第78話 召喚獣
「くっ、そ……!」
巨大な鉄の門が、破壊される……止めることが一歩間に合わなかったことに、グレゴは盛大な舌打ち。私を振り払ってから、その場から飛び退き後退する。
いい判断だ……もしあのまま、真剣白刃取りで受け止めた状態が数秒でも続いていれば、私は剣をへし折っていた。いくら『剣星』が使う剣でも、剣自体を折るくらいなら、私には造作もない。
「アンズ、いくらお前でも、今のお前を城の中に入れるわけにはいかない!」
グレゴと私との距離は、再び広がった。この距離なら、今から私が城内への侵入を試みても、グレゴには追い付けやしないだろう。
なのに、この距離感で私を足止めできる手段があるっていうのか……いや、その方法が、グレゴにはある。
「……はっ!」
グレゴはその場で構え、横凪ぎに剣を振るう。すると、一閃された剣の風圧……いや剣圧が、殺傷能力のある実体となって私に襲いかかる。
飛ぶ斬擊……これであれば、たとえ離れた位置からでも私に攻撃できるって訳だ。でも……
「そんな単調な攻撃、当たらないよ!」
いかに遠距離からの攻撃が可能になっても、斬擊は所詮一直線方向にしか進まないのだ。距離と位置さえ見ておけば、どうとでも避けられる。
ただ、それはグレゴも承知のはずだ。それを承知でなにを……
「はっ、はっ、はぁ!」
「って連続で撃つだけかよ!」
なにか策でもあるのかと思えば、ただ連続に剣を振り回すのみ。数打てば当たるとでも思ってるのかこの男は。この筋肉ダルマめ。
私がそんな甘い相手じゃないこと、知ってるはずなのに……
「遊びなら付き合う気はないよ! このまま城の中に……」
「いや、ただの時間稼ぎさ。本当は、城の門が破られる前にケリをつけたかったんだがな」
……時間稼ぎ、だって?
時間稼ぎとはつまり、仲間が大技を放つまでもたせるか……もしくは増援が来るまでなど、主にそういった理由で使われるはずだろう。後者だとして、ただの一般兵士が時間を稼ぐなら、まだわかる。
自分たちよりも強い『剣星』や『魔女』が来るまでの時間稼ぎ。今この国……いやこの世界に、『剣星』と『魔女』を上回るほどの実力者はいないはずだ。
その二人がここにいる以上、他にどんな増援を連れてきても、所詮は烏合の衆。私の敵ではない。
となると、残る理由は……前者。たとえば『魔女』による特大な魔法を撃つための時間稼ぎ?
「……」
……いや、今チラッと確認したけど、エリシアはユーデリアの相手で手一杯だ。他に気を回す余裕なんてないはず。
じゃあ、いったい……
「!」
瞬間、異変を感じる。これは……地面が、揺れている……? まさか地震?
しかもその地響きは、だんだん大きくなっている。この世界に地震なんて概念があるのかは知らない。けど、このタイミングでこの異変……偶然にしてはできすぎている。
できすぎていると、するならば……
「地面の下に、なにかいる!?」
直感だった。その場から、飛び退く。
その直後……周囲の地面が割れ、地中にいたなにが姿を現す。これが、地響きの正体か!
それは、山……いや、山のような物体だ。言い過ぎた、そこまで大きくはない。そういう表現を使いたかっただけだ。それが、地中から地面の上へと這い上がってきている。
「大きい……」
山だろうとなんだろうと、大きいことに変わりはないよ、うん。
地面の下から現れたそれは、ズシン……と地響きを轟かせ、『四本の足』で自身の巨体を支えている。朱色の皮膚……いや鱗は、今しがたぶち破いた鉄の門よりも高い強度を思わせる。
四本足の生き物、朱色の鱗、二股に割れた尻尾、背中から大きく生えた翼……巨体を現したそれは、一言で表すならトカゲ。そう、翼の生えたトカゲだ。
「これ、もしかしてドラゴン……!?」
それが、ドラゴンであると思い至るのに数秒の時間を要した。
この世界にも、ドラゴンはいる。ただ、今まで見てきたものは、こんなに大きくない。それに、四本足でなく二本足、尻尾は一本、おまけに短い手足……そんな生物だ。
だけどこいつは、まんまトカゲに翼が生えた姿だ。翼こそあれど、見た目はサラマンダーに近い。一言で大きなトカゲのこいつは、しかしサラマンダーとはまた違う。
サラマンダーには決して感じない圧倒的な迫力……そして、本能が訴えていた。こいつは危険だと。ただのサラマンダーでないのは明白……なら、見たこともないドラゴンで片付けておこう。
「ブォオオオ……」
小さく吠えるドラゴン。
朱色の鱗を輝かせ、鋭い牙を覗かせる。山くらいの大きさはないとはいっても、それでもでかい……トラックくらいなら、一口で飲み込めるだろう。
なんでこんなのが地面の下から現れたのかはわからない。元々地面の下に住んでいた? 現実的ではない。それに、グレゴの『時間稼ぎ』発言の直後に現れたのだ。偶然じゃないだろう。
ならばこいつは、王国側の生き物……いや、正確には召喚獣か。どういう原理かは知らないが、召喚した獣が地面の下から出てきた、と。
普通、召喚するための魔法陣を描いて、そこに現れるんじゃないの? それとも地中に魔法陣があったのか。
「……強い、な」
召喚獣とはいえ、このドラゴンは強い。強い獣を召喚するには、相応の魔力が必要だ。エリシアが召喚した……にしては、魔力の波長が違う。
魔法の使えない私だけど、長く旅を共にしたエリシアの魔力くらい、わかる。その波長とこのドラゴンの波長は、別物だ。
こんな強大な魔力を持つ召喚獣を召喚するなんて、召喚主は相当の術師ってこと。『魔女』以外にまだそんな人物が、この国にいたなんて……
「ぁ……」
……いや、いる。一人。私の知る、この国一番の召喚術師が。
そいつの顔を、名前を思い浮かべた瞬間、抑えていた怒りの感情が沸き上がってくる。どす黒いそれが、いろんな感情を呑み込まれてしまいそうだ。
これほどの召喚獣を召喚できる人物……加えてグレゴの発言。その人物は、おそらく城の中にいる。城の外で見ているのなら、わざわざ城の敷地内の地面に穴を開けて召喚する必要は、ない。別の場所でやればいい。
この騒ぎの中にあっても、城の中であぐらをかいているだろう人物……そんな奴は、私の知る中で一人しかいない。
「ウィルドレッド・サラ・マルゴニア……!」
あいつが……マルゴニア王国王子であるウィルドレッド・サラ・マルゴニアが、この召喚獣の召喚主だ! 間違いない。あいつは、今城の中から私のことを見ている!
異世界から人一人を召喚する……それほどの魔力があれば、こんなデカブツを召喚するのも訳はないだろう。そうか、自分は安全地帯から、召喚獣を使役し敵を倒す……そういうことか。
なら私が、嫌でもお前を私の前に引きずり出して……この思いを、ぶつけてやる! 『剣星』グレゴ・アルバミアを時間稼ぎに利用するほどの召喚獣だろうが……関係ない!
壊す、殺す! あんたのものは、全部!
皮肉にも、私とこのドラゴンは同じ人間に召喚された者同士。不思議な縁を感じずにはいられないが……あいつの味方をするっていうのなら、容赦はしない。
言葉さえ交わせれば、別の道もあったかもしれないのにね。




