第88話 抗えない衝動
今回は、ちょいとショッキングなシーンがあるので、ご注意ください!
まあ復讐テーマな時点で、ショッキングもなにもない気はしますが
ゴォオオオ……!
吹雪は激しさを増し、ひゅうひゅうと吹いていた風の音は、あっという間に轟音と化す。耳に届くのは、ただその音だけだ。降り積もる雪が、辺りを一面の白へと埋め尽くしていく。
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの首は地面に落ち、胴体は壁にもたれたまま、倒れることもなくその場に座っている。すでに氷漬けになりつつある体からは、当然ながら生気は感じられない。
切断面から出血しないほどに、氷の侵食具合が速い。物言わぬ死体となったそれは、助けを懇願するように……あるいは恨みをぶつけるかのように、ただ感情の読めない瞳を、私に向けていた。
「……っ」
それを見ていられなくて……私は、凍りつきつつあるウィルドレッド・サラ・マルゴニアの顔に向けて、足を振り上げる。そして、顔を……おもいっきり、踏みつけた。
パリィン……!
すでに氷の塊となりつつあったそれは、大きな音を立てて砕け散る。その足で、残っていた胴体にも蹴りを放つ。同じく、激しい音を立てて砕け散った。
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアだったものは、顔も胴体も粉々に砕け散り……あっという間に、吹雪く雪の中に埋もれていった。
「さよなら……って、もう聞こえないか」
死体になった上、粉々に砕け散ったそれに、もう私の声は届くはずもない。
これで、私が一番復讐したかった人間に復讐することはできた。グレゴも、もはや雪の中に埋もれてしまっている。
肉体がボロボロだったところを、その恐ろしいまでの精神力で持ちこたえていたんだ。その精神力が、粉々に砕けた……まるで糸が切れたように、動けなくなったのだ。
気絶したままのエリシアもきっと、雪の下だろう。これで、この国でやるべきことは……終わったんだ。
その、はずなのに……なんか全然心が晴れないや。ずっと殺したかったはずなのに。
「……ふぅ」
……ま、人を殺しといて心が晴れたら、それこそ人として終わってる。殺して快感なんて覚えたら、それはもう本当に人じゃなくなる。そう考えると、私はまだギリギリ人なのだろうか。
……あんなことをした私は、まだ人間でいられるんだろうか。それでも、復讐を進めていくうちに、人としての感情も死んでいくのかもしれない。
そんな想いが、湧き上がってきて……私は……
ドクンッ……
「うっ……!? あぐ、はぁ! あ、ぁあ!?」
どこからともなく……胸の奥から、いや頭の奥から、左目の奥から……? 凄まじい衝撃が、全身を駆け抜ける。
なんだ、急に……左目が、胸が、頭が……!? 痛い、よ……あちこちが、痛い! 外はこんなに寒いのに、熱い! なに、この、痛みは……!?
右腕が無理やり千切れた影響!? それとも、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアの『呪い』みたいな言葉に強制的に抗ったから!? それとも、『呪剣』を使い続けてきた代償!? それとも、復讐に対する私への罰!?
それとも……
ドクンッ……!
「かっ……っ!」
痛い、痛い痛い痛い……! 目が、体が、焼けるように痛い! このまま体を掻きむしってしまいたい! 吐きそう! 汗すごい! お腹空いた! 左目が特に痛い! 気持ち悪い! 痛いのか気持ち悪いのかわからない!
「ぁ、ああ、ああぁあ……い、たぁ、ぃい……! あぁあアぁはぁああアぁ!?」
「……アン、ズ……?」
頭が割れそうなほどに痛い! でも、誰かの声ははっきり聞こえる! 吹雪にかき消されるはずの声が、どうしてか頭の中に痛い痛い痛い痛い!
頭を押さえる押さえるための腕が一つしかないもどかしい立っていられないお腹空いた頭を掻きむしりたい痛い気持ち悪い痛い痛いお腹空いた気持ち悪い痛い左目痛い痛い痛い……!!
「け、けほっ、けほっ。……ど、どうしたの、アンズ……この雪、なに? グレゴは、王子は……? 私が気絶してる間に、なにがあったの? ねえ、アンズ!」
その声は、この轟音と体の異常があってなお、なんでか鮮明に、その声は聞こえてくる。だから自然と、視線もそちらに向く。
気持ち悪いのも、視界の左側が赤いのも、もはや気にならない。そこにあるものが、なによりも優先的に感じられて。
ドクンッ!
……お前、か? お前の、せいか?
「こんなに、痛いの…………お前の、せいか?」
「え……なに、を……? ……それより、みんなは……!」
「くっ……ぅあぁああ、ぁああアァあ!?」
こんなに痛いのは、きっ『お腹空いた』とこいつのせいだ。だからこいつを殺『お腹空いた』せば、このい『お腹空いた』たいのもなお『お腹空いた』るはずだ。こいつの『お腹空いた』せいでこ『お腹空いた』んなに痛いん『お腹空いた』だから『お腹空いた』殺せば『お腹空いた』治る『お腹空いた』のは当然だろう『お腹空いた』から。
…………あぁ、なんか、すごくお腹空いた、ナ……
「あ、アンズ!? どうしたの、右腕が……! それに、左目からすごく、血が出て……つぶ、れてるの? なにが……あ、アンズ? なんで無言で近づいて……きゃっ?」
ドサッ……
痛いのか気持ち悪いのかお腹空いたのか、いろんな感情がごちゃ混ぜになる。あぁでも、痛いのにコレ気持ち悪いのにおいしそうだなあ……丸くて、小さくて、飴玉かなぁ?
「アン、ズ……もしかしてもうみんな、殺して……だから、私も? ……いや、まだ、生きてる人がいるかもしれない。だからここで、殺されるわけには……だからどい…………あ、アンズ? 目が、怖いよ? それに、なんでなにも言わないの…………え、ねえ、なんで私の、目をいじってるの? や、いたっ……ね、無理やり、まぶた開かないで……ね、ねえ! 聞いてる!? アン……」
ジュグッ……
「……っゃ、あぁあああ!? い、いたっ……ゆ、指!? アンズ、の、指ぃ! な、なんっ、やめて! 指、入って、きてるからぁ! やだ、だめ! それは、や、めっ……い、たい! 痛い、痛いよぉ! やだ、指、入れないで! 取れちゃう! 目ぇ取れちゃう、からやめてぇ! いや、痛いぃもうやだやめてもう殺していいから痛い痛い指目痛い入ってる痛い指やだ気持ち悪いだめだめだめやめてお願いアンズ取れ……」
プツッ……
「イタダキマス」
あむっ……くちゃ、くちゃ……
ごくっ……
--------------------
なるべく直接的な表現は避けたつもりですが、なにが起こったかは表現できたと思います!
ちなみに、咀嚼音を入れるか迷いはしたんですが……まあ、入れたほうがわかりやすいかなと思いまして!
ただ基本杏視点なので、どうしてもキャラに喋らせたりそういった説明口調な部分は否めないので、ご容赦を。
そんなわけで王国編クライマックスにして、とんでも展開に突入です!




