氷狼の力
「不届きな輩め! 城の中には入れんぞ!」
大きな王国だというのに……いや、だからこそと言うべきか、その連絡速度の速さはさすがというべきだろう。城の付近に近づいた辺りから、兵士の姿が増えてきた。
城の中までは楽に行けたらと思ってたんだけど……そううまくは、いかないらしい。
剣に覚えのある兵士なら、一般人相手のように楽に事は進まない。……とはいっても、私にとってはどちらも大した差はない。
「威勢はいいね、でも……」
「! ぐぁっ……!」
「全然ダメ」
兵士は鎧で全身を包んでいるから、『呪剣』の効果が効かない。どうやら素肌を斬りつけなければ、効果はないようなのだ。ま、そうでないとこの剣、いよいよチート気味になってしまうしね。
なので、鎧に剣を弾かれては、効果が発動しようもない。
言ってしまえば、鎧によって守られていない部分……たとえば顔を斬ることで発動させることができる。けど、顔を斬ってしまえばそれはもう命を奪うと同義だ。顔なんて、体とは違い少し手元が狂えば、殺してしまう。
兵士たちは『呪剣』の効果を知らない。だからこれはもちろん『呪剣』の対策、というわけではない。結果的に、それが自分達の身を守ることに繋がっているというだけのこと。
「ちぇ」
自我を失った兵士が、どんな風に暴れて周りがどう対処するのか……見たかったのにな。国を、人々を守るべき兵士が人々を襲うなんて、滑稽ではないか。
それに、仲間討ちも期待できたのに。
「そんな剣一本で、我々を倒そうなどと……」
「ふん!!」
あっ……考え事をしてたのに話しかけられたから、つい反射で手が出てしまった。剣を持っているのとは、逆の手が。
剣擊を通さなかった鎧は、拳がめりこみへこみ……兵士は倒れる。どうやら、殴ったときの衝撃が鎧を貫いて、人体に伝わったらしい。
「あちゃー……せっかく剣を手に入れたから、練習してたのに」
私は、剣については素人だ。今までこれでやってこれたのは、相手が一般人なのと私の運動神経……なにより、『呪剣』の特性によるものだ。
斬った相手の自我を奪う……なんていう、触れたら終わりの力を持っている。いかに剣は素人とはいえ、斬って触れさせることなら私にだってできる。
ただ、やっぱり……私に向いてるのは……
「こっち、かな!」
「ぐぉあ!?」
再び、近くにいた兵士の腹部に拳を打ち付ける。鉄の素材でできたそれにはヒビが入り、重い鎧を着ているとは思えないほどにダメージは浸透する。
うんうん、やっぱり私は剣より拳だよ。あ、だからって剣は捨てないけどね。
「さっきの門破壊といい、まるでゴーリルだね」
「な、なんですって!」
こうして戦いの最中にも、ユーデリアは茶々をいれてくる。それだけ、余裕ってことなんだろうけど。
ちなみにゴーリルっていうのは……まあ、例えるなら私達の世界で言う『ゴリラ』だ。こんなか弱い女子高生を捕まえてゴリラなんて、言われていい気分どころか不名誉でしかない。
「誰が、ゴリラ女かぁあ!!」
「ぐっほぁあああ!」
「ゴリラがなにかは知らないけど、そうやってポンポン人を吹っ飛ばす時点で説得力がないってことだけはわかるよ」
また一人吹き飛ばし、その一人が後ろの数人に当たり、結果的に一撃で数人を撃破。まるで、ボーリングだ。
しっかし……さすがは王国兵士、数だけは一級品だ。倒しても倒しても出てくる。それだけじゃない……兵士の後ろには魔法術師が待機しており、即死でない兵士は回復魔法によりすぐに回復してしまう。自我を奪えば、回復されたところで意味ないんだけど。
『呪剣』の呪いは、少なくともそこいらの魔法術師では治せないらしい。だから、『呪剣』が無効化されるってことはない。混乱を与えるには充分だ。
それにより、明らかに数は減っているはずなんだけど……数が減ってる気がしないな。このままじゃ、いつになったら城にたどり着けるのか。
目と鼻の先……と思えるけど、無駄にでかいから、遠近法で距離があまりないと勘違いしちゃうんだよな。
「くそ、なんだこの狼!?」
「うわっ、近づけねぇ! しかも、凍ってやがる!」
ユーデリアは、狼形態のまま……気のせいだろうか、周囲に冷気を感じる。
……気のせいじゃないな。
「これは……」
その冷気のせいで、兵士が近寄れない。近寄れないってことは、彼の傍はただ寒いとかそんなレベルじゃあないんだろう。それどころか、周囲の地面凍ってるし。兵士の手足すらも。
なるほど、だから『氷狼』か。それこそが、氷狼族という種族の力か。
鎧を着てても近づけないほどの冷気、か……なにあの能力ほしい。そうすれば、邪魔なく城まで突っ走れるじゃん!
「この……魔法準備!」
しかしそれは、あくまで近接戦闘を防げるという話。兵士の後ろに待機している魔法術師による遠距離攻撃は、関係ない。
兵士が近寄れないと見るや、魔法術師は一斉に"ファイヤーボール"の準備。並の術師ではたかが知れている低級魔法だが、王国の術師、それも十余人のものが合わされば、その威力はとんでもないものになる。
しかも、周囲に被害を出さないよう、大きさは単なる"ファイヤーボール"……バスケットボール程度の大きさだ。小さい中に威力を凝縮……威力は単純計算で十倍以上、か。
前衛の近接は兵士が、後衛遠距離は魔法術師が……それぞれの役割を、こなす。メインは兵士に任せ、魔法術師は回復などのサポートに徹しつつ、あのように前衛後衛交代することもある。実にバランスの取れた隊列だ。
隙があるとすれば……魔法術師は回復メインでスタンバイしているから、攻撃するにも"ファイヤーボール"のような低級魔法で、魔力を温存するしかないってところか。それでも、力を合わせたあの"ファイヤーボール"は中級どころか上級にも匹敵するけど。
まさに、塵も積もれば山となる、か。
「焼けてしまいなさい!」
その一声と同時に、十余人の力が合わさった"ファイヤーボール"が放たれる。灼熱のそれは、離れた位置にいる私にさえ熱を感じさせ、凍ってしまった兵士の手足の氷を溶かしていく。周囲の凍った部分さえも。
あれをまともに受ければ、熱いでは済まない。なのにユーデリアは逃げる気配すらなく、その場に立ち尽くすのみ。まっすぐに、迫り来る火の玉を見据えて……
「ガルルルァアア!」
咆哮、そして先ほどまでとは比較にならないレベルの強烈な冷気……私にも伝わる。てか、空気が振動しているのか、少し痺れすら感じる。フード脱げちゃう。
まるで、ユーデリアの周囲だけ強烈な吹雪が起こっていてるかのよう。それはやがて、一点……ユーデリアの額に集まっていき、氷の角を形作っていく。まるで額から、氷の角が生えているようだ。いや、実際に生えてるのか?
あとで触って、確かめてみよう。
「……!!」
そしてユーデリアは、躊躇することなく飛び……降ってくる"ファイヤーボール"へ、角を突き立てる。その力は拮抗……することはなく、氷の角が突き刺さった"ファイヤーボール"はみるみる凍っていく。
信じられない光景だ……あの熱量を、あの魔力を、たかだか珍しいだけの種族の、それも子供の力が上回るだなんて。なんでこんな子が捕まってたんだ……やはり捕まったときは、精神が不安定だったのだろうか。
完全に凍ってしまった"ファイヤーボール"は、粉々に砕け散る。これには、兵士も魔法術師も、唖然とするしかない。私だって、ちょっと目を奪われてるんだから。
「ば、バカな……」
「この程度? 王国魔法術師も大したことないね」
うぅん……やっぱり、この子を連れてきて正解だった。そう思わされることが、もう何度あったことか。
「調子に、乗るなよ!」
「はぁ!」
そこへ、私の隙をついたつもりなんだろうけど兵士が剣を振るう。……残念、あなた程度じゃ、私の隙をつくことなんて、できやしないよ。こんなの、簡単にかわせる。
「ふふっ……」
ユーデリアにはいいものを見せてもらったし、私もちょっとだけ本気出しちゃおっかな。
兵士の剣を弾き飛ばし、それにより兵士は一瞬無防備に。私は右拳を握りしめると、そこに力を込める。喜びなよ、取って置きをお見舞いしてあげる。
私には魔力はない……だからこれは、純粋に私の腕力だけのものだ。純粋な私の力を込めた、一撃。うぬぼれじゃないけど、これをまともに受ければたとえ鎧越しであっても……死ぬだろう。
「ひっ……!」
ま、元々殺すつもりなんだけどね。
あふれ出る覇気……いや殺気を感じ取ったのか、恐怖に顔を歪める兵士。だが、情は湧かない。じゃ、ここから始めようか……この国での、本格的な殺戮を!
「でやぁあああ!!!」
放った拳は、まっすぐに兵士の顔面へと向かう。鎧越しでも内臓から破壊することはできるが……そろそろ、兵士と遊ぶのにも飽きてきた。わかりやすく、首から上を破壊しよう。
それが、周りへ恐怖として伝染していくはずだ。そうなれば、兵士と言えどもはや烏合の衆。
兵士は、逃げられるはずもない。私の拳は、兵士の顔面へと叩き込まれる……はずだった。
ガキィッ……!
……音が、した。だけどそれは、肉を叩いた音でもなければ鎧で防がれた音でもない。というか、私の全力の一撃を鉄並みの強度の鎧程度で止められるはずもない。
だがこれは、まるで鉄を殴り付けたような音だ。単なる鉄で、私の拳を防いだ? ……いや違う、ただの鉄じゃあない。
むしろ、私の一撃を止められる奴はそうはいない。ならば、誰が?
確認すると、目の前で私の拳を止めているのは一本の剣。……驚くことだが、その細い刀身で私の一撃を止めている。
こんな細身の剣で、私の本気を乗せた一撃を止めた。こんな芸当ができるのは、一人しかいない。
「……グレゴ・アルバミア……!」
「よぉ、侵入者。ずいぶん派手に暴れてくれたなぁ」
そこにいたのは、勇者パーティーのメンバーだった男にして、私の仲間……だった男。『剣星』グレゴ・アルバミアだった。




