第90話 かつての『英雄』は『復讐鬼』となる
変色している、瞳。なんで……色が、変わっているんだ?
「…………」
私の黒髪と黒い瞳は、元いた世界では一般的であっても、この世界では珍しいものだ。この世界では珍しい色が、一般的な色に変化した……いや、問題はそこじゃない。
瞳の色が変わったこと自体が、問題なのだ。瞳の色が、変わったなんて話……当然聞いたことがない。
元の世界なら、例えば瞳の色が違う人の瞳を移植でもすれば、変色するのかもしれないが…………移植?
「……まさか……」
原理は、わからない。だけど、考えられるのは一つしかない。それが、頭を離れない。
私は、エリシアの桃色の瞳をえぐり、それを…………その影響で、瞳の色が、変わってしまったのか。現実的ではない、でもそれしか考えられない。
「うっ……」
なんで、私は……エリシアを!? 目玉をくりぬいて、それを……意識は、ぼんやりだった。急激な痛み、気持ち悪さ、空腹に意識が溶けていき、気がついたときには、私は……
エリシアの瞳を、確かに、食べたのだ。
「ぅっ、げほ! ぇほっ……!」
「もうなんも出ないって。それに、いくら体で、意識で否定しても、あんたがその女の目ん玉を食べた事実は変わらないよ。ボク、見てたんだから。すごい勢いだった」
あのままボクまで襲われたら、あんたを殺してたわ……そう続く彼の言葉は、もはや私にはなんの意味もないものだ。
認めたくない真実を、ばっさりと言うなこの子は。……ただ、彼の言う通りだ。これが事実であるなら、いくら思い悩んだところで、事実はなに一つ変わらない。
認めろ……私はエリシアの目玉をこの手でえぐり、食べたんだ。その影響で、瞳の色が変わった。
「はぁっ…………はぁ」
「落ち着いた、か」
「……うん。見苦しいとこ、見せちゃったね」
まさか、仲間でもなんでもない、ただ利用し合うだけの相手に助けられるなんて、思わなかった。本人はそのつもりはないだろうけど、あのままだったらどうなっていたかわからない。
人を殺すのとはまた違う、この嫌な感じに呑まれるかと、思った。
「……ところで、さ。これ、いつまで吹雪くの?」
「さあ。ここまで自分を抑えられなかったの、初めてだし……そのうちやむだろうけど。ただ、やむまで待ってたら多分、ボクたちも雪の下に埋まることになる」
……ホント、なんでこの子奴隷として捕まってたんだ。これだけの力がありながら。簡単に抜け出せたと思うんだけど。
故郷を滅ぼされ目の前で身内や仲間を殺されたら、その精神状態は計り知れない。怒りのままに暴走するか、絶望から戦意喪失するか……あの時は後者だったってことか。
私だって、元の世界に戻って、家族の状態を知った直後は……なにもする気が、起きなかった。考えることさえ、ままならなかった。
今は、ユーデリアはただ怒りに任せた結果だろう。だからこの猛吹雪の状態は、ユーデリア本人も制御が効かないってところかな。
「雪の下か……それも、悪くないかもね」
すでに、足首辺りまで雪が積もっている。このまま動かなければ、ユーデリアの言うように雪の下に埋まってしまうだろう。あぁ、これじゃあ『呪剣』も、どっかに埋まってしまってるだろうな。
勝手に動くとはいえ、この風に吹かれては私でも、歩くのすら手間取るし。動くのは、困難だろう。
このままじっとしていれば、私も……
「本気?」
「冗談」
……ここで、果てる? そんなの、あり得ない。笑えない冗談だ。
足に力を入れ、雪に埋もれた足先を雪の上へと引っ張り出す。もう片方の足も、同じようにして。
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアは、この手で殺した。かつての仲間だった『剣星』グレゴ・アルバミアも、『魔女』エリシア・タニャクも戦い、憎しみをぶつけた。他にも、この国の人間を私の手で殺していった。
「……国が亡ぶって、こういうことなのかな」
この国は、放っておいてももう終わりだ。やがて全ては雪に包まれ、生き残っていた人間も死に絶えるだろう。生身はおろか、エリシアレベルの魔力でもないと、この猛吹雪はどうにもできない。
たとえ運良く生き残った人間がいたとしても、もうなにもできない。国民の多くは死に、王子すらも死に……人がいなくなった国は、その機能を完全に停止させることだろう。
一番憎かった人間を、国を、殺し壊したというのに、私の復讐心は晴れない。……当たり前だ、私の目的は元々……この、世界なのだから。
「おかしいな」
人間というのは、強欲なものだ。このマルゴニア王国に来るまでは、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアを殺すまでは、死ぬつもりはないと思っていたのに……その目的を果たした今、おかしなことに新たな目的が出来た。
この世界への復讐を終えるまで……私は、死ぬつもりはない。ここで雪に埋もれて国と心中? そんなの、あり得ないだろう。
「私はまた、旅を続ける。キミは、どうする?」
私と違いユーデリアは、すでに復讐を果たしたと言ってもいい。故郷を滅ぼした人間を、その手で殺したのだ。その人間を国ごと滅ぼしたのだ。
世界に復讐を誓い行動を続ける私と違い、彼にはもう、私と行動を共にする理由はどこにもない。
「……ついていくよ。ボクを奴隷にしたこの世界は嫌いだ、のうのうと生きていくつもりはない。……それにアン、あんたの復讐がどんな結末を迎えるのか……見届けたい」
しかしユーデリアも、同じく世界への憎しみを露にして。
「言うじゃん」
私の復讐がどんな結末を迎えるのか、か。……そんなの、私自身にもわからないよ。ただ、私は倒れるまで、いや死ぬまで、自分の決めたことを曲げるつもりはない。
そして私が死ぬときは、この世界に復讐を遂げたときだ。
「じゃあ、次はどこに行こうかな~」
雪を踏みしめ、私たちは進む。雪の上を、死体の上を私たちは、歩いていく。
白い雪景色。赤い血にまみれた惨状を隠すには、これ以上のものはないだろう。風は強く雪を運ぶ。果てた人たちの断末魔すらもかき消すほどの、轟音を響かせて。
私は、進む。熊谷 杏、アンズ・クマガイ……かつて世界を救った私は、もういない。いるのはただ、世界に復讐を誓った女。かつて『勇者』としてこの異世界『ライブ』に召喚され、『英雄』と呼ばれた一人の女だ。
私は、進む。私の世界を奪ったこの世界に、復讐を終えるそのときまで。そのときがいつ訪れるのか、そもそもなにを持って復讐を遂げたとするのか……それは私にも、きっと誰にもわからない。
でも決めたんだ、私の残りの人生を費やしてでも……たとえ誰になにを言われようと、もう止まることはない。止まることのできる境界線は、もうとっくに過ぎているのだ。
「もう私は、『英雄』なんかじゃない……この世界を壊す、『復讐鬼』だ」
改めて、それを確認する。
そう……もうきっと、私が死ぬそのときまで、私の復讐は終わらない。
マルゴニア王国編、完結となります!
数々のものを失って、それでも復讐のために歩み続ける杏。
果たして、この先彼女を待つものとは?




