第69話 魔王級の災害
かつて魔王を倒すために共に戦い、『勇者』から『英雄』として讃えられた少女、熊谷 杏。彼女は、武器は苦手だったし魔法は使えなかった。だから、肉弾での戦闘を得意としていた。
こう考えることすら彼女に申し訳ないのだが、ここに倒れている男の傷は……彼女が得意とする戦法に、よく似たものだった。だが、彼女はもうこの世界にはいないし、こんなことをする人間でもない。
つまり、何者かが彼女の戦い方を真似し、そのやり方をもって罪なき人々を殺して回っているということだ。世界を救った彼女と同じ行いで、こんな惨状を生み出している。
同じ勇者パーティーにいた者として……いや、親友として、彼女を貶めるような行為を、許すわけにはいかない。
「お、いたいた。こんな所に……って、おいどうした? 目が怖ぇぞ」
そこへ、野太い男の声がかかり、思考は停止させられる。そこにいたのは、グレゴ・アルバミア。……彼も、熊谷 杏と旅をした勇者パーティーのメンバーの一人。
ここにいる、エリシア・タニャクも同様に。
「なんでもないよー、なんでも」
「いや、なんでもって……おっかない顔してたぞ。まるで好物のトリプラの肉を取られたときみたいだった」
「それは言い過ぎでしょー」
一見なにも考えてなさそう……いわゆる脳筋……なグレゴだが、こういった人の感情の変化には過敏だ。それをわかって、場を和ますためにあえて冗談を言ったのだろう。
……冗談で、あってほしい。そんなにおっかなくはないはずだ。
「それよりも! なにか、進展あった?」
「あ、あぁ……進展ってほどでもないが、村人の中に……どうにも、普通じゃない感じのがいる」
「普通じゃない?」
「ま……いわゆる、奴隷ってやつだろうな」
その言葉を聞いて、エリシアは絶句する。その衝撃は、奴隷なんていうものが、本当に存在していたことについてだ。
もちろん、その単語自体は風の噂で聞いたことがあった。が、そんなものは噂に違いないと思っていた。……だがこうして、目の前にあらわれてしまうと、その衝撃は計り知れない。
それに、以前にこの村に訪れたとき……そんな存在がいるだなんて、まったくわからなかった。うまく、隠されていたのだろうか。
勇者パーティーであった自分さえも知らないこと。あるいは、勇者パーティーだったからこそ知らなかった、隠されていたのかもしれないが。
自分の、知らない世界……平和そうに見えた世界が、すべてではなかったということだ。
「つまり、この惨状を引き起こしたのはこの奴隷たち……反逆のチャンスが訪れたんで、商人共々この村の人間を皆殺し。その上錯乱状態で同じ奴隷仲間をも殺害……誰もいなくなりました」
「本気で言ってる?」
「まさか」
自らの推測を、自ら笑って否定するグレゴ。首を振りつつ、口端を釣り上げ笑う。
「もしそうなら事件解決は楽だったのにって妄想だよ。明らかに第三者がヤった傷や、被害がこの村だけでなけりゃこの仮説も成り立ったんだがな」
「そうね」
「それに、どうにもきなくせぇ」
もし、今グレゴの話したように単なる奴隷の反逆なら……それでよかった。いや、よくはないが……少なくとも、こんな迷宮入り一歩手前の事件にならずに済んだはずだ。
先ほどのグレゴではないが、そもそも自分達が調査隊として送られること自体が異常なのだ。それも、二人も。
いかに悲惨な現場とはいえ……勇者パーティーの元メンバー二人を動かすことなど、それこそ魔王級の災害が現れたときでもなければあり得ないだろう。
それが今、グレゴとエリシアはここにいる。それほどまでに、切迫した状況ということだ。
「まさか、魔王が復活した?」
「だったら、あちこちに魔物が徘徊してるはずだ。魔物ってのは、魔王が現れりゃ出現、魔王が消えりゃ消滅……理由はよくわからんが、それが自然の摂理ってやつらしい。それがねえってことは、魔王は復活してねえ」
「でも、とんでもなく大きな事件が起こってるのは確か……この世界に、危機が訪れてるのかもしれない」
犯人の目的は、わからない。だが、無差別に多くの人間を殺すしていくのが目的であるならば、いずれ世界中の人間を殺すことになるのではないか。
常識的に考えて、そんなの不可能だ……だが、胸騒ぎがする。
「あぁー、やめやめ! 考えても俺の頭じゃなんもわかりゃしねぇ!」
「さすがは筋肉ダルマ」
「うるせえ、そんな柄じゃねえんだよ。考えるのはお前か国のお偉い方さんに任せるとするわ。俺は俺のやるべきことをする。俺のやるべきことは……こんな吐き気のする光景をプレゼントしてくれた人でなしに、きっちり落とし前をつけさせることだ。誰であろうと、容赦はしねえよ」
「……そう、だね」
グレゴはまだ、この被害者の傷が彼女のものに酷似していることに気づいていないが……わざわざ、別の不安要素を与えることもない。
その事実を知れば、きっとグレゴはエリシアと同じように怒りの感情を燃やす。だが、今でさえグレゴは爆発してしまいそうなのだ、そんなことを言えば彼自身どうなるかわからない。
もしかしたら、あてもなく突っ走っていくかもしれない。
「……やるべきこと、か」
グレゴの言うとおりだ、今は別のことを考えていても仕方ない。もちろん追々は考えなければいけないことだが……あまり多くの考え事に気をとられ過ぎても、次への対応が遅くなってしまうだけだ。
奴隷、アンズのものに酷似した打撃痕……追求したいことは山ほどあるが、今は目の前の、犯人を捜し出すことだけに集中しよう。
この悲惨な現状を生み出した犯人に、親友の戦い方を汚した犯人に、必ず相応の報いを受けさせる。
そう、誓いを立てた直後だった。
「い、いた! け、『剣星』グレゴ・アルバミア様! 『魔女』エリシア・タニャク様! 急ぎ報告が!」
「ねえ、いい加減『魔女』って呼び方やめてくれない? なんか『魔王』と響きが似ててヤなんだけど」
「前も言ってたなそれ。はは、いいじゃねえか。せっかく付けてもらった二つ名だ、大切にしろって」
「なによ自分はカッコいいのつけてもらったからって! あんたなんて筋肉で充分よ!」
「うるせえ俺は『剣星』だ!」
「ふん、ずいぶんおっさん顔な『剣星』がいたものね!」
「チビ『魔女』に言われたくねえ!」
「あんたがでかぶつなだけでしょ!」
「そう言うならもっと身長に栄養が行くよう努力しろ!」
「なんですってぇ!」
「なんだよ!」
一人の兵士が、二人を呼びに来る。しかし、その呼び方一つでさえ、こんな状況でさえ、二人の口喧嘩へと発展してしまう。もちろん本気の罵りあいではないだろうが。
それでも、『剣星』と『魔女』の喧嘩など、たとえ口喧嘩であっても一介の兵士に止められるはずもない。本来ならば熱が冷めるまで待つところだが……
今回は、緊急を要する。
「あ、あのお二方!!」
「なんだ!」
「なによ!」
声を張り上げ、無理やり言い争いを中断。中断された二人が兵士を睨み付ける。二人の覇気に怯みながらも、逃げるでなく兵士は己の役目を果たすことを選ぶ。
「お、王国より伝令です! 王国が……マルゴニア王国が、何者かの襲撃を受けているとのことです!」
「「!?」」
切羽詰まった兵士の言葉……それは、言い争いをしていた二人の頭を冷やすには、充分すぎる内容であった。




