ウィルドレッド・サラ・マルゴニア
『剣星』グレゴ・アルバミアは気絶、召喚獣ドラゴンは消え……厄介な奴らは、いなくなった。後は、城の中に入ってからあの男を捜して殺すだけだ。その後のこと? それは、その時考えるさ。
とにかく今は、一秒でも早く、あの男に会いたい。この手で、殺すために。
「と、止めろぉ! 城に入れるな!」
兵士たちは雄叫び、私を止めるために向かってくるが……今さらこんな連中、脅威でもなんでもない。ただの足止め……いや、足止めにすらならない。
こんなことしても、ただ兵士の屍が増えていくだけだ。こいつらに厄介なところがあるとしたら、それはただ数が多いだけ。城の中からも出てくるから、その分余計に。
だけどこんなの、私には通用しない。だからさっさと……
「出てこい、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアー!!」
グレゴが剣から剣圧を放ったのと同じように、私は拳を思い切り振り抜くことで拳圧を放つ。この動作は、武器が違っても原理は同じだ。その拳圧で兵士を吹き飛ばす。
いつまでも兵士に任せてるだけなら、無理やりにでも引きずり出して……
『待ってくれ、アンズ!』
拳を、今度は城へと向ける。城へのダメージにさせるために、拳圧をぶつけてやる……そう思った直後、その行動を止める声が、どこからともなく聞こえてくる。
これは……誰だ? ……いや、これは聞き覚えのある声だ。これは……この、声は……
「……お前」
『これ以上、街を壊さないでくれ。お願いだ』
間違いない。この声は、あの男のものだ。頭の中に響いてくる声は、憎くて憎くてたまらない、あの男の声。間違えるはずもない。
頭の中に声を届かせるとか、そんなテレパシーみたいなこともできたのか……と、さんなことはどうでもいいか。ようやく、見つけた。
「……やめてくれ、だって? なら、どうすればいいかは……」
『あぁ、わかってる。今からそちらに行く』
テレパシーのような魔法は、あいつの声を私の頭に一方的に届けるだけでなく、私の声も向こうに届くらしい。ちゃんと、会話になっている。
そして私の言うことを、あの男はちゃんとわかっている。
民が傷つくのを、これ以上見ていられない……そういうことだろうか。殊勝なことだ。
「…………」
私の動きが止まったのを、不審がる兵士たち。どうやら私の頭の中に届いた声は、私にしか聞こえていないようだ。これが私にだけ届けられた言葉なら、ね。
このテレパシーは、私だけでなく、複数人にも声を届けることができるのかもしれない。ただ、周りの反応からそれはなさそうだ。突然頭の中に声が聞こえてきたら、もっとざわつくはずだ。
「……誰も来ないな」
声が聞こえているのは私だけ……そんな今の私は、どこからどう見ても無防備。それでも仕掛けてこないのは、それだけ警戒しているってことだろうか。
……ま、どうでもいいことだ。あの男さえ、出てくれば。
「……! お、王子!? なぜここに!?」
「いけません、お戻りください! 危険です!」
城の中へと入る門の前で、数人の兵士が騒いでいる。その騒ぎはだんだん大きくなり、兵士たちが道を開けるように、両サイドへと捌けていく。
それにより一つの道が作られ、人によってできた道を歩いてくる人物が三人。横に並ぶようにしている三人は……真ん中に一人、その両斜め後ろを二人が歩いている状態だ。
真ん中を歩いている人物……間違いない、あの男だ。
「やあ、久しぶり、アンズ」
「ウィルドレッド・サラ・マルゴニア……!」
「おいおい、ウィルと呼んでくれと言ったじゃないか。忘れたのか?」
そこにいるのは、いかにも王族ですと言わんばかりの身なりのいい男。金髪のイケメン王子……ウィルドレッド・サラ・マルゴニアに間違いなかった。
やっと、会えた……私をこの世界に召喚した、張本人。そして、私の世界を壊した、男!
「それにしても、これは……アンズ、どうしてこんなことを。それに、キミは元の世界に帰ったはずだ。なんでまた、この世界に?」
「どうして? わからないよ……お前たちには私の気持ちは!」
この男、いけしゃあしゃあと……お前が、私を勝手にこっちの世界に召喚したことで、私がどんな目にあったかもしれないで!
「これ以上、被害を広めないでくれ。望みがあるなら叶えてみせよう」
「こんなになるまで傍観してた奴が、偉そうに」
「貴様、無礼だぞ!」
「ガーブル、口を出すな」
向こうの……私の元の世界でなにがあったか、この世界の人間は知らない。だからこれまでに死んでいった人たちは、理不尽な殺戮に嘆く暇すらなかったことだろう。
いや、たとえ理由を知っていても、納得できるものではないだろう。
だからウィルドレッド・サラ・マルゴニアの疑問は、当然といえば当然だ。が……その疑問に答えるつもりはないし、答えたところで、この男が素直に死んでくれるとも思わない。
「……殺してやる……」
ウィルドレッド・サラ・マルゴニアは、なにを考えているのかわからない。それがまた、私に殺意を抱かせる。
先ほど私のことを無礼だと吠えたのは、後ろに控えるうちの一人、ガーブルと呼ばれた男。どうやらそいつは、ウィルドレッド・サラ・マルゴニアに大変な忠誠を誓っているようだ。
もう一人の男は……なにを考えているのかわからないのはウィルドレッド・サラ・マルゴニアと同じ。だが……奴と違い、無表情で、どこか不気味にさえ感じる。
「まあいいや。望みがあるなら叶える……今、そう言ったよね」
観察は、後だ。ここで会話する必要はないが、わざわざ私の望みを叶えると言っているのだ。ならば、遠慮なく……言ってやろう。
「あぁ。なにか望みがあるんだろう? でなければこんな……」
「あんたの首」
……一瞬、沈黙が訪れる。
「……は」
「だから、あんたの首。あんたがおとなしく私に殺されるなら、これ以上暴れるのはやめてもいいよ」
私の言っていることが、理解できない……そんな顔だ。それはそうだろう、私だって同じことを言われたら、あんな反応になると思う。
けど、これは冗談ではない。私に殺されろ……それは紛れもない、本音だ。




