第76話 コンビネーションの差
たとえ相手が、かつて共に戦った仲間であろうと、この世界の人間は全員が私の敵だ。だから私がこうすることに、私の心はもはや痛むことはない。もう、いろいろと手遅れだから。
油断も容赦も、ましてや哀れみもない……私はただ無の感情で、手を……いや、手で掴んでいた、エリシア・タニャクの顔を、握りつぶした。人体であろうと、片手で砕くことができる……それだけの力が、私にはある。
手の中には、人の頭を握りつぶした、不快な感覚だけが残る。
……そのはずだった。
「……これ、幻影?」
頭を握りつぶしたはずのエリシアの体は、そこにあったのが嘘のように、透明な液体となりその場から消滅する。
さすがに、命を絶った瞬間に体が消える、なんてのは魔物だけのはずだ。殺した瞬間に人が消えるなんて、そんなゲームみたいなことが起きるはずもない。
つまり、今私が殺したのは、エリシアであってエリシアでないもの……彼女の姿をした、別のものということだ。それが幻影かどうか、少し疑問もあったけど。だって、幻影にしては触感がリアルすぎる。
「……?」
けど、目の前からエリシアの体が消えたことは、疑いようのない事実。頭を潰した瞬間、まるで水みたいになって消えたんだ……個体から液体に。
言うなれば今のは、『幻影じゃないようで幻影』の魔法……
「……アンズ……」
……いた。
エリシアは、グレゴの側にいた。さっきまでここにいたエリシアはやはり幻影で、本体はそこにいたってわけか……しかも、実体のある幻影だなんて。そんな芸当まで、できるようになってたんだ。
幻影といえば、とっさに蜃気楼が浮かぶ。だから、触れれば消えると思い込んでいた。まさか実体があるなんて思わない。先入観ってやつかな、すっかり騙されたよ。
「本当に、私を……」
「ちぇっ、とどめを刺し損ねちゃった。残念」
さっきの金縛りみたいな魔法といい、やはりエリシアの魔法は危険だ。グレゴと同等か、それ以上に。さっさと始末しておかないと。
今、エリシアとグレゴが一ヶ所に固まってしまったことになる。逆に、私とユーデリアも固まって戦えるということ……ではあるけど、あの二人を一緒にしてしまったのはちょっとまずいかな。
『剣星』であるグレゴは剣の達人、当然接近戦に向いている。しかも、飛ぶ斬擊とという芸当で、遠距離であっても攻撃が可能だ。
剣の腕では、たとえ『呪剣』を持っていても私では、グレゴの足元にも及ばない。そもそも『呪剣』は、ひとりでに動いた挙げ句離れた所に転がってるけど。
呪いの剣……それを周りの兵士が破壊しないのは、扱いを決めあぐねているからだろう。自我を奪う剣だ、剣を破壊した者を呪う、なんて効果があっても不思議じゃない。
「それに……」
『魔女』であるエリシアは、魔法術師のエキスパート。魔法術師はサポート要因のイメージが強いが、彼女はもちろん一人でも戦える。それは旅を共にした仲で、よくわかっている。
とはいえ、得意とするのはやはり、魔法術師の本分たる後方支援だ。サポート役の方が、彼女にとっては向いている。
つまり、前衛をグレゴ、後衛をエリシアが担当すればそれだけで、その脅威度は何倍にも膨れ上がるということだ。
「けど……本当に厄介なのは……」
その上、あの二人は勇者パーティーのメンバーだった……一番厄介なのは、旅の中で培われたコンビネーションだ。
あの二人に限らず、勇者パーティーにいた六人であれば誰とでも、それこそアイコンタクト一つで次になにをすべきかが伝わる。言葉なんて,必要ない。
対してこちらは……ユーデリアとは、出会ったばかり。出会って間もない、そんな相手と、コンビネーションなんてできるわけがない。特に、あの二人に通用するものは。
個々の力では私はあの二人に負けない自信があるし、ユーデリアだっていい線いってる。が、そこにコンビネーションという別の力が加われば別の話だ。
……要は、コンビネーションの差が、私たちとグレゴたちとの決定的な違いだ。
「すんなりうまくいくとは思わなかったけど、これは苦労しそうだね……」
周囲の兵士や魔法術師は、私たちの戦いに巻き込まれないよう、一定の距離を保っている。というか、じっとしてろってグレゴに言われてたんだけどね。
さあて、どうしようか……とはいえ、このままにらみ合いを続けていてもしょうがない。時間の無駄だし、それに……
「グレゴ、大丈夫?」
「あ、あぁ……」
せっかくグレゴに与えたダメージが、エリシアの回復魔法によって回復されてしまった。やはり、回復役がいるのといないのとでは、えらい違いだ。
……いや、考えていても、なってしまったものはどうしようもない。あの二人のコンビネーションが発揮される前に、潰すしかない。
「まずは……」
このまま突っ込んでも、バカの一つ覚えだ。だから私は、足下にある手頃な石を手に取る。それをバラバラに握りつぶし、細かな石粒に。
「ユーデリア、私のことを信頼してないのはわかるけど、あの二人に殺されたくないなら私に合わせて」
グレゴとエリシアの二人を相手にするだけでも骨が折れるのに、仮にそこにユーデリアまで加わればいよいよ勝ちの目はない。
もっとも、その可能性は低いだろうけど……ただ、結果的に私の邪魔になってしまう可能性はある。
あの二人に対抗するためには、ユーデリアの力も必要だ。だから、細かな指示はなくていい。ただ、私に合わせてくれれば。
「せい!」
ユーデリアの返事を聞く前に、私は手の中にある石粒を、二人に向かって投げつける。本来ならば単なる石遊び……しかし、それは弾丸のごとく威力と速さを備え、二人を襲う。
「任せて!」
迫る弾丸石粒の対応……それは単純明快、エリシアが魔力障壁を張り、防ぐというものだ。いかに威力と速さが弾丸のように段違いでも、魔力もなにもこもっていない単なる石粒では、エリシアの壁は破れない。
けど、それでいい。
「せいせいせぇええい!」
「えぇえ!?」
防がれても気にせず、私は石粒を投げ続ける。幸い、ここには岩も瓦礫もたんまりだ。武器には困らない。
そうすれば、エリシアは魔力障壁を張り続けざるをえない。つまり、今彼女は身動きがとれないということ。
「ガルルルァ!」
そこを、ユーデリアが叩く。無防備な彼女の懐に入るなど、彼なら造作もないことだ。が……
「やらせん!」
当然、そううまくはいかない。ユーデリアの爪が届く前に、グレゴの剣がそれを防ぐ。ギィン、と固いものがぶつかり合った鈍い音が、ここまで聞こえる。
エリシアの一人狙い……それがうまくいかないことなんて、百も承知だ。さっきと戦っているペアがただ入れ替わっただけ? そう思うことだろう。
だけど、当然それだけで終わるはずもない。さあて……第二ラウンドの、始まりだ!




