じゃねぇ相当なモノじゃねぇか。こいつをどう加工してやろうか腕が鳴るぜ」
持ち帰った巨大蜘蛛の死体を村一番の鍛冶師に見てもらうと歓喜の声を上げる。エルフは基本的に鉄製品を嫌うので、青銀鉱か動物由来の武器しか持たない。
だから巨大蜘蛛の硬すぎる外殻は、エルフの武具にピッタリの素材となる。
その夜、僕達は村長から歓待を受け、村の空き家を借りて一晩を過ごすのだった。そして翌朝、出発しようと準備していると、村長さんがやってくる。
「確か、森渡りとして聖都ユグドラシルに向かうのだったな。少しばかりだが旅の足しに持って行くとよい」
そういって革袋を手渡される。この革袋は自分の村の村長さんからもらったように貨幣が入っているようだった。
「い、いや、こんなもの貰えません」
「巨大蜘蛛の代金に比べたら全然足りないくらいだ。持って行ってくれないとこちらも困るのだよ」
「……それでは、ありがたく頂戴いたします」
僕は断るのだが、村長に押し切られて受け取ることになる。正直なところ路銀は幾らあっても足りるという事はないだろうから助かるんだけどね。
こうして僕達は、隣村の事件を解決し、一番近くの町に向かう旅を再開するのだった。