新たな力
以前までの私には、魔法を使うことが出来なかった。
ただ、それは一度目にこの世界にいた場合。元の世界に戻ってから、"この世界に渡る召喚魔法"を自覚し、さらにこの世界に戻ってきてから"傷口のみを回復させる魔法"を自覚した。
どちらも、実戦ではなんの役にも立たない魔法だ。
そんな私が、今魔法を使えた理由……それは、この"左目"によるものだ。
「うまく、いった……」
桃色に輝くこの瞳は、言ってしまえば魔力の源だ。
本来、私の瞳の色と髪の色は、純粋な黒色である。それがなぜ、桃色なのか。それは、この瞳が『魔女』と呼ばれた最高の魔法術師、エリシア・タニャクのものだからだ。
彼女は桃色の瞳と髪を持つ、美しい女性だった。
『イタダキマス』
……私は彼女の目玉をえぐり、それを食べた。もっとも、そのときの記憶はぼんやりしているのだが。その影響かわからないが……つぶれていた私の左目は、桃色に輝いていた。私の目としてちゃんと、視力を持って。
さらに驚いたのが、この瞳には魔力が宿っているということだ。目玉はえぐられ、『魔女』本人は死んだというのに……この瞳には、彼女の魔力が残っている。
「これが、エリシアの……」
体の中から、熱いものが湧き上がってくる。これが、魔力……!
彼女の左目が、魔力の源だというのなら……おそらくは右目も、同様のはずだ。魔法術師の魔力の源が共通して目玉なのか、それともエリシアだけのものなのかはわからないが……
ともあれ、この目玉の片方は術者の魔力の半分を宿しているということ。これが、エリシアの魔力の半分の力か……
「すごいな」
これまでも、マルゴニア王国を出たあとに魔法を使ってみたことは何度かあった。だけど、どれも火を撃ったり氷を撃ったり試し撃ちの形で、実戦的な扱いはこれが初めてだ。
それがこうして、武装した人間を相手に、防御類はまず問題ないことが明らかになった。
次は……
「手のひらに、魔力を集中して……」
兵士たちが、次の動きに移る前に……手のひらを向け、そこに魔力を集中させる。まだ慣れてないから、エリシアほどスムーズに出来ないや。
手のひらに、魔力が集まっていく……それは、火の玉のようだ。ま、イメージしたのが火だから、火の玉そのものなんだけどね。
「いっけ!」
それを、放つ。手のひらサイズのそれは、パッと見、威力がないように感じる。
向こうも同じ事を思ったのか、兵士の一人が矢を構え……放つ。その直前に、兵士たちの中で偉そうな男が、顔を青ざめさせ叫ぶ。
「やめろ! 撃つな!」
しかし、タイミングが一歩遅かった。矢は放たれ、それは火の玉へと衝突し……瞬間に、大爆発が起こる。とても、手のひらサイズの火の玉から起こるとは思えないほどの、大爆発。
爆炎は兵士たちを包み込み、彼らの叫び声は轟音にかき消される。おぉ、あの程度の攻撃でこの威力……やっぱり人相手に放つのは、迫力が違う。恐ろしいな、エリシアの魔力。
しかも全力じゃない上に、これで半分か。全力なんて撃ったら、それだけで国滅ぼせるんじゃないか。
もう、ここを後にしたら遠目に人が住んでる土地を見つける度に、魔法ぶっぱなそうかなぁ。
「ちぇ、一人でやってんなよ」
「あはは、ごめんごめん」
目の前の大爆発を見て、ユーデリアが抗議の声をあげる。自分もやりたかったのに、という意味だろう、悪いことをしたな。
ま、これで全滅してなければ……残ったのはユーデリアに、任せるとしよう。ということで、外した眼帯を左目に覆い直す。この眼帯は、フードの切れ端を破いてそれっぽく巻いているだけだけど。
ちなみに、なぜ私が眼帯をしているかというと……ファッション的な意味でカッコいいから、という理由ではない。
一番の理由は……"見えすぎる"から。
「ぐっ……くそ、なんて威力だ……!」
「お、残ってた。残りはボクがもらうぞ」
「はいはい」
兵士全滅とはいかず、まだ少し残っている。それを確認し、ユーデリアは意気揚々と駆けていくのを……見送る。
彼が、その牙や爪を血で汚していくのを見ながら、私はそっと眼帯を……眼帯に覆われた左目を、撫でる。
『魔女』の左目……それは、魔法を使うことが出来なかった私に、大きな魔力を与えた。しかし、コレが私に与えたのはそれだけではない。
与えられた別のもの……それは、視力だ。この左目は、驚くほどに景色を鮮明に映す。
「な、なんだこの狼は!」
「ぅあぁああ!!」
元々私は、目がいい方だ。視力は……1.2くらいだったかな。このご時世、裸眼でそれだけ見えれば上等だろう。
だけど、この左目は、間違いなくそれ以上だ。1.2という数字を、大きく上回る。多分、2.0以上はあるかもしれない。とはいえ2.0の世界は知らないんだけどね。
まあ……つまり、だ。左右の目でそれだけ視力に違いがあれば、逆に見えづらくて仕方ない。だから、目が良すぎる方を眼帯で覆っているのだ。
なんで逆側を眼帯で覆わないかって? ずっと左目でものを見てたら、なんだか酔ってしまいそうだから。
「ガルルルァ!!」
「ふぁあ……」
張り切ってるなぁ、ユーデリア。もはや周りは、雪景色に変わりつつある。それほどに猛吹雪なのだ。その中では、氷狼と呼ばれるユーデリアこそが、一番動ける存在だ。
逃げ遅れる人々は、切り裂かれ、噛み砕かれ、また冷気に包まれて……その命を、枯らしていく。
その姿は、狼というより……まるで、鬼そのものだった。




