第73話 『剣星』と『魔女』と『英雄』
地面が、へこむ。その理由は、衝撃の逃げ場が足元……つまり地面へと伝わったためである。それにより、地面を陥没させるクレーターができる。
それほどまでに凄まじい衝撃の正体は、私の拳と……この拳を受け止めたものとの、衝突の大きさを物語っている。本来なら、受け止めたものもろとも、相手を吹き飛ばすところだが、それは叶わない。
なぜか? それは……
「くっ……面倒な奴が……!」
「おいおい、ご挨拶だな。ひでー言い様だ」
私の拳を受け止めたその男が、勇者パーティーの元メンバーだったグレゴ・アルバミアであるからだ。その剣一本で私の拳を受け止める姿は、さすが『剣星』と呼ばれるだけのことはある。
普通なら、私の拳を受けた剣は折れて、そのまま相手の体に拳を打ち込むのに。今の一撃なら、それができたはずだ。
それが、できなかった。
「俺を知ってる風だが……俺ってそんな有名人? それとも、どっかであったことあるとか? 顔見せてくんないか?」
このまま打ち合ってても意味がない。一旦距離をとり、呼吸を整える。
グレゴは、飄々としてつかみどころのない男だったけど……あのときのまんまだ。こうして対峙していても相変わらず、なにを考えてるか読めない。
「わ、わ! なにこれ……ひどい」
続いて、グレゴの後ろから女性の声が。それは、同じく聞き覚えのあるものだ。懐かしさを感じるが、あいにく感慨にふけってはいられない。
「エリシア・タニャク……」
「! あなたが、こんなひどいことを……!」
そこにいたのは、グレゴと同じく勇者パーティーの元メンバーの女性……エリシア・タニャク。その強大な魔力から、『魔女』と呼ばれる人物だ。
そのずば抜けた魔法技術や、回復魔法により、幾度と私達の窮地を助けてくれたのが彼女だ。
結果的には死んでしまったメンバーもいたが……彼女がいなければ、私もグレゴも、今生き残っているメンバーすらも全滅していただろう。
本来、戦いは苦手な彼女……それでも勇者パーティーとして戦ってくれたのは、世界を救いたいという確固たる意志があったからだ。そんな彼女が今、私に対して怒りを孕んだ瞳を向けている。
それはそうだろう。周りには、あちこちに兵士が倒れている。中には、死んでいる者もいる。血のにおいも、風に乗って辺りを漂う。心優しい彼女にとって、見過ごせる光景ではない。
そしてこんな光景を生み出した私のことも、許せるものではないだろう。
「答えて! あなたが、こんなひどいことをしたの!?」
「おいおい、そんなもん見りゃ明らか……」
「うるさい黙ってて!」
「……へいへい」
やれやれ……相変わらずお心優しいことだ。この現状を見て、わざわざ私に確認をとるか?
ここで「やってない」「私じゃない」と言えば、この女はどんな反応をするんだろう。果たして信じるのだろうか?
「そう、私がやったの」
けど、ここで嘘をつく必要も意味もない。だから私は、ただそれだけを……私がこの惨劇を生み出したという事実だけを、答える。
それを聞いた彼女……エリシアはうつむき、肩を震わせる。あれは笑いを耐えて震えている訳じゃないというのは、仲間だった私でなくともわかることだ。
エリシアは今……
「……許せない!」
怒っている。それも、かつてないほどに。
「落ち着けよエリシア。この侵入者、かなりのやり手だ。ここにいる兵士が束になっても勝てない……もちろん、お前一人でもな」
しかしそんなエリシアを、グレゴが宥める。つかみどころがないように見えて、実は結構冷静なんだよな。それは旅の中で、磨かれていったものだ。
そんな二人と私は……今、殺し合いをしようとしている。まったく……かつて共に世界を救った仲間が、こんなことになるなんて。
世界は、残酷だ。
「せめて、城の敷地内にくらいは入っておきたかったんだけどな」
「ご期待に添えず悪いな。けど、こいつの『転移魔法』がなければ間に合わなかっただろうな」
こいつ、と言いながらエリシアを指すのはグレゴだ。そのグレゴは今、『転移魔法』って、言った。『転移魔法』……なにそれ、私知らない。
『転移魔法』とは、名から察するに……場所と場所とを移動する魔法。離れた場所を移動できるなんて、いわゆるワープだろう。……あ、私がこの世界に戻ってきたのだって似たようなもんか。
「ふーん……」
つまり、マルゴニア王国での騒ぎを聞き付けた二人が、エリシアの『転移魔法』とやらでここまで移動した……っていうことなんだろう。
私の知るエリシアは、『転移魔法』なんて使えなかった。魔法を極めているとはいえ、なにもかも完璧ではない。
それを、覚えている……しかも、それは私がこの世界から去ってから覚えたっていうことだろう。それも、生半可な努力じゃなく。
……成長したんだね。
「しかしまあ、この国の兵士だってそれなりに鍛えてるのに……噂以上にできるらしいな、あんた」
「ふーん、まさか勇者パーティーの元メンバーさんに気にかけてもらえてたなんて、光栄だよ」
「はっ。力の使い方が正しけりゃ、もっといい待遇でお出迎えしたんだがな。それこそ、お互いを高めあう切磋琢磨の関係、みたいな。……けど、さすがにここまでのことをやってくれた奴を、のさばらせておくわけにはいくまいよ。それに、これまでいろんな場所で好き勝手やってきたのもあんただろ? あんたがどこの誰でも、俺はあんたを斬る」
グレゴはグレゴで、変わらない。まっすぐな暑苦しい男……それゆえに、周りからの信頼も絶大だ。
さっき、剣で私の拳を防がれてからわかったことがある。彼も、私がこの世界から去ったあと、努力を怠らなかったのだろう。以前よりも、力がみなぎっている。
「だがまあ、もしもあんたが素直に投降するなら少なくとも、この場では斬らん。いろいろ聞きたいこともあるしな。……その代わり、戦うつもりなら命の保証はないと……」
はぁ、だから先に城に……せめて敷地内に入っておきたかったのに。そこならば、大事な城の敷地だしあの二人も派手な動きはできないはずだ。この街中以上に、ね。
逆に私には関係ない。その隙をつこうと思ったのに。
え、それは卑怯だって? そりゃ、そうだよ……だって私は、この二人と戦いに来たんじゃないんだから。
私はこの二人を……
「!」
ガギィンッ
「グレゴ!」
「話の途中に……ちっ、問答無用かよ!」
殺すつもりで、いるんだから。
「ガルルァア!」
「ひっ!?」
私がグレゴを押さえ、その間にユーデリアがエリシアを仕留める。示しあわせたわけではないが、すでにこの考えがユーデリアの頭の中にもあるようだ。
『剣星』と呼ばれるほどに剣術に特化したグレゴ……正直、ユーデリアでは分が悪い。確かにあの素早さは見事なものだ、常人であれば目で追うことすら叶わない。が、グレゴの動体視力はそれを上回る。それほどまでに、体を鍛えている。
あいつは変態なのだ。筋肉ダルマなのだ。
「お、狼!?」
逆に、エリシアならば魔法を使われる前に、懐に入ってしまえば問題ない。あまりに近すぎる敵に強力な魔法を使おうものなら、自分も巻き込まれる可能性があるから。
それに、ユーデリアならば魔法を使われたとしても、あの素早さや氷でどうとでもできる。それぞれが、それぞれに適した相手であるはずだ。
「くっ……はなれ、て!」
「ガルルゥ!」
エリシアは身体強化の魔法を使い、距離をとろうとするが……ユーデリアは、それを許さない。常に並走を続ける。
このままでは、エリシアのスタミナが尽きるのが早いだろう。自身の体よりも、魔法の技術を磨くことに時間を費やす……魔法術師とは、そんな生き物だ。
「エリシア! くっ……!」
そんなにお仲間が気になるかい、グレゴ? 私の拳の連擊を止めるのは大したものだけど、チラチラとよそ見をしちゃって……
集中しないで勝てるほど、『英雄』と呼ばれた私は甘くないよ?
ザクッ……
「……っ……かっ……!?」
私の拳の連擊を止めることに夢中、そしてエリシアに気をとられていたグレゴには気付けるはずもない……グレゴの背後から、『呪剣』が忍び寄っていたことを。
それを知るのは、『呪剣』に、背中から突き刺されたあとのことだ。




