第58話 氷狼族
奴隷の紹介をされていた私が足を止めたその先にいたのは……私の腰ほどの背丈しかない、小さな男の子だ。しかし、ただの男の子ではない。その頭に、獣の耳が生えていたのだ。
これは犬……いや、狼か? 尻尾も生えているし、狼の獣人ということだろう。
……ただそれだけの理由で、私は足を止めたのか?
「どうされました?」
足を止めた私のことを不審に思ったのか、先を歩いていたリーブスも足を止め、こっちに振り向いてから首をかしげる。
いや、自分でも、なんで足を止めたのかわからないんだけどな……そんな私に、どこか納得したようにリーブスはうなずく。
「なるほど、それがクーマ殿のお眼鏡に適ったと?」
「いや、その……」
「ほっほ、実にお目が高い。その奴隷は……氷狼族の獣人なのですよ」
お眼鏡に適った、とかそんなことはまったくないと思うのだが、リーブス曰く、この男の子はかなりのレア物らしい。
現に、以前この世界を訪れたときにも聞いたことのない種族の名前であることが、その証拠だ。
勇者として旅していたときは、文字通りいろんな場所を旅していた……だから、大抵の種族とは会ったことがあるし、名前くらいならほとんど知ってるはずだ。
「ひょう、ろう……族?」
「おや、ご存知ないのですか? まあ希少種ですからな。これは普通の狼族とは違い、その名の通り冷気を操る狼……それが氷狼族なのです。別名、フェンリルとも言います」
うーん……やっぱり聞いたことないな。かなり珍しい種族ってことに嘘はないのだろう。冷気を操る狼なんて、見たことや聞いたことがあるなら忘れるわけがない。
「へぇ……」
自分でも知らないうちに、この子がそれほどに珍しい種族だと見抜いたということなのだろうか。
でも、ただそれだけで足を止めた……とは考えにくい。たとえば、この子に、私が興味をひかれるだけのポテンシャルがある、とか。
「キミ、名前は?」
「……」
気づけば私は、その子に話しかけていた。藍色の短髪に、髪と同じ色の獣耳。パッと見はただの狼族と見間違えてしまいそうだ。てか見た目だけだとホント違いがわからないな。
その少年に、名前を聞く。が、その子はうつむいたままなにも喋らない。聞こえなかったのだろうか? なら、もう一度……
「クーマ殿からの質問だ、話せ」
「……!」
質問をし直そうか。そう思っていたところへ、別の声が。それはとても冷たく、胸の奥に響くような声だった。
その正体は……リーブス。先ほどニファル・カナテラに向けたのと、同じ系統のものだ。それを受けた少年は小さく肩を震わせ、ゆっくりと顔をあげて……
「ゆ、ユーデリア……です」
唇を震わせながら、ゆっくりと自分の名前を告げた。
……あぁそうか。この子達は、この商人によって発言の自由すら奪われているんだ。さっきの電撃により、肉体的にも精神的にも調教されているってことか。
「そっか……」
その子の……ユーデリアの顔を、見る。正確には、目をだ。こうして目を合わせていると、相手がなにを考えているか、嘘をついていないかなど、大まかであるがわかる。それが、この世界で培ってきたものの一つだ。
この子は……やっぱり、瞳の奥に黒いものが忍んでいる。それは憎しみか、悲しみか……この世界に、絶望した目だ。
……いいね、この目。
「あの、この子……いくらですか?」
正直、人を相手にこんな会話をするのは気が引ける。いくらこいつらの間では、奴隷は物だという認識であったとしてもだ。
結局私も、私の目的のためにこの子を利用しようとしてるってことだ。
「おぉ、お気に召しましたか! よろしいのですね!」
私が奴隷を買うことに、喜びを露にするリーブス。あ、これはコルマと同じく、私のこともお得意様だと捉えた目だな。
あんなのと同列に扱われるのは勘弁……なんだけど、奴隷を買ってしまう時点で、同じことだ。
……いや、どうでもいいか。すでに、人身売買なんかよりももっと、取り返しのつかないことをしているし、これからするつもりなんだから。
「では、値段ですが……」
「ぁ……」
嬉しそうに『商品』の値段を計算するリーブスを見て、私はとあることに気づく。
……私今、この世界のお金持ってないじゃん。
こんなことなら、最初に行った村か、その次の集落で金目のものを奪っておくんだった。まさかこんなことになると思ってなかったから……いや、そうでなくてもだ。
どうせ遅かれ早かれ、お金が必要になるかもしれないんだから。それとも必要なものがあれば略奪でもすればいいと、頭から排除していたのか。
「初回サービスということで、タダでよろしいですよ!」
「あの、実はお金…………タダ?」
お金がない、困った……それを訴えようとするが、それよりも先に、リーブスから驚きの言葉が。コルマのように値切った……とかではなく、私がアクションを起こす前から、タダだって?
「あの……聞き違いかな。今、タダって……」
「えぇ、確かに言いましたよ。アルファード殿のお連れなら、ぜひサービスを……それにあなた、いい目をしている」
不意に、リーブスは私の顔を……いや、目を覗きこんでくる。いい目をしていると、おそらく今の私の目はひどく濁っているから、誉められても嬉しくないんだけど……
とはいえ、それがリーブスの機嫌取りになったらしい。レア物である氷狼族であろうと、まさかタダにしてくれるだなんて。
「もちろん、今後ともウチをご贔屓にしてくれるならば、ですが」
……ちゃっかり、商売上手でもあるようだ。
ともあれ、こうして私は……人生初の人身売買を成立させ、奴隷を買うこととなった。




