二人の復讐者
―――グレゴとエリシアが、異常事態の報告があった村へと向け、マルゴニア王国を出発した数日前―――
私とユーデリアは、ユーデリア案内の下マルゴニア王国へと、向かい始めていた。
「それにしても……部分変化だけじゃなくて、全身も変化させられるなんて。ますます面白いね、キミ」
ボニーに乗った私は、隣を走るユーデリアへと声をかける。全身を藍色の体毛で覆われた彼は、ボニーと同程度の速度で走っている。四足歩行で。
現在彼は、いわゆる狼の姿に変化している。あの村での戦闘では、腕や脚を獣の姿に変化させていたけど……なるほど、やっぱり全身をも変化させることができたらしい。
普通の獣人ならば、こうはならない。というか、単に獣の特徴がある人型寄り、といったのが大多数だ。
こうした、人と獣との姿を自在に変化することができるのは……氷狼という種族だからか、それともこの子に備わっているこの子だけの力か。
いずれにしろ、私は初めて見た。それほどには珍しいってことだ。
しかも、ボニーと同等の速度まで出せるときたもんだ。あの戦闘能力といい、やっぱり使える。
「ふん……」
「あのねぇ、私だってキミと馴れ合うつもりはないけど、少しくらい話をしてくれてもいいんじゃない?」
奴隷時代の名残か、もともとこんな性格なのか……こっちから話しかけても、返ってくるのはそっけない返事ばかり。言葉のキャッチボールはなく、ドッジボールだ。
別に、この子を仲間として迎え入れた訳じゃない。ただ、多少のコミュニケーションくらいあってもいいんじゃないだろうか。
せっかく買ったのに……あんまり素っ気なさすぎて、お姉さん、泣いちゃう。
「あんたとは、利害の一致で組んでるだけだ。あんたもそう言ったじゃん」
「そうなんだけどさ、そうなんだけどさ。それ私の台詞じゃない?」
……と、まあこんな感じでそっけない会話が続いていた。私が嫌われているというより、この子は世界全般を信用していない。無論、世界に住まう人間も。
奴隷時代になにをされたのか……想像するのは、難しくない。
ま、そこを追及する気も同情する気もない。別に、助けたからって私に恩なんて感じる必要もない。
「ま、いいや……マルゴニア王国まで案内してくれれば、それで」
「ついてこれなきゃ置いてくつもりだったけど……お前、速いな」
「アゥン!」
まったくこっちを気遣う様子のないユーデリアだけど、自身の速度と同等の速度で走るボニーに対しては、優しい顔を向けていた。それに対してボニーは鳴くことで応える。なんだ「アゥン!」って。
両者目と目が合い、そこには一種の絆のようなものさえ垣間見える……まるで、お互いを認めあったライバルのように。なにこれ。
私より先にボニーと打ち解けちゃったよ。いや悔しいとかじゃないけどね? まさか野性動物に先に行かれるとは思わないじゃん。なんで両者わかりあったような顔してるの? 獣人だから動物の言葉通じてるの?
なぜ私が、蚊帳の外なのか。
「ねえ、マルゴニア王国にはいつ着くの」
「慌てるなよ。最短ルートを走ってるから、そうはかからないと思う」
「その台詞聞いてもう数日経ったよ……」
最短ルート……やっぱりこの子も、早くマルゴニア王国に行きたいんだ。行って、自分を奴隷の身に落とした人物に、復讐を考えている。
ただ、距離が遠いのか……なかなか着かない。その間、立ち寄った町を壊滅させたり、襲ってくる野盗を殺したり……いろいろあったわけだけど。まったく。
……ただ、この子だって、奴隷の身だったなら……マルゴニア王国に、一刻も早く着きたいはずだ。逸る気持ちをこの子にぶつけても、仕方ない。
「……ねえ、どうして奴隷になったの?」
「は?」
気がつけば私は、そんなことを口にしていた。馴れ合うつもりはない……とはいっても、やはり気になるものは気になってたってことか。
この子の境遇を知りたいと思ったのか、こんな小さな子が奴隷にされてしまう世界への恨みを、確固たるものにしたいという打算があったのか……それはわからないけど。
「なんでわざわざ、お前に言わなきゃ……」
「私ね、この世界の人間じゃないんだ」
私をまったく信用していないこの子が、素直に話してくれるわけがない。一方的に話せなんて、虫がよすぎるからね。
だから私も、話す。
「……は?」
「この世界に『勇者』として呼ばれた……この世界で言う、異世界の人間。それが私」
「お、おい?」
ユーデリアに少しでも、話して警戒を解こうと思ったのか。それとも……
「なんか魔王を倒すため、世界を救うためだって理由でこの世界に選ばれて召喚されてね。勇者パーティーってのを組まされて、魔王討伐の旅に出て……いろいろあったけど、なんとか魔王を倒して、世界を救った。お役御免になった私は、元の世界に戻ったよ」
「戻れたってんなら、なんで……」
「なかった……そこには、なにもなかったんだよ」
誰でもいいから、なんでもいいから聞いてもらいたかったのだろうか。
「家族も、友人も、恋人も……全部、なくなってた。全部、壊れた。私の世界は、この世界に召喚されたことで奪われたの。壊されたの。この世界が私を選んだから、私は殺されたの」
「じゃあ、お前……アンは、誰に復讐するとかじゃなくて……」
「……そう。私の復讐対象は、この世界だよ」
もしも、私を召喚したのが……いや私を選んだのが、どこかの誰かなら、そいつを殺すことが私の復讐になる。それだけで気が済むかはわからないけど、ひとまず私の復讐は終わる。
でもそうじゃない。
私を選んだのが、この世界なら……私は……
「……さ、私は自分のことを話したよ。次はキミ」
「……ずるい女だな」
ずるい、か。……そうだよ、私はずるいんだよ。
「ボクは……故郷を、マルゴニア王国の奴らに滅ぼされた」
「!」
「王国の紋を付けてたから、間違いない。あいつらは、突然やってきて……村に火をつけた。そして、ボクの友人も、家族も殺された。生き残ったボクだけが、捕まり……奴隷にされた。氷狼族は珍しい、高値で売れるって理由で。もともと、氷狼族の数は少なかった。けど、抵抗したからみんな殺されたんだ。奴らにしてみたら、珍しい種族がさらに数を減らした方が、値が張ると思ったんじゃないか」
ユーデリアが話してくれた彼自身のこと……それは、予想を超えたものだった。
まさか、王国の人間がそんなことをしていたなんて。いや、それ自体にあまり驚きはない……驚きがあったのは、間接的に私の世界を奪ったそれとは違い、直接的に干渉してユーデリアの世界を壊したなんて。
まさかそんな大々的に動いていたなんて、思わなかった。
でも、果たして王国の人間が……わざわざ王国の紋を付けたまま、そんな行為に及ぶだろうか?
それとも、わざとそう見せつけることで……王国への憎悪を、抱かせたのだろうか。
「だからボクは、そのときの人間を見つけ出して一人残らず殺す。においは覚えてる……あのときの商人は違ったみたいだ」
これが、ユーデリアの復讐の根元か。手段は違えど、彼もこの世界に人生をめちゃくちゃにされた一人。
私との違いといえば、経緯と復讐の対象者が絞られていることか。王国への道といい対象の人間といい、においでわかるとは便利なものだ。
あのときの商人ってのは、リーブスとロッシーニのことか。今の話を聞いて、もしかしたらあいつらもマルゴニア王国の人間だったのかと思ったが、違ったようだ。
「そっか、辛いこと思い出させたね」
「ふんっ、質問した時点でわかってただろ。ま、大変なのはお互い様だし……ボクもこの世界は嫌いだ。一応自由にしてくれた恩はあるし、できる限りの協力はしてやる」
あら、恩を感じてくれてたんだ。それに、私の境遇に共感もしてくれたらしい。
傷のなめあいと言うなら、それでもいい。私も、境遇を同じくするこの子と復讐をするための気持ちが、固まった。馴れ合う気はないけど、目的を同じとする者として。
ただの仲間のような、甘ったれた馴れ合いの関係ではない。絶対にお互いの目的を完遂するためだけに一緒に行動している……それが、私たちの関係だ。
私たちは友人でも、ましてや仲間でもない。
私たちは……
「見えた……マルゴニア王国だ」
ただの、『復讐者』の同志だ。




