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異世界召喚され英雄となった私は、元の世界に戻った後異世界を滅ぼすことを決意した  作者: 白い彗星
英雄の復讐 ~マルゴニア王国編~

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人身売買の世界



 その場に並べられた奴隷たちは、ざっと十人を超える。人族や獣人など、その種族は様々だ。老若男女、年齢も様々で見ていて痛々しい。


 みんな、その瞳に生気はない。もはや、奴隷になったことで死んだも同然だと思っているのだろう。



「……これが、奴隷」



 服と言えないほどにぼろぼろの布を着せられ、手錠と首輪で自由を奪われている。彼らがこれまでどんな人生を歩んできたのか、私には想像することもできない。


 けど、この村では当たり前のように奴隷が存在し、売買され……それを生業(なりわい)としている人たちがいる。全員が全員コルマのような人間ではないだろうが、買い手も確かに存在する。


 先ほど市場と言っていたし……奴隷を売買する場所も、どこかにあることには違いないだろう。



「どうですかなクーマ殿。若い女性なら、やはり屈強な男を好みますかな? 労働力にするもよし、サンドバッグにするもよし、それにイロイロと使うのもよしですからな」



 くくくっ、と喉を鳴らす下品な笑いが、耳障りだ。けど、その不快感を顔に出すわけにはいかない。


 リーブス曰く、男は女の、女は男の奴隷を買うことが多いのだとか。例外もあるが、基本的には異性が多いらしい。


 その理由は、用途は様々なものである……が、一番の理由は、言ってしまえば性処理に使うためだという。


 奴隷とは、人の姿をしているだけの物……そんな認識だから、罪悪感もなく、抵抗もしない奴隷に好きなだけ己の欲望をぶつけることができるのだと。


 物言わぬ奴隷を好きに組み敷きたい……そんな、人間の欲望が、奴隷となった者たちに対して爆発している。特に、エルフや猫耳などが生えた程度の獣人は、男に大人気らしい。



「こちらなどいかがです? 二メートルを超す屈強な男、ニファル・カナテラ。荷物持ちとしてばっちりですし、肉壁としても優秀! ナイフ程度では、この体に傷一つつけられませんぞ!」



 次々紹介されていく奴隷の中で、自慢の奴隷なのか強調して紹介されるカナテラという男。その言葉通り、屈強な筋肉を持った男だ。正直、この男ならば捕まった状態からも逃げ出せるんじゃないかと思える。


 筋肉を強調するためか、単にもったいないからかは知らないが、彼は上半身に布すら着せてもらっていない。それにより露なのが、すごい筋肉だ。師匠といい勝負かもしれない。


 そんな彼ですら、抵抗の意思は死んでしまっている。逆らう気力がなくなるほどの行為を受けたのか、それとも逆らえないなにかでもあるのかはわからないが。



「試してみましょうか。この、触れただけで指も切れるナイフ……これを、突き刺します!」



 言葉よりも見た方が早いと言わんばかりに、鋭いナイフを取り出す。実際に自分の指を軽く切り、赤い血が流れる。それが本物であることを確認。


 そして、そのナイフをニファル・カナテラの腹部へと突き刺す。本来ならば、その刃は肉を裂き貫通してしまうだろう。……だが、そうはならなかった。


 紹介された通りに、その体はナイフを通さない。まるで鉄に突き刺しでもしたかのように、切っ先は体を抉ることなくその場で動きを止めている。むしろちょっと曲がっている。



「ほっほ、どうです! まさに壁にぴったりの……」


「……もう、我慢できねぇ! ふざけんじゃねぇ!」



 愉快に笑う商人(リーブス)……しかし次の瞬間、ニファル・カナテラが口を開く。初めて聞いたその声は、怒りに満ちていた。これまで我慢していたものが、溢れだしたようだ。


 その瞳は、輝きを取り戻している。屈強なのは、体だけじゃなかったってことか……先ほどまで意志が死んでいるように見えたが、それでも完全には死んでなかったらしい。


 手錠をされているとはいえ、腕を動かすことはできる。ニファル・カナテラは両手を振り上げ、組んだ両手がリーブスの頭へと振り落とされる。


 あれが直撃すれば、並みの人間など頭から胴体にかけて簡単に潰されてしまうだろう。



「……やれやれ、立場を忘れたようだな」



 だが次の瞬間、冷たい声が響く。それは間違いなくリーブスのもの……私やコルマに向けていたのとは、まったく違う系統のだ。これが、この男の本性か。


 リーブスは。パチンと指を鳴らす。すると、ニファル・カナテラの体が痙攣し、青白い光にバチバチと包まれる。



「ぐぁああぁあ!?」



 あれは……体に、電気が流されている? しかも、静電気とかそんな生易しいものではない。下手をしたら死んでしまうんじゃないかと思えるほどの、膨大な電気……いや電撃。



「かっ……!」



 やがて電撃が収まると、ニファル・カナテラは膝から倒れる。密かに体は動いているから、死んではいないようだが。


 ……なるほど、あの首輪か手錠……おそらく首輪だろう……から、電撃が流されているのか。首輪が一番光っていたから、あれから電撃が流れる仕組みになっているんだろう。


 今みたいに、逆らったりしたら……その度に、電撃を流されるってことか。それによって、奴隷の心を殺すのだ。あの屈強な男でさえ、倒れてしまうほどの威力。


 恐怖での支配……それは、人を縛るには充分なもの。現に、今の光景を見た奴隷達は皆、震えている。



「やれやれ。……お見苦しいものを見せてしまい、申し訳ありません。あれはまだ商品として使い物にならないようですね」



 倒れた男にかける声もなく、リーブスはなんでもないように、今の流れについて軽く流していく。言うことを聞かなければ痛め付け、その後のフォローもしない……


 これが、こいつらのやり方ってことか。



「さあ、気を取り直しまして。こちらは武術の達人! さらに世にも珍しきドラゴンと人間のハーフである竜人(りゅうじん)カタナム・テンペスト! 観賞用とするもよし、ボディーガードとして使うもよし」



 見た目は普通の人間……しかし、その皮膚は人間のものとは大きく違っている。きらやかに光り、美しくその存在を主張している。ドラゴンとのハーフというなら、あれはおそらく鱗だろう。


 というか、ドラゴンと人間のハーフ、なんていう存在に驚きだ。そんな希少な存在、それだけで高値がつきそうだ。


 見た目は、リザードマンと大差ないが……そう見えるだけで、実際かなり違うのだろう。あっちはトカゲだし。


 その上、武術の達人か……ふむ、なるほどね。これは、欲しがる奴らも多そうだ。それに、私も少し興味がある。



「ロッシーニ殿、これは?」


「おぉ、さすがアルファード殿、お目が高い。それはかのサラダバ王国で、絶世の美女と謡われていた歌姫、キャロル・ニーヤ。その歌声は聞く者の心を震わせると言われています」


「ほほぅ、これはこれは……」



 離れたところでは、一人の奴隷に興味を示しているコルマの姿があった。


 ……へぇ、女の私から見ても、確かに美女と呼べるほどだ。ぼろ切れの布しか身にまとっていなくても、その美しさが損なわれることはない。


 むしろ着ているそれすら、一種の芸術品のようだ。しかもちゃんとした服ではないから、いろいろと見えてしまいそうなのが危うげで目を引く。


 ふぅん、歌声か……こっちも、以前の旅の中では出会うことのなかった種類のものだ。なかなかに興味深い。


 そんな彼女を、コルマは下品な眼差しで見つめている。体の全身をなめ回すように。離れたところから見ている私ですら嫌悪感を覚えるのだ、本人の気持ちは考えるだけで寒気がする。


 それとも、そんな感情すらももうないのだろうか。



「ふぅむ、気に入った! こいつを買おう!」


「おぉ、ありがとうございます。今回の目玉商品だったのですが、アルファード殿に買っていただけるなら本望です。では、本来ならこれくらいのところを……いつもご贔屓にしていただいてるアルファード殿に大マケして、これでいかがでしょう」


「うぅん、もう少し安くはできないか?」



 あの目は絶対に、キャロル・ニーヤを使って良からぬことをしようとしている目だ。良からぬといっても、犯罪的なことではなく、自分の欲求を満たすためだけのもの。


 考えただけで、吐きそうだ。



「クーマ殿? もしやクーマ殿も、ああいった奴隷をお求めで?」



 ……さすがは裏の人間。私の密かな目の動きも、見逃さなかったようだ。ただ、その指摘はまるっきり違うものだが。



「いえ……ずいぶんコルマは、あなた方と仲がいいんだなと」


「ほっほ、アルファード殿はお得意様ですからなぁ。仲がいい、というよりは協力関係と言った方が、正しいかもしれませんね」



 奴隷の協力関係なんて、聞いただけで虫酸(むしず)が走る。寒気はするし吐きそうだし虫酸が走るし……この短時間で私、私の中にまだ残っていた大事なものがどんどん欠けていってる気がする。


 あぁ、この空間にいると、心が廃れてくる……と同時に、どうしようもない感情が湧き上がってくる。


 この世界の人間を殺すのに、躊躇する必要はないんだな……と。むしろそんな気持ちを一瞬でも抱いたことが、間違いだったのかもしれない。



「……」



 もうここから逃げてしまいたい気持ちに駆られながらも、奴隷を一人一人見ていく。



「……ん?」



 奴隷を紹介される中でふと、私は足を止めていた。なぜかはわからない……が、目の前に立つ奴隷に、なにかとてつもない興味を惹かれたのだ。

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