【幕間】マルゴニア王国の一件
……コンコン、コン、ココン、コン
薄暗い一室、その部屋の戸をノックする音が響く。それは単なるノックではなく、まるでなんらかの合図のようで、室内の人物への入室許可を求めている。
それに対して室内の人物は、ゆっくりと戸に視線を向け……続けて、戸の側にいる男へと目配せをする。それを受け、男は戸を開ける。
今のやり取りは、この部屋に入るための合図だ。いや、正確には『計画』の内容を知るための人物にのみ与えられた合図。
変則的なノック音。古典的であるが、ゆえに『計画』を知る者かそうでないかを選別しやすい。
「失礼」
「ノット……さすが早いな」
室内にいた人物は、入室してきた人物に、目を移らせる。
入室した人物……ノットと呼ばれたのは、見た目麗しい女性だ。伸ばされた朱色の髪は腰まで届き、その前髪部分は右目を隠すほどに長い。
杏の世界なら、間違いなくモデルをやれるであろう抜群なスタイルを、惜しげもなくさらけ出している。さらに、身に付けるのはビキニタイプの布地のみで、豊満な胸元がより強調されている。
ホットパンツから伸びた白く長い脚は、男の目を惹いて離さないことだろう。
誰しもが視線を向けるであろう女性……ただし、注目を集める理由は、彼女の美しさだけが問題ではない。なぜなら……
「……それで、私を呼んだ理由は、例の……?」
彼女の右腕、右肩から腹部にかけ、大きな凍傷の痕があるからだ。それが、彼女の美しい白い肌にはひどく不似合いであった。
それだけでなく、その傷を隠そうともしない彼女の大胆さには、どこか周りの人を寄せ付けないような、妙な迫力があった。
「あぁ。察しの通り、マルゴニア王国の件だ。あそこに潜入させていた工作員が、戻ってきたのでな。話を聞き終えたところだ」
彼女をこの部屋に呼んだのは、マルゴニア王国に潜入させている工作員からの定期連絡が、先日から途絶えていることに対してだ。
マルゴニア王国という大国は、数々の国との交流がある。それは、この国も同じことだ。そして、国の交流が盛んということは、いろいろな地域の情報が集まるということでもある。
表向きに、マルゴニア王国と交流はもちろんしている。だが、表向きでは決して得ることの出来ない情報を探るために、工作員を潜入させている。それが、ここにいる"裏側"の人間の仕事。
もっとも、それはこの国に限った話ではないだろうが。
そして、その工作員には定期的に連絡をさせるようにしているのだ。その定期連絡が、ある日を境にパッタリと途絶えた。
「……わざわざ私を呼んだということは、なにか問題が?」
マルゴニア王国からの連絡が途絶えていることは、ノットも知っている。しかし、その理由がわかったというのにわざわざ自分を呼ぶということは……
なにか、慎重にならざるを得ないのだろうか。なぜならば、ノットはこの国の人間ではないからだ。
「問題、というかな。キミに、伝えておいた方がいいと思ってね」
表舞台に立つことのない、言ってしまえば影の役割……それが彼女の存在価値にして、存在理由。
彼女を、わざわざ呼んだのだ。マルゴニア王国との連絡が途絶えた理由と、なんの関係があるというのだろうか。
「マルゴニア王国だが……滅んだらしい」
「……は?」
少し、覚悟はしていた。どんな言葉が飛び出してきても、構えておく覚悟は。だが、放たれた言葉は……その内容は、あまりにもぶっ飛んだ内容で。
引き締めていた表情が、僅かにでも緩んでしまうほどに。
「滅ん……い、いや、だとして、ますますなぜ私に?」
あまりに突拍子のない内容。しかし、ここで嘘をつくメリットなどないだろう。なにより、"彼"の言葉に偽りなど、ない。
だから、その言葉を、内容を疑いはしない。疑問があるとすれば、なぜ自分にそれを伝えたのかということだ。
国が滅ぶほどの事態、黙っていても勝手に耳に入ってくるだろう。わざわざ呼び出され、伝えられるほどのことなのだろうか。
「困惑もわかる。が、今はその気持ちは抑えてくれ。それと、今の言葉は正確ではなかった。滅んだ……とは言ったが、滅ぼされた、と言うべきか」
「なっ……滅ぼされた……? だが、あの国には……」
滅んだでなく、滅ぼされた。ますますわからない。しかも、それは真実なのか疑いたくなるほどの内容だ。それこそ、彼が言い間違いをしてしまうほどに。
疑いの理由……それは、あの国には『剣星』、『魔女』と呼ばれる超常の人間がいるはずだからだ。その二人がいて、なおかつ国が滅ぶなど……
「考えていることはわかる。ワタシも、にわかには信じがたい話だったからね。だが……その後の報告を聞いて、考えは疑惑から納得に変わりつつある」
「……その後の、報告?」
いったい、なにを聞けば考えが変わるというのか。本来、国を滅ぼすなんてこと自体があり得ない話だ。
どんな内容をを聞けば、疑惑が納得に変わると……
「マルゴニア王国を滅ぼしたのは、2人。……そのうちのひとりが、氷狼だったようだ」
「!」
その言葉を、単語を聞いた瞬間、ノットは固まった。まるで、なにか金縛りにあったかのように。
「フェン……リル……?」
「あぁ。……キミが、バーチと共に滅ぼした村の、どうやら生き残りだろうな」
「……逃げ出してたのか」
自らが手を下し、滅ぼした村。そこに住んでいた者は、全て焼け死んだ。確認済みだ。ならば、その氷狼とは誰なのか……答えは、ひとつだ。
ただひとり、奴隷として連れ去った男の子供がいた。そいつこそが、マルゴニア王国を滅ぼした2人のうちの、ひとりだ。




