『へん』な剣
「おい、なにをしている!」
ただの野道で通行料を払えと、わけのわからない男たちに囲まれ理不尽な言葉をぶつけられていた私であったが、突然かけられた言葉に意識がそちらへと引き寄せられる。
それは、私を囲っていた男たちも同様に、だ。
「なんだぁ、てめえは!?」
やれやれ、手っ取り早くこの男たちを殺して終わらせようと思っていたのに……誰だろう、水を差したのは。
もっとも、今の行為は本人の正義感からやっているのだろう。でなければ、こんな物騒な現場に自ら首を突っ込もうと思う物好きはいないだろう。
正義感があり、それでいて勇気もある。多人数に囲まれている人を、見ず知らずであろうと助けに入る。
あぁ、そうか……きっとこの人は『いい人』なんだろうな。
「大の男が一人を寄って集って……恥ずかしくないのか?」
その男は、ボニーよりも一回り大きな二足歩行のトカゲに乗っていた。あれは……確か、リザードルって名前の動物だ。
人の姿形をしているリザードマンという種族とは名前は似ているが大きく異なり、リザードルは動物寄りの生き物だ。二足歩行の大きなトカゲ、というイメージ。
本来ならば、馬車や荷台など引くのに適している生き物なのだが、この男は一人で乗っている。もちろん、移動用の生き物なので間違ってはいない。
男はリザードルから降り、男たちに……ややこしいな、チンピラたちに、近づいていく。見たところ、得物は腰に下げた剣一本だ。
体の鍛えられたチンピラと違い、男はなんの武術も学んでいないと思わせるほどに痩せた男。長身に、肩まで伸びた髪を後ろでまとめているのが印象的だ。
単に実力差では、チンピラ三人に瞬殺されてしまうだろうほどの差がある。
……普通に、考えれば。でも、あの男は……
「あぁ? っるせぇなぁ」
「おうおう、あんたも通行料払えや兄ちゃん」
「……はぁ。嘆かわしい」
チンピラに囲まれても、男は慌てる様子はない。それどころか、余裕の態度だ。あきれた様子でため息を漏らしている。
その態度がカンにさわったのか、チンピラたちはだんだん顔を歪めていく。もう、いつ手が出てもおかしくない状態だ。
「お前たち、こんなことをして恥ずかしくないのか?」
先ほどと同じようなことを言う男に、チンピラたちの表情はますます険しくなっていく。自分たちを完全にバカにしていると、そう思ったのだろう。実際そう捉えられてもおかしくはない。
「てめえ、あんま調子乗んなよ」
そして、しびれを切らしたチンピラの一人が持っていた剣を抜いたときだった。
「……抜いたな」
「はぁ? なに言っ……」
「抜いたからには、なにをされてもそれは同意の上と言うことだ」
チンピラが剣を抜いたのと、男が動いたのは同時だ。チンピラの抜いた剣……しかしそれには、刀身がついていなかった。
いや、正確に言うならば……刀身は、途中から欠けていた。はじめからそういう形の剣でないことは、チンピラの表情を見るに明らかだ。
それはまるで、なにかに折られてしまったかのように、刀身部分が途中で欠けてしまっていたのだ。
チンピラたちは、なにが起こったのかわかっていない。が、私には見えた。
チンピラが剣を抜いたその瞬間……男が腰の剣を抜き、目にも止まらぬ速さでそれを振り抜き、チンピラの剣の刀身を切り落としたのだ。
「……速い」
自画自賛というわけではないが、私だから追えた速度だ。正確には、私以外でもたとえば勇者パーティーで死線をくぐり抜けたメンバーなら見えただろう。
少なくともそこらの素人チンピラでは、男がそれを行ったことすらわからない。
だからチンピラたちは、その場で呆然と数秒……直後、ようやく我に返り他の二人が剣を抜く。けど、遅いな。私なら今の数秒で、三人の首を取ってる。
それはおそらく、男にも可能であろう。それをしないのは、余裕の表れということか……なんにせよ、こんなチンピラとではレベルが違いすぎる。
体格や雰囲気が勝敗を分けるわけではない……それは、この一年で嫌というほど学んできたことだ。
「くそぉ、どうなってやがる!」
「ったくなにしてやがる! なめられちまうぞ!」
「っるせぇ!」
あぁ、こいつら……三人組んでるくせに、全然統率が取れていないんだな。人数の有利を生かせていない。ただ金になりそうって理由だけで結託しているだけ……だから、こんな些細なことでも言い争いをする。
しかし、些細なそれは、この場ではもっとも愚かなことだ。このやり取りだけでも、チンピラたちは本来三回は死んでる。それにすら、気づいていない。
「……仲間割れはいいから、ここから出てってくれないか?」
言い争う三人を見てため息を漏らす男に、チンピラたちはようやく言い争いをやめる。敵であるはずの人物に仲間割れを止められる始末。
ここまでくると、もうコントだ。チンピラコントでも見ている気分。全然面白くはないけど、とりあえず暇潰しには、なったかな?
「なに余裕そうにしてんだてめえ! ぶっ殺すぞ!」
「それは困るな。だから……こちらも殺されないよう、抵抗させてもらうぞ」
言って、男は剣を抜く。さっきは速すぎてよく確認できなかったけど……その刀身は、紫色だった。本来ならば銀色の刀身は、紫に怪しく、光っていた。
細身で、一見するとチンピラの持つ剣とそう大差はない。言うなれば、刀身の色くらいだ。だけど……なんだろう、この気持ちは。胸の奥が、ぞわぞわする。
あんな剣、これまでの旅の中でも見たことはない。グレゴはもちろん、誰も持ってすらいないものだ。それに……ただ珍しいだけではない、なにかが『へん』なのだ。
「ふざけやがって!」
「てめえやっちまうぞおらぁ!」
「……忠告は、したぞ」
下品に叫ぶチンピラたちを前に、男は静かに息を吐く。それは呆れのようにも感じとれ、チンピラたちをさらにイラつかせる。その直後だ……空気が、男の出す雰囲気が、変わった。
先ほどまでは、正義感溢れた熱い……しかしどこか穏やかなもこだった。しかしそれが、一瞬にして……肌を突き刺すような、冷たいものへと。




