第55話 奴隷の村
私の目の先にいる人たち……彼らのことを奴隷と、コルマは確かにそう言った。
それが冗談でないというのは、彼らが身にまとう服とも呼べないぼろ切れのような布、重々しく付けられた手錠、そして首輪が物語っている。
そして……なにより、私の隣で怪しく笑みを浮かべる、コルマの表情は不気味以外の何物でもない。なぜ奴隷を目にして、こんなうれしそうな表情を浮かべることができるのか……
その答えはおそらく一つ。彼も『あっち側』ということだ。
あそこで話をしている三人の男。三人中一人か二人かの比率はわからないが、奴隷の売り手と買い手なのだろう。どっちにしろ、三人ともがご立派な服を着ている。
あっち側とは、つまりコルマは、買い手側の人間。現に、奴隷のことを『アレ』と、完全に人以下の存在として見ている。
「ど、れい……」
私は、初めて見るその存在に、口の中が渇いていくのを感じていた。以前この世界にいた時は、奴隷なんて存在、見たことも聞いたこともなかった。だからだろうか。
こんな大きな村にいるほど、奴隷というのはおそらくこの世界に精通した存在だ。なのに、見たことがない。
……それは当然だろう。この世界を救おうって『勇者』に、好んで奴隷の存在を明かす奴はいない。
もし、奴隷のように、この世界に恨みを持つ人間がいれば……と、そう考えたことはある。が、こうして目の前に実物を見せられてしまうと、素直に喜べない。
この村に着いてからの違和感……その正体が、これか。それに、コルマが言っていた……この村が賑わっている理由。奴隷という、人以下の存在がいるからこそ、労働などを彼らに押し付ける。
そして、気になることはもう一つ……
「あの、なんで私をここに?」
コルマの用事というのは、奴隷に関することで間違いないだろう。それはわかるが、なぜこの現場に私を連れてきたのかということだ。
普通なら、なにも知らない人間にこんな、人間の闇の部分を見せようとは思わないだろう。用事があってこの村に来ただけなら、私を連れてこずに適当に別れればいい。
「あぁ、それは……アンも、奴隷に興味があるんじゃないかと思ってね」
「……」
その疑問に対しての答えが、これだ。この男は、本当にどこまで人の心を見透かしているんだろう。
チンピラから助けてくれたときは、どうしようもないくらいに正義感に溢れたいい奴とも思ったけど……とんでもない。この男は、腹に底知れぬなにかを抱えている。
この村自体が奴隷を認知しているのか、一部だけなのかそれはわからないけど……下手な手は、打たない方がいいようだ。
「私が奴隷に興味がある……ってことは、もしかして売りつけようとしてます?」
私のことを、奴隷に興味がありそうだとそう認識して連れてきたということは……コルマは買い手の側の人間だと思っていたが、売り手の方だったのか?
「いや、そうじゃない。ただ、あの人たちには俺も世話になってるんでね。ぜひとも、キミに新しい顧客になってもらえたらなと思って」
涼しい顔で、とんでもないことを……新しい顧客って、企業のマーケティングのノリでなんてことを言うんだこの男は。人を売り買いしてるんだぞ。
どうやら、コルマは奴隷を定期的にあの男達から買っているらしい。だが、それにしては……
「お世話になってるわりには、お一人みたいですけど?」
コルマが誰か奴隷を連れている様子はない。もしかしたら近くに隠れているのではないかと思ったが、そんな怪しい気配はない。
……なんだか、妙な予感がする。
「あぁ、今は一人なんだ。だから、新しい奴隷を買うためにここに来たんだ」
「今は?」
なんだろうな、この妙な感じ……いや、妙どころじゃない。この男からは、とんでもなく嫌な感じがする。
「そう、今はね。以前買った奴隷なんだが、これが根性のない奴でね。屈強な男と聞いていたから、凶暴化したモンスターを倒すために突っ込ませていたんだよ。でも、ある時に途中でもう嫌だと泣き出した挙句に逃げ出そうとしたんだ。だから仕方なく、ね。だって主人の命令を聞かないどころか背き、挙げ句逃げようとしたんだ。処理されるのは当然だろ?」
「……」
モンスターに突っ込ませた……おそらく、単騎で行かせて自分は高みの見物だったんだろう。それも、その口振りから一度や二度じゃない……その奴隷の心が壊れるまで、何度も何度も。
最後は、モンスターでなくコルマ自身が、奴隷を殺したっていうことか。
「まったく、上物を勧められているはずなんだが、どいつもこいつも使えない。その前に買ったメスは、身体だけは好みだったんだ。だから余計なことは言わさず、ただ慰み者として傍に置いたんだが……長続きしないうちに壊れてしまってね。もっと楽しみたかったからあの時は残念だったよ。……あぁ、女性の前でする話じゃなかったかな。けど安心してくれ、アンは人なんだから、アレらとは違う」
「……そう、ですか」
ぺらぺらと、よく喋る口だ。馴れ馴れしいとは思っていたけど……この男、よほど自分の興味のある話題には語り口調になるらしい。奴隷にもかなりの執着があるようだ。
それにしても、やはり……奴隷は『人』でなく人以下……いや『もの』としてしか見ていない。危険なモンスターとの戦いに使う駒や、性処理のために玩具として扱う……およそ人間に対して行う行為ではない。
この男は、とんでもないクズだ。ま、奴隷を協力者として使えたらって考えていた時点で、私もそう変わらないかもしれないけど。
それでも、なによりも反吐が出るのは……この男が、自分の奴隷事情を赤裸々に話すほどに私のことを、『同類』として見ていることだ。つまりコルマは、私のことを……自分と同じくらいの奴隷狂いだと考えている。
私自身、すでに人の命を奪っているから、そう言った点ではこの男に嫌悪の感情を向けること自体間違いなのかもしれないが。
「お、そろそろよさそうだ」
先ほどから、熱く語りながらも奴隷たちを気にしていたコルマが、呟く。その言葉を受け、私も視線を向ける。
そこにあったのは、三人いたうちの男の一人が、引いてきた馬車を置いてその場から去っていっている場面だった。
つまり残った二人が、今去っていった男から奴隷を買い……そこからさらに、コルマのような買い手に売っていくということか。買い手が売り手に、そしてまた買い手が売り手に……そのループだ。
野菜や魚市場でも、新鮮な品物は新鮮なうちに売り……その後売られたものはスーパーなどに並び、新たに売られていく。嫌な例えだが、そういうことだろう。
そうして、二人になった男達が、馬車へ奴隷を入れているところで……コルマが、動く。
「お二人共、ご無沙汰しています。アルファードです」
「ん? おぉ、アルファード殿。これはこれは、いつもご贔屓に」
「いえ、こちらこそ。早速ですが、今仕入れたばかりの奴隷……買わせていただきたい」
奴隷を、買うために。




