第79話 燃え盛る街と復讐心
「ゴギャアアアア!!」
翼の生えたトカゲ……基ドラゴンは、うるさいくらいの雄叫びを上げて敵を、私を睨み付ける。
私の知ってるドラゴンとはずいぶん違う姿だけど、まあ氷狼がいる世界だ。こういうのだっているさ。
さて問題は、こんなのに時間を割いていられないこと。グレゴが時間稼ぎに徹するということは、それだけこいつは強い召喚獣ということ。私を倒してくれることを、期待しているんだろう。
だけど残念ながら、そうはならない。
「あいつを、見つけたんだから……!」
城にいけば、会えると思っていた。なにせ、この国の王子なのだから。でも、確実ではない。もしかしたら自分だけ逃げて、高みの見物を決め込んでいる可能性だって、ないわけじゃない。
でも、この召喚獣が現れた時点でその線は消えた。召喚獣を召喚するには、召喚主との物理的な距離が近いことが条件の一つ。なぜかは、よく知らない。
それに……召喚獣を召喚している者の魔力を、城の中から感じる。私、複雑な魔法は使えなくても魔力を感じることくらいはできるからね。
だからあの男は、いる。城の中に……!
「ゴルルルァ!」
「!」
そうやって考えている間も、当然ドラゴンは待ってくれない。短い前足を振りかぶり、それを振り下ろす。それだけで地面にはクレーターが空き、周りには大きな地鳴りが響く。
なるほど、直撃したら私でもただではすまないな……ただ、大きい分スピードはない。今だって、ジャンプして充分に避けられたし。
「ガァアアア!!」
しかしドラゴンの猛攻は、それにはとどまらない。ジャンプして体の自由が利かない私に向かって、大きな口を開ける。その口の中に、強大な魔力が集まっていくのがわかる。
あれは……魔力をエネルギーの塊として、口から吹くやつ! この世界でも何度か、目にしたことがある。
「ゴァアアア!!」
予想通り、ドラゴンの口から強大な魔力が放出される。それはまさに、すべてを焼き付くさんばかりの炎と言える。これをまともにくらえば、焼け焦げではすまない。
ま、私には関係ないけどね。
「はぁ!」
私は、右の拳を握り力を蓄える。時間は、炎が到達するまでのほんの少し……それでも、充分な時間だ!
私は一気に、拳を振り抜く。それは大気を震わせる衝撃波となり、魔力にぶつかる。炎のような魔力の威力はすさまじく、私の衝撃波であってもすぐに消し飛ばすことはできない。
「どちらも、すさまじい威力だ……!」
おそらくこのドラゴンの魔力炎は、ユーデリアの冷気をも上回る威力だろう。なるほど、さすがに一筋縄じゃいかないってわけか。
だけど、なにも相手の攻撃を打ち消すだけが、戦いじゃない。
「むぅ、ん!」
攻撃が衝突し拮抗している間に、私は左拳を振るう。それも衝撃波となり、こちらの攻撃にプラスされる。だが、ドラゴンの魔力も放出され続けている。
このまま拮抗させ、どちらかが力尽きるのを待つのか……そんなまどろっこしいことはしない。それに、私は飛んでいる訳じゃないんだ。空中で落下中の私が不利だ。
ならば……防ぎきれないなら、受け流してしまえばいい。衝撃波をぶつけたのは、ドラゴンの魔力炎を打ち消すためじゃなく、攻撃の軌道を変えるためだ。
目論見通り、魔力炎は衝撃波によって軌道をずらされて流され、下……つまり兵士が固まっている地上へと、降り注ぐ。
「う、ぁあああ!?」
「あつ、熱いぃいいい!」
「きゃあああ!」
降り注ぐ魔力炎は、もはや災害だ。鎧なんかなんの意味もない。鎧を焦がし、炎に包まれた体もあっという間に焼いてしまう。それを消す方法なんて、彼らにはない。
後は、体が燃え尽きるだけだ。
「くっ……アンズゥウウ!」
剣を払い、自らに降り注ぐ炎を剣圧で振り払ったグレゴは、憎々しげに私を見つめている。剣圧でこの炎を振り払うとか、すごいなやっぱり……
火が回っていない場所に着地した私は、グレゴを見据える。
「アンズゥウウ! ……って、この炎はあのドラゴンのせいなんだけど? つまり、この惨事を引き起こしたのは召喚主のウィルドレッド・サラ・マルゴニアってことになるよね?」
「お前……!」
ユーデリアは……自身の冷気で、身を守っている。魔力の塊ならともかく、降り注ぐ炎であれば防げるってことか。エリシアも、当然のように魔力障壁で防いでいる。
ただし、炎を防ぐ手立てのない兵士や、並の魔法術師は炎を消すこともできない。それほどまでに力に差があるなんて、ご愁傷さまだ。おかげで、ずいぶんと数が減った。
しかも、火の回りは早く、火事が大きく広くなっていく嬉しい誤算つき。
「あーあ、こんなとこであんな魔力を放つから。自分の国なら、もっと環境と人は大切にしないとね?」
「お前、どの口がそんなことを……この、外道め!」
……ついに言われちゃった。外道……外道か、ひどいなぁ。かつて一緒に戦った仲間なのに。そんな仲間を外道扱いなんて……
「あぁ……今さら気づいた?」
「っ!?」
気づくのが、遅すぎるよ。
「アンズ……なにがお前を、ここまで変えた。お前は、意味もなく……いや、意味があってもこんなことはしなかったはずだ。戦いだって、魔物相手にだって躊躇してた。そんな心優しいお前が……よりによって人を、罪もない人々を、どうして……!」
「話す必要はないよ。一つだけ言うなら……あの人殺しだけには、なにがなんでも償ってもらわないといけない」
この世界への復讐……それを決めたときからの、絶対条件がある。たとえ、この復讐の旅で私が死ぬことになっても……あの男にだけは、償わせてやると。
これだけは、絶対に外せない。これだけは、成し遂げるまで死ぬわけにはいかない。なにを置いても成し遂げる……私の手で、あの男を……!
「人殺しって……この惨状は王子が望んだことではなく、不可抗力の……」
「そっちじゃないよ」
ユーデリアには、私の身の上を話した……この世界に召喚されたことも、世界を救ったことも、元の世界に帰った私の身になにが起きたのかも。
だけどグレゴ……いや、他の誰にも、私の身に起きたことを話すつもりはない。だから、グレゴにとっては私の言う『人殺し』がなにを指しているかはわからない。
もっとも、私の話を聞いて同情でもして自害してくれるなら、あるいはウィルドレッド・サラ・マルゴニアを差し出すなら話してもいいけど……
「無駄だろうから、ね」
「なに……?」
私の復讐対象はこの世界でも、真っ先に殺してやりたいのはあの男だ。世界への復讐が簡単でないことはわかってる……もしかしたら、途中で頓挫することもあるかもしれない。
だからこそ、自分がどうにかなってしまう前に、あの男に会いに来たのだ。
殺す、ために。
「ゴギャアアア!!」
「さっきから、ぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあやかましいんだよ」
ドラゴンが、走ってくる。巨体と短い足ゆえに動きは遅いが、あれだけの大きさとリーチがあれば関係ない。数歩で私を踏み潰すだろう。
だから私は潰されてしまう前に、その場から飛び退き……ドラゴンの背中に、回り込む。そして尻尾を、掴む。尻尾を持ち上げ、つまり同時にドラゴンの体も持ち上げることになり……
「お、おい……うそ、だろ」
「うらぁあああ!!」
驚愕するグレゴの真上へと、ドラゴンの巨体を振り落とした。巨体が地面に打ち付けられた衝撃で、皮肉にも周りの火は風圧により消火されていく。が、同時に建物も、ぼろくずのように崩れ飛んでいく。
響き渡る阿鼻叫喚……
もうそこに、かつて栄えた国……マルゴニア王国の活気な姿は、どこにもなかった。




