その代償は
…………意識が、沈んでいく。不思議だ……意識が、自分の意思とは反して沈んでいく。これは、そう、あれだ。睡魔に襲われたときの現象に、よく似ている。軽めの睡魔ならば耐えられるけど、重めの睡魔であれば自分の意思を越えて、意識が沈んでしまう。
けれど今私を襲っているのは、睡魔ではない。あくまでも例えだ。いや、ある意味では睡魔と同じかもしれない。
「……っ」
今、意識を失うわけにはいかない。命のやり取りの最中に命を失うなんて、そんな自殺行為、この場でするわけにはいかない。
だから、なんとか意識を保とうとする……が、これはどうにかしようとしてどうにかなるものじゃない。意識が……いや、今自分が立っているのか、さえも……
「『英雄』アンズ・クマガイ……かつてはこの世界を救った人間が、どうして世界を滅ぼすようなことをしているのかは知らないが。それほどの人物が、哀れな最期だな」
意識が沈んでいく……そのぼんやりとした感覚はあるのに、聴覚だけはいやに敏感だ。ケンヤがなにをしゃべっているのか、先ほどまではよく聞こえなかったのに、今度はよく聞こえる。
哀れな最期、だって? ふざけるな、私がまるで、もう死ぬみたいなことを……私はこんなところで、お前なんかに……いや、呪術なんかに……
「あ、れ……?」
目の前のケンヤを睨む……が、なにかが落ちた音がした。なにかが視界の端に映る。下方向だ、なにかが……どうしようもなく無視できないなにかが、映った。
それがなんなのか、確認するためにゆっくりと、視線を動かしていく。すると、そこにあったのは……
「……腕?」
地面に、人の腕が転がっている。腕だけが、だ。指の向きから、右腕だろう。なぜ、腕だけがこんなところに?
……どうしようもない違和感があり、そっと、自分の左手で右腕部分に触れる。……そこにあるはずの感触がなく、なにも手触りを感じられない。なにかの間違いかと思う。
だから、恐る恐る……顔を動かした。右腕部分に、そんなはずがないという思いを込めながら、ゆっくりと右腕がくっついていることを確認して……
「……! な、んで……」
そこに私の……正しくはノットのだが、右腕はなかった。腕が生えているはずの、肩の部分から先がきれいに、千切れていた。
痛みも、なにもない。ただ、地面に落ちたなにかの音……それが右腕だったのだということだけは、理解できた。なぜ、そんなことになったのかはわからない。くっついていたはずの腕が自然と千切れるなんて、意味がわからない。
「なんで……なんで……?」
同じ疑問が、何度も出る。頭の中に浮かぶのは、そう、なんで、だ。まさかこれも、呪術の影響だというのだろうか。
それに……この、右腕がなくなったということは……
「……!?」
右肩部分……そこから、黒い煙のようなものが発生する。これがなんなのか、考えるまでもない……あの呪術だ。ノットの右腕が生えてきてから、まったく気配を見せていなかった、呪術の黒い力だ。
もとはと言えば、この黒い力が右腕部分から出現し、ノットの右腕の呑み込んだことでノットの右腕が生えてきた。それは、食べた、と言ってもいいのかもしれない。
元々私の右腕ではない……けれど、一度体に生えたものが、斬られるでもなく自然と千切れるなんて。そんなことが、あるのだろうか。
それとも、腕が取れたのはノットの……自分のものではないから、という意味ではないのだとしたら……
「いい表情になってきたじゃないか。さすがのキミも、そういう事態には慣れてないみたいだね」
「……!」
そういう事態……つまり、体の各部位が取れていく。そんなの、これまでに経験したことがない。一度、自分の右腕がマルゴニア王国での戦いで千切れたことはあったけど……
これは、それとはまったく違った感覚だ。




