人から向けられる憎悪の感情
「はっ……!」
ヴラメを始末した私は、集落に残った人間の殲滅に取り掛かる。
突如あがった火、そして王国の元騎士の暴走によりただでさえ混乱していた人間達を始末するのは、面倒なようで思いの外簡単だった。
ばらばらに散った一人一人を探すのが少し手間だっただけで、実際には辺りの人間の気配を辿って始末してしまえば、たいした問題にはならない。
旅を続けるうち、私は人の気配というものを感じ取ることができるようになっていた。相手が魔族であればすぐにわかるが、それが人間でも、関係なく。敵意を持った者なら、なおのこと。
とはいえ、あまり広範囲に渡ってという便利なものではない。どこもかしこも感じることができるなら、この復讐だってもっと楽になるだろう。
なので、気配を辿って辿って……この集落の人間を皆殺しにするのに、そこまでの時間は掛からなかった。
「……なーんか、すっきりしないや」
やはりあっけなかったせいであろうか、私の気持ちは晴れない。それとも、私の召喚に関わった人間たちではないからだろうか。
罪悪感はない。同情も。しかし、気分は晴れない。もやもやする。ヴラメの身に起こった事態が、実は気がかりなのだろうか? まったく気にならない、と言えばそりゃ嘘になるけど……
まあ、それが私の復讐の邪魔になると言うなら……さっきのヴラメのように、容赦はしない。それだけだ。
「結局手掛かりなし、か。まあいいや、さっさと次に……」
「うぁあああ!」
人のいなくなったはずの集落に見切りをつけ、次へと向かおうと思い至ったときだった。幼い声が、響く。
とっさに私は意識を集中し、声の方向へ視線を向ける。そこには、小さな女の子が私に向かって走ってきていた。その手には、ギラリと光る刃物が握られていた。
「っと」
少し驚きはしたが、いくらなんでも子供のそれを避けられないほど油断はしてない。なんの考えもなしに突っ込んできているから、少し体を横にずらすだけで避けられる。
私に突撃することに失敗した子供は、走った勢いを殺せずその場に転んでしまう。受け身もなにもない、転んだ姿は痛そうだ。なんなんだ、この子供は。
ただ、転んでも痛がる素振りを少し見せただけで、すぐに立ち上がる。その姿勢は立派だ。だが、刃物を人に向けるのは当然初めてなのだろう、その手は震えている。
しかし小さな子供のその目は、涙を流しながらも憎悪に染まっている。……あぁ、この集落の生き残りか。親か周りの人間を殺されて、その犯人である私に刃を向けたっていうことか。
憎悪の目……それは、まさしく私に対するものだ。それでも、先ほどまでは恐怖に震えていたのかもしれない。……だとしても、気配を感じ取れなかったなんて、私もまだまだだな。
私も……こんな目をしているんだろうか。もしそうなら、まさしく合わせ鏡だ。
「ねえ、私が憎い?」
だからか、私はなぜかこんなことを聞いていた。
それを受けた子供……女の子は、一瞬呆気にとられた表情を浮かべる。しかし、その表情はすぐに憎悪に戻る。
「あ、当たり前だ! お前が、わ、わたしの、お父さんと、お、お母さんを……!」
あぁ、やっぱりそうか。私がこの世界に向ける感情と同じ……この子が私に向けるのも、憎悪、いや復讐という感情だ。私は、この世界に私の世界を壊された。この子は、私に自分の世界を壊された。
なんとも、わかりやすい構図ではないか。
「そっか……私もね、この世界が憎いんだ」
「ぇ…………っ!?」
うまく笑えたかはわからないけど、私は女の子に笑いかけてから……その首に、手をかける。もがく女の子の体を宙に浮かせると、もがくその腕はぶんぶん振り回され、私の腕や頬を傷つけていく。
そんなもの、なにも感じなかった。痛みも恐怖も、なにも。代わりに首を握る手に力を込めていく。それだけで、もがく女の子の体からは次第に、抵抗の力がなくなっていく。
この子の両親を……この子の世界を、私が奪った。私がやっているのは、こういうことなんだ。世界を恨み、人に憎まれ、この子のように憎悪に満ちた目を向けられるということだ。それが、私がやっていること。
「……ふふ」
なぜだか、笑みがこぼれた。人の人生をめちゃくちゃにしておいてのんきに過ごしていた奴らへの、報復が出来るという改めての実感にであろうか。
私の手で、お前らの人生を壊してやった充実感によるものであろうか。
あぁ、やっぱり私はおかしくなってるのかな……そんなことを頭の端っこで考えながら、女の子の首にかけていた手に、一気に力を込める。
ボギッ……
……女の子の首は、簡単に折れ、その命は絶たれた。
「はは……あ、ははは……!」
息が絶え、脈がなくなったその体をその場に放り投げ、私は狂ったように笑っていた。
まだこれからの人生をたくさん、たくさん生きるはずだった子供の命を奪っておいて。妹と一瞬被ってしまった女の子の人生を壊しておいて。
「あははは、くぁはははは!」
私は、狂ったように笑っていた。




