第56話 奴隷商人
奴隷のいる村……か。もちろんこの世界の国や村全てに奴隷がいる、とかではないんだろう。現に、マルゴニア王国やヴラメ・サラマンの住む集落にはそんな物騒な気配はなかった。
けど、全部じゃないだけで……他の場所なんかでも、こういった奴隷は多く存在するのだろう。国とか、規模が大きくなればなおのこと。
……私が召喚されたマルゴニア王国でも、見なかっただけでもしかしたら同じように奴隷がいたのかもしれない。召喚された場所とはいえ、王国だ……国中全部を回ってはいない。
「ご覧になっていたのですか、アルファード殿」
「奴隷が市場に並ぶ前に声をかけるのは無作法だと思ったんだがね。どうしても、質のいい奴が欲しかったもので」
「いぃえ、他ならぬアルファード殿ならば歓迎です。他の者に取られる前に見定めておきたい気持ち、よくわかりますぞ」
私が考え事をしている間にも、三人は話をしている。
コルマが話す二人の男……一人は無精髭を蓄えた太めの男に、一人は長身だが足の短い男。彼らは満面の笑みを浮かべているが、胡散臭いことこの上ない。あんなに汚い営業スマイルは初めて見たよ。
コルマもコルマで、よくもまあ普通に話せるものだ、奴隷商人なんかと。……いや、世話になってると言ってたし、古くからの付き合いなら接し方もおのずとフレンドリーなものになってくるか。
「して、そちらのお嬢さんは?」
男達が疑問に思うのは、コルマの後ろに隠れるように立っている私の存在だ。
私のことを奴隷と思っていないようだ……フードを被っているとはいえ比較的きれいな身なりと、たった今奴隷を買いに来たコルマが奴隷を連れてるわけがないと感じたからだろう。
「彼女は、アン・クーマ。この村へ来る途中で出会ったんだ。心配しなくていい、害はない。どうやら奴隷に興味があるようでね、連れてきたんだ」
言ってないけどな、奴隷に興味があるなんてそんなこと。あったとしても、お前が思う興味とは180度違う。
勝手に同類扱いされて、勘弁してほしいくらいなのに。吐きそうなくらいだ。
「はじめまして。クーマと言います」
だが、ここで否定するわけにもいかない。この男ほど歪んでないと信じたいが、私だって、どんな理由にせよ奴隷に興味はあるのだ。
奴隷である彼らの目……あれは世界に絶望し、光を失った目だ。どろどろして、怒りとか悲しみとか、そんな言葉では表しきれないもの。
……私と、同じ目だ。むしろ向こう側と同類と認めざるを得ない。
「ほう、女性で……しかもまだお若いのに、奴隷に興味がおありとは」
太めの男が、私を見定めるように覗きこんでくる。フードで顔を隠しているから顔全体は見られていないとはいえ、さすがに覗きこまれると……
「これこれ、アルファード殿が連れてきたお方だ。それだけで充分でしょう」
「そうですな、これは失敬」
そこへ、長身の男からのフォロー。助かった……よくか悪くか、コルマがこいつらに絶大な信頼を得ているというのは、わかった。逆もまた然り。
「それで、クーマ殿はどのような奴隷をお求めで? やはりアルファード殿のように、質の良さを求めますかな?」
「質はいいんですがね、リーブス殿。あまり長持ちしないのは、なんとかなりませんかね」
「いやいやそれは、アルファード殿の使い方が荒すぎるのでは? 物は大切に使わねば、すぐに壊れてしまうのは当然の理」
「ロッシーニ殿の言うとおりですぞ。ま、そもそも奴隷を大切に、とは矛盾しておりますがな」
「違いない、あははは!」
……なんて吐き気のする会話なんだろう。まさか、この世界にこんな腐った人間がいたなんて。私が『勇者』として旅をしていたときには、こんな人たちはどこにも……
……結局、見ていたのはうわべだけってことか。『勇者』には綺麗な所だけ見せておいて、汚い所には蓋をする。どんな所にも、クズはいるんだ。
コルマと、リーブスと呼ばれた長身の男、ロッシーニと呼ばれた太めの男は、なにが楽しいのか揃って愉快そうに笑っている。大の男三人が笑っている……その内容が、もはや清々しいくらいに胸糞悪い。
「実は私、奴隷に興味はあるんですが、こういうのは初めてで……」
「なんと! そうでしたか……ではぜひとも、アルファード殿同様、私共のお得意様になっていただきたい」
とりあえず話を合わせてはおくけど……こういうのをごますり、って言うんだろうな。私も、『勇者』のときに経験があるからよく覚えてる。
もっとも、こんな胸糞悪いごますりは初めてだけど。
「では、まずは見ていただきましょう。私共が扱うのは、どれも一級品のものばかりですからな!」
奴隷に一級とかあるのかは知らないが……まあ、自慢の商品ではあるらしい。
はぁ、めんどくさいし、もうこいつらここで殺して、世界に絶望した奴隷だけ連れて行ってしまおうか。
「……」
……さすがに、無謀だな。この二人の男はともかく、コルマは実力が知れない。なにより、この馬車の中にいる何人、もしくは何十人の奴隷を連れていくのは目立ちすぎる。
……ここはひとまず、成り行きに任せるしかない、か。




