狼と精霊
突然現れた、水の精霊ウンディーネ……なんの前触れもなく、いきなり姿を見せた様子に驚きを隠せない。
ここに現れた理由は、先ほど言っていた通りだろう。私を、確実に殺せるタイミングをうかがっていた。それはつまり、これまでのどの戦いよりも今私が満身創痍だっていうことだ。
ただ……
「まるで、ハイエナ……いいとこ取り、なんて、ずいぶん汚い真似、するんだね。精霊なんて、呼ばれてるくせに……」
精霊と呼ばれる存在が、機会をうかがっていたとかカッコいい言葉を使っても、やっているのはいいとこ取りだ。弱った相手を仕留める、それはまるでハイエナだ。
もちろん、それを卑怯だなんて抗議するつもりはないが……せめて、恨み言をぶつけたい。水の精霊を、あの時倒すのだって苦労したんだ。なのに、今この状態になって、現れるなんて……
「なんとでも言うがいい。この世界を危機に陥れている貴様を排除するためなら、わらわはいかなる方法も辞さない」
……挑発も、効かないか。冷静さを欠いてくれれば、この場を切り抜ける算段でもつくんだけど。
「……おいおい、なんだよあんた」
だがそこに、別の声が割り込む。ユーデリアだ。ユーデリアは、突然現れた水の精霊……人の姿を型どったそれに、向ける視線は決して優しくはない。
そういえばユーデリア、私が水の精霊と戦っていたとき、あの場にはいなかったな。私も、水の精霊の話をしたことはないし、知らなくても当然だろう。
「……氷狼の子供、唯一の生き残りか。安心せよ、お主と敵対するつもりはない。むしろ立場を同じくする者だ」
「……立場?」
「その小娘を、この世界より排除する」
水の精霊の目的は、私を消し去ること。そしてユーデリアの目的も同じ……二人の思惑は一致している。手を組まれでもしたら、厄介すぎる。
水を操る水の精霊。そして氷を操る氷狼。水は氷に、氷は水に。それぞれ深く繋がっている。お互いの力を引き上げるのに、最適な力関係だと言えるだろう。
くそっ、呪術に呑まれていたのが、ようやく冷静さを取り戻してきたとこだっていうのに……!
「そこで見ていて構わない。その小娘は、精霊であるわらわが責任を持って排除する……」
「……!」
来る! 空気中の水蒸気を、攻撃手段として利用するつもりだ。以前戦ったときから、その戦い方はわかっている。だから、なんとかして注意していれば、攻撃をかわせるはず……
思った通り、空気中の水分が固まり、形を成していく。それは殺意ある武器へと変わり、私へと狙いを定めて……
パキィイン……!
……激しい音を立てて、凍りついた。
「……は?」
「む……?」
「いやいや、なにを突然出てきて、ワケわからないことを言ってるんだよ」
それか突然凍りつくなんて、その原因は一つしか考えられない。だけど、それを凍りつかせる理由がわからない。わからないが、それを凍りつかせたであろう本人が、再び割って入る。
「……なんのつもりだ、氷狼の子供よ」
「それはこっちのつもりだ。アンは……その女はボクの獲物だ。いきなり出てきて、奪おうっての?」
「今はそんなことを言っている場合では……」
「言っている場合もなにも、精霊だかなんだか知らないがあんたがなんかしなくても、ボクだけでアンは殺せる!」
次の瞬間、周囲の水蒸気は凍りついていき、無数の氷の槍が完成する。ユーデリアの力が水の精霊の力を上回った……という単純な話ではないだろう。二人の間に意見の対立はあっても、衝突しようという空気は感じられない。
ユーデリアの気迫が、水の精霊に待ったをかけるほど激しいだけで……
「……いいだろう。わらわとしては、その小娘を消せればなんでもいい」
「ふん、上からだな」
パキパキ……と音を立てて、ユーデリアの両腕が氷に包まれていく。腕だけだ。全身ではなく、部分的な変化……
くそっ、水の精霊が現れたことで、二人が協力しなくても結果的に水分が増えた。ユーデリアの武器が、増えたってことだ……




