城前の戦い
ドラゴンの巨体を持ち上げ、そして地面へと叩きつける。たったそれだけのことで、打ち付けた衝撃により辺りへの被害は甚大だ。
ただ、辺りの被害は甚大でも、このドラゴンには傷一つついていない。さすがに、地面に叩きつけたくらいじゃびくともしないか……なんて強度だろう。
まあ、それならそれで使い道はある。
「こいつを、城へ投げ込んだらどうなるか……」
「させん!」
この巨体を城にぶつければどうなるか……それを考えるだけでもドキドキするが、さすがにそう簡単にはいかないらしい。
ドラゴンに潰されたと思っていたグレゴが、飛び出してくる。振るわれる剣を、私は片手で防ぐわけだけど……
「おっと危ないなぁ……まったく、そろそろしつこいよ? しつこい男はモテないよ~?」
「お前がおとなしく投降するなら、しつこく剣を振り回す必要もないんだがな」
兵士や魔法術師では私を止めることはできない……だから、グレゴかエリシアが動くしかない。ただエリシアのところにはユーデリアがいる。私を止められるのは、グレゴだけってことだ。
だから私とグレゴがぶつかるのは、必然というわけなのだが……
「もう読めたよ、それ」
何度も剣筋を見ているうちに、グレゴの動きを予測することは難しくない。元々、グレゴの戦い方は知り尽くしてるんだ……今こうして何度か見たことで、読みは確実になる。
たとえば戦い方には、どうしたって癖がある。それを見抜ければ、それだけ対応することは簡単になる。
もちろん、それは逆にグレゴにも言えることだ。私がグレゴの戦い方を知り尽くしているなら、グレゴだって私の戦いを知り尽くしているということでもある。けど……
「私のは型にハマらないからね、読めないでしょ」
「くっ!」
剣術と武術……それぞれの動きに差はあれど、私にとって剣術の動きは読みやすい。それとも、グレゴのが読みやすいだけなのか。
グレゴは筋肉ダルマで剣術バカだ。それだけに、動きに法則みたいなものがあるはずだ。むろん、『剣星』なんて呼ばれるほどの人物だから、すべてがすべて型にはまった動きではないだろうけど……見切りやすいのは確かだ。
その点私は、言ってしまえば我流だ。戦い方を教えてもらいはしたけど、このスタイルは自分で見出だした。だから……
「っ! 目を……!」
正々堂々戦おうとする相手に、わざわざ私も正々堂々と迎え撃ってやる義理はない。
グレゴの攻撃を防ぎながら、私は足先を使い、砂を蹴りあげる。いわゆる目潰しであるそれは、グレゴの視界を奪い、一瞬動きが止まる。
その一瞬を、私は見逃さない。この攻防では、一瞬すら命取りだ。
「そぉら!」
「ぐふっ!?」
片手でグレゴの剣さばきを防ぎ、もう片手にはドラゴンの尻尾を掴んでいる。なので、隙のあったグレゴの腹部にドラゴンの尻尾をぶつける。
これにはさすがのグレゴも効いたようで、後ろに吹っ飛び、建物の壁にぶつかると吐血しその場で膝をついてしまう。
「どう? 自分が仕えている国の王子が召喚した召喚獣に、殴られる気分は」
尻尾がぶつかっただけでこの威力……本体が激突すればどれほどの衝撃になるのか興味はあるけど、こんな巨体はさっきみたいに避けられてしまうだろう。
となると、やっぱり城に投げたいんだけど。
「ゴギャアアア、アァオオオ!」
「うる、さい!」
捕まえた状態でもドラゴンがうるさいので、尻尾を引きちぎる。ちょっと固いけど、私にとってはチーズを裂くのと似たようなものだ。
殴ったりの直接攻撃には強いけど、わりと簡単に千切れるものだ。
「ギャアアアア!?」
「て、鉄以上の強度を誇るのに……そんな軽々と……」
グレゴったら……人をそんな、怪力女みたいに言わないでよ傷つくなぁ。
尻尾を千切ったことでドラゴンはますますうるさくなる。痛いのをなんとかごまかそうとしているのか、先ほどよりも暴れている。尻尾を千切るのは失敗だったか。
「そんなに暴れるなら、今度は足を千切るよ」
「ゴッ……」
言葉は交わせないけど、どうやら言葉は通じるらしい。私の脅し……まあ本気だけど……を受け、ドラゴンは押し黙ってしまう。
うん、いい子いい子。じっとしてれば、痛い目見なくて済むよ。
「くっ……アンズ……!」
何発か私の拳を受けて、今ドラゴンの尻尾(曰く鉄以上の強度)をまともにくらい、それでも立ち上がるグレゴ。その姿勢は立派だけど、いい加減倒れなよ。
最初こそグレゴやエリシアを真っ先に殺すつもりだったけど、あいつがすぐそこにいるとわかった今、私は早くあいつのところに行きたいんだ。そのあとなら、いくらでも相手してあげるから。
……まあこう言ったところで、聞かないんだろうなぁ。
「グレゴ、もし『剣星』として……いや剣士として私と正々堂々一対一で戦いたいなら、あいつを殺したあとでならいくらでも付き合うよ?」
「ふざけるな! むざむざ殺させると思うか! ……そもそも俺は勝負をしに来たんじゃない、お前を止めに来たんだ!」
ほら、言ってもやっぱりダメだった。相変わらず頭固いんだからもう。
なら、しょうがないよね……
「どっせい!」
野球のボールを投げる要領で、ちぎった尻尾をグレゴへと思い切りぶん投げる。予想していなかったのか、グレゴは避けるのに精一杯だ。その際、建物が崩れてしまうが気にしている余裕はなさそうだ。
その隙に……
「ふん!」
ドラゴンの巨体本体を、今度こそ城へとぶん投げる。巨体とはいえ、この勢いならば失速することなく、城に激突するだろう。
尻尾を避け、そして城へと投げられたドラゴンの巨体……それはグレゴの気を引くには充分だ。いかに私を相手にしてても、城への脅威に注意を割かないわけにはいかない。
その隙を見計らい、私は足に力を集中させる。魔力は使えないけど、いわゆる『肉体強化』の真似事ならできる。
「っ、はや……!」
自分で言うのもなんだが、爆発的な脚力を得た私の動きはグレゴであっても簡単には追えない。なんせこれは、取って置きだ。
グレゴもまさか、このタイミングで私が追撃してくるとは思っていなかったらしく……グレゴの注意が外れたプラス私の超速度で一気に距離を詰め、腹部に拳を打ち込む。
「っ……!?」
メリッ……と嫌な音がして、グレゴの身体へ……内側まで衝撃が届いたのは、間違いない。漏らす声すらなく、グレゴは意識を飛ばす。
いかに強固な身体を持っていようと、これならば身体の内側から破壊できることは間違いない。鍛えているといっても、所詮人間のグレゴならばなおさらだ。
それでも吹き飛ばないのは、本人の意思の問題か……大したものだ。
それはそれとして、ドラゴンの巨体が城に激突すれば、それこそこの国は終わりなのだが……
「……」
ドラゴンの体は、城に激突する前にその場から消えていった。召喚獣が消えるとき……それは、召喚獣が力尽きたときか、召喚主の魔力が尽きたときか……あるいは、召喚主が自らの意思で、消したときか。
あのドラゴンは、ダメージがあったとはいえまだ元気だった。それにあの召喚獣を召喚するような奴の魔力が、そう簡単に尽きるとは思えない。
となると、自ら消したか……自分が籠っている城が危なくなったから、その脅威となったドラゴンを消したってとこか。
「卑怯者め……!」
自分は安全地帯から、周りの被害も見えてるはずなのに……自分の身が危なくなったら、危険を排除しようとする。
さすが、人の人生を弄ぶような奴はやることが違うねぇ。
グレゴは気を飛ばし、ドラゴンもいなくなった。エリシアはユーデリアが足止めしてるし、兵士や魔法術師では相手にならない。城への道は開けた。
……今から殺しに行ってやるよ、ウィルドレッド・サラ・マルゴニア!




