剣の呪い
私とグレゴの激しい打ち合い。正確には、私の拳をグレゴが防いでいる、というものだが……どちらにせよ、周りの人間は近づくことすらままならない。
衝撃だけで、建物に亀裂を入れるほどの勢いなのだから。常人が近づけば命すら危ういだろう。
しかしその打ち合いの時間にも、終わりが訪れる。それは……グレゴの背後から、『呪剣』が刺されたためだ。ひとりでに動くその剣は、私との攻防に気をとられていたグレゴの背後をとった。
そして、本人が気づかぬうちに……彼の背中から、胸部にかけてその紫色の刀身が、貫通した。
「なっ……ぁ!?」
突然の痛みに、グレゴの動きが止まる。私もそれに合わせて動きを止める……ほど、甘くはない。防御のなくなったグレゴの隙だらけの顔面に、一発!
「おらぁあああ!!」
「!?」
それでもさすがのグレゴは、その反射神経でとっさに顔をそらした。それにより、顔面を正面から殴るには届かなかったが……右の頬に、おもいっきり拳を突き刺す。
一瞬の隙から私の拳を受けたグレゴは吹き飛び、その場から背後の建物へと叩きつけられる。
剣による一刺しと、私の一撃……殺すまでに至らないにしても、相応のダメージは与えたはず。なにより……刺したのは、呪われし『呪剣』だ。
斬ろうが刺そうが……とにかくあの剣で相手を斬りつければ、その相手の自我を奪うことができる。これは、グレゴでも例外ではないはず。
さて……正気を失った『剣星』が、いったいどうやって暴れるのか楽しみ……
「いってぇー!」
「ん?」
なんだなんだ……この声は。うん、間違いなくグレゴのものだ……え? 正気を失ってるはずなのに、声が出るの? 出たとしても、「あー」とか「うー」みたいなゾンビみたいなうめき声じゃないの?
立ち上がるグレゴは、口から血を流しながらも……刺さったままだった『呪剣』を体から抜き、放り捨てる。あの行動も、自我がないならできないはずだ。
「なんで……その剣に、刺されたら……」
そんな私の呟きが聞こえたのか、口の中に溜まった血を吐き捨ててからグレゴは言う。
「あー、やっぱこの剣なんかあるのか……妙な気配はしてた。呪い、みたいな? 斬られた相手に効果が表れないから驚きってとこか……悪かったな。これでも『剣星』って呼ばれてるんで、剣の呪いとかそんなのは効かないんだわ」
『呪剣』の能力を見破られたわけではない。だけど、少なくともグレゴには効かない。それは、確からしい。
『剣星』という、剣術使いとして全ての者の頂点に立つ存在……それには、剣の呪いとかそんなものは効かないという。むちゃくちゃだ、ただでさえオカルトチックな話を、オカルトチックな話で返されるとは。
「みんな! その剣に触れるな! 兵士は鎧があるからといって安心するな! それに、その剣は妙な感じがする……ひとりでに動くぞ、油断するな!」
グレゴの張った声が辺りに轟き、崩れていた兵士たちの士気が戻る。たった一声で、たいした内容でもないのに士気を戻すとは。まったく、せっかく烏合の衆になりかけてたのに……!
『剣星』の名は、なにも剣の腕前だけの話じゃない。その人間性、人望も、『剣星』にふさわしい。
「ったく、こういうのは団長の仕事だろ? あいつはどうした!」
「はっ! それが……あそこで、伸びてます!」
「マジかよ」
私が今までぶっ飛ばしてきた中に、彼ら兵士を束ねる、兵士団の団長がいたらしい。兵士長ならば並の兵士より強いはずなんだけど……その違いはまったく、わからなかった。
以前王国騎士の元団長だというヴラメ・サラマン。彼ほどの力があれば、もっと手こずったかもしれない。同じ団長でも、その力はえらい違いだ。
つまり……この場にいる中で、私の相手がつとまるのは『剣星』グレゴ・アルバミアだけということだ。『魔女』エリシア・タニャクは、ユーデリアの相手で手一杯のようだし。
「くぅ、うっ!」
「ガルルラァ!」
距離をとろうとするエリシアに対し、ユーデリアは常に一定の距離を保つ。一瞬でも隙を与えてしまえば、高火力の魔法の雨が襲ってくる……それを、ユーデリアはわかっているのだ。
グレゴやエリシア、脅威となるメンバーの情報は一通り教えた。その忠告が届いているのかいないのかはわからないけど、とりあえずエリシアの魔法に気を付けてはいるようだ。
接近してくるユーデリア相手に、エリシアは簡単な魔法しか撃てない。それではユーデリアには通用しないが、下手に高火力の魔法を撃ってしまえば自分を巻き込みかねない。
エリシアに肉弾戦のセンスがないのは知ってる。だから、私がいなくなった後にたとえ鍛えたとしてもすぐに上達しないだろうとは思っていた。その考えは、当たっていたようだ。
「こりゃ、ちとヤバイね……」
グレゴも同じように、エリシアとユーデリアの対決を確認して、苦笑い。グレゴとしてはさっさと私を倒して、エリシアの加勢に行きたいんだろうけど……そうはいかない。
私は簡単にはやられてやらない……いや、あんたは私に殺される運命なんだ。だから、いくら仲間を気にしても意味がないよ。
グレゴはすでに、私の一撃をくらっているんだ、こっちこそ時間の問題だ。
……私の一撃をくらい、胸には『呪剣』に刺された穴が空いているはず。なのに、どうして生きているどころか立っている。こんなに激しく、動けている。
「ずいぶん、頑丈な体だね」
「あん? まあ、剣を極めるには体を鍛えるのが必須だからな。この程度なんともねえよ」
この程度ってレベルじゃないと思うんだけど……この、筋肉ダルマめ。普通の人間なら刺されただけでも致命傷だし、私の拳をくらえば顔面の骨イッててもおかしくないのに。
グレゴの頑丈さは、それなりに知っているつもりだった。だけど、認識が甘かった……この傷でここまで動けるとは。
やっぱり、今までの雑魚とは違うか。
「けどまあ……お前の攻撃を食らいすぎたらまずいってのはわかる。だから……本気、出させてもらうわ」
次の瞬間、距離をとり、グレゴの雰囲気が変わった。一瞬、すべてが静かになったかと思うほどの静寂が訪れ……しかし一呼吸の後、グレゴから一気に気迫が爆発する。
これは……幾度と味わったことのある、『剣星』による『剣気』!
触れるだけで、こっちが切れてしまいそうなほどに鋭く、そして重い。私ですら、気を抜いたら、この気迫だけで精神が持っていかれそうだ。
「……ふっ」
「!?」
目を離したわけではない。油断したわけでも……決してない。しかし、目で追えなかった。細心の注意を払ってグレゴから目を離さないようにしていたのに、一瞬のうちに目の前まで移動された。
ヤバい、斬られる……そう感じたときには、すでに私の体は動いていた。後退するために、その場から後方へと飛ぶ。
「……なっ!?」
かわせた……と思った瞬間、目の前のグレゴが消える。しまった、フェイントか……!
目の前に接近したと思われたグレゴの姿は残像で、本体は別の場所にいる。それに気づいた瞬間、私の体は動いていた。直感が働いたのだろうか。
「しぃ!」
私が体を捻らせのけぞったのと、グレゴの剣が振られたのは同時だ。左側から横一線に凪ぎ払われたその一撃は、私の顔を狙い……左頬に、切り傷がつけられる。スレスレで、直撃は避けられた。
……が……剣の風圧、剣圧は、私の顔を隠していたフードを襲い……結果として、被っていたフードは脱げ、顔が露わになってしまう。
「ようやく顔を見せたな。どんな面をしてるか、拝ませてもら……!?」
追撃しようと睨みを利かせていたグレゴの動きが、止まる。その隙に私は後退し、充分な距離をとる。
どうしてグレゴの動きが止まったのか……どうしてグレゴの目が驚愕に見開かれているのか。……その答えは、簡単だ。
「あ……アン、ズ……?」
そこにいたのは……かつての仲間。
この世界で人殺しをしていたのは、『勇者』として旅をしてこの世界を救い『英雄』となった少女、熊谷 杏なのだから。




