精霊を殺せば
水の精霊を捕まえ、離さない。どうやら今、水の精霊はあらゆる技、回避行動が使えないらしい。ただじたばたともがくだけ。もしかして、この手は触れたものの能力を封じる力があるのかもしれない。
人間の姿になっている水は、もがき、首の部分を締め付けている私の手を離そうと、手首を掴んでくる。けれど、触れたところから呪術に侵食されるのだから、それは悪手だ。
その体が、どんどん黒に侵食されていく。
「おの、れ……忌々しい、呪術……! わらわ達の力の半分を奪い、なおもこのようなことを……!」
「?」
なんだろう、なにか言ってる。呪術を忌々しく思っているのと、なにか関係があることだろうか。
ま、どうでもいいことだ。私が今興味があるのは、この力で精霊を殺せるのか。そして精霊を殺したとき、なにかが起こるのか。それだけだ。
「貴様、本当に、やめろ! わらわを、精霊を殺すなど……世界のバランスが……っ!」
「……ふぅん、そうなんだ」
本気で命の危機を感じているのだろう、その声色は以前聞いた余裕のある、機械めいたものではない。焦っている……あの生意気だった水の精霊が、焦っている。
しかも、ご丁寧に自分を殺せば世界のバランスが崩れるなんて情報までくれて。それだけ頭が働いていないのか……私が、一番欲しい情報だ。
「うん、わかるよ。人って本当に死にそうなとき、つい変なこと口走っちゃうよね。精霊も同じなんだ」
「くっ……」
「あ、精霊って死ぬって概念とかもしかしてないのかな? だったら初めての死の予感ってやつ? あっはは、よかったねぇ、一つ新しい感情を知れたじゃない!」
水の精霊……それは文字通りの存在。そしてすべての水を操る。空気中の水分だって、思いのままだ。まさに、世界中の水を好きにできるのだろう。
だから、その精霊を殺すってことは……もしかしたら、世界中から水が消える……なんて。
……でも、この焦りようはあながち間違いでもなさそうだ。もしそうだとしたら……
「それは……なんか、すごい魅力的だね」
水の精霊を殺すことで、仮にこの世から水がなくなるという現象が起こるのだとしたら……
……聞いたことがある。人間というのは、食事をとらなくても一ヶ月程度は生きていられる。でも、水がなければ三日程度で死んでしまうと。そう、水はそれだけ、人が生きていくのに必要なものなんだ。
だから、もしも水がなくなれば……
「くくっ……あははは……」
「っ?」
水の精霊を掴み上げたまま、足を動かす。向かう先は、未だ倒れたままのユーデリア。うつぶせに倒れたままの、ユーデリアに近づいていき……
パキッ!
再び作り上げていた氷の義足を、踏んで砕き割る。まだ、なにかしら抵抗しようとしていたのだろうか。
「アン……!」
「ユーデリア言ってたよね、私が甘かったって。やり方が遠回りだって。なら、望み通りにしてあげるよ! 精霊を殺して、この世界を、終わらせてやる!」
「……っ」
「あっははははは!」
そうだよ、考えてみればすぐにわかったことじゃないか。精霊なんてごたいそうなものを名乗っているからには、この世界に甚大ななにかを担っている可能性が高い。実際、とんでもない量の水を操るなんて芸当をしてみせた。
私が考えていることも、現実的に不可能と思えても実際には……わからない。
「ま、殺せば、わかるよね……」




