第94話 たった二人の賊
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「な、なんじゃ……なんなんじゃ、あいつらは!」
城の中の巨大な一室、王室。この部屋にいるのは、三人だ。その内のひとり、窓から外を見るのは、このゴルディアス王国の国王であるシューベリ・サラサランダだ。
窓にへばりつくように外を見るその目的は……この国に攻め入ってきた侵入者=賊を確認するためだ。見たところ、賊はたったの二人。部屋に残る二人は、万一のための国王の護衛だ。
この国が、何者かの襲撃を受けている……それを聞いたときは、頭が真っ白になった。ただでさえ、最悪の情報に混乱していたのだ、そこに新たな最悪の情報を加えられ、どうすればいいかわからなくなった。
しかし、その何者か=賊の人数を聞いて、落ち着いた。落ち着いたどころか、鼻で笑った。なにせ、賊の数は二人だと言うではないか。
国を相手に、たったの二人で攻め入ってきたというのだ。こんなもの、驚愕を通り越して笑いすらこぼれてくる。
二人の始末など、すぐに終わる。捕らえて、ここに連れてきて、バカげた行動を起こしたその目的を笑いながら聞いてやる……その、はずだった。
「相手はたった、二人であろうが! なにをしておるのだ!」
ゴルディアス王国は、それなりに平和な国だ。まったくの平和、とは言えないが、戦はたまにあるくらいで、内乱なんかもない。
だからといって、この国の兵士が弱いだなんてことはない。万が一のため、訓練に訓練を重ねている強者たちだ。彼らならば、二人の賊程度などどうとでも対処できる。
シューベリ・サラサランダでなかろうと、誰もがきっと、そう思うことだろう。
「たった二人……いや、ひとりと一匹、か。いやそんなのどうでもいい! なぜ、賊などにやられておるのだ!」
相手が何人であろうと、所詮賊。鍛え上げた兵士が、負けるはずないのに。
そこにいるのは、フードを被った人物と、藍色の体毛を持つ狼。あれはおそらく『氷狼』であろう。直接見たことはなく、聞いたことしかない種族だが……その特徴は、聞いたものと一致している。
珍しいだけではない。なかなかの戦闘能力を持つと聞いている。しかも、相手は氷狼だけではない。氷狼と一緒にいる、あのフードの人物。
ここからでは、男か女かも、わからない。
「くそっ、我がゴルディアス王国の兵士隊がなんたること!」
賊二人を止めることも叶わず、その事実に大きく舌打ちをする。あの二人の猛攻は、止まることない……そして、止める術もない。しかし、このままでは国を滅ぼされてしまう。
それはあの二人に、という心配よりも、この大雪によって滅ぼされてしまうのではないかという心配が大きい。まさかこんな大雪で、国を滅ぼされることになるなんて……
「……雪……?」
この異常なほどの事態。それに、シューベリ・サラサランダは心当たりがあった。それは、つい先ほど聞いたものだ。
マルゴニア王国が、滅んだ……それは、雪に覆い尽くされ、埋もれてしまったのだという。国のある範囲だけがその現象に襲われ、建物も人も、なにもかもが凍り付いたのだと。
まさに、今の状況ではないか。
「まさか、あいつらが……!?」
あの二人が、マルゴニア王国を滅ぼした張本人なのか。たった二人で一国を滅ぼすなんて話、笑ってしまうほどにバカげている。
……だが、目の前の光景を見ていると、一概に笑い飛ばすことも出来ない。
とはいえ、マルゴニア王国には『剣星』、『魔女』と呼ばれるほどの人物がいるはず。あんな賊に、まさかやられるとは思えない。
「さては、二人の不在を狙ったな! 卑怯者め!」
ともあれ、このままでは本当に、このゴルディアス王国は滅ぼされてしまう。ここには『剣星』、『魔女』といった超常の存在はいないのだ。力で勝つにはもはや不可能。
ならば……素直に、降伏してしまうか。たった二人の賊に、一国の王が頭を下げ、あまつさえ許しを乞うなど……それは、とんでもない事態だ。
だが、この際王族のプライドや、周りからの評価を気にしている場合ではない。このままでは、国を滅ぼされ、ここに住まう人々は皆殺しにされてしまうだろう。
その最悪の事態に比べれば、頭のひとつや二つ、いくらでも下げてやろう。あの二人の目的はわからないが、降伏した相手にまで追い打ちはかけないはずだ。
そう……自分だけの問題ではないのだ。先代、先々代、そのまた前の代……何代も継いできたこの国の歴史を、自分の代で途絶えさせるわけにはいかない。
そこまで、思い至ったところで……異変に、気づく。
「な、なんじゃ……城が、揺れている……!?」
ゴゴゴ……!
気のせい……ではない。実際に城が、揺れている。この巨大な城が揺れるなど、いったいなにが原因で……
「! ま、まさか!?」
外で吹く猛吹雪。まさか、これが城を揺らしているとでもいうのか。そんな、バカげたことが……いや、今は原因を追及しているときではない。
「くっ……は、早く外に……!」
下手をしたら、城が崩れてしまいかねない。それほどの、危機感を覚えていた。だから、この事態を変えるために、シューベリ・サラサランダは外に出ることを選ぶ。あの二人の賊に、これ以上の殺戮をやめてもらうためにも。
そのためならば、なんだってする。そのためにも、まずはこの部屋から出て……
「……ドアが、開かない!?」
しかし、降伏するという選択肢すら、潰される。扉が、開かないのだ。押しても引いても、開かない。部下に手伝わせるが、それでもだ。
このとき、シューベリ・サラサランダらは気づくはずもないが……部屋の外では、城の外から入り込んだ吹雪により、雪が舞っていた。
いや、舞うなんてかわいい表現ではない。荒れ狂う、といった方が正しいだろう。暴風は扉を押さえつけ、雪が積もり、押すも引くも扉を動かさない。
そして、その現象は王室とて例外ではない。締め切っていた窓は割れ、外から暴風が、雪が、入り込んでくる。
「こ、これはぁ……!」
荒れ狂う現象に、為す術などない。あの賊に会うどころか、部屋から出ることすら叶わない。
いったい、あの二人の目的はなんなのか。まさか本当に、ただ国を落とすだけだとでもいうのか?
もしそうなら、奴らを止める方法など……
「っ、くっ……あぁああ!」
室内はあっという間に雪景色となり、逃げ場のないシューベリ・サラサランダは、その大雪の中に埋もれていく。口に、鼻に、あらゆる部位に、雪が入り込んで……やがて、呼吸することもままならなくなって、そして……




