第48話 知らないなにか
「うらぁあああ!」
私は再び、ヴラメの腹部へと拳を打ち込む。しかし……先ほどと同じく、ダメージが通った様子はない。
これは……単に正気を失っているわけでは、ないのかもしれない。ヴラメの、理性……いや意識そのものがなくなっている?
正気を失っている時点で意識がないと言えるが、それとは別……少し意味合いが違う気がするのだ。なんと言えばいいか……ヴラメ・サラマンという人間の『中身』がなくなっている?
「おっ、と!」
そこへ、ギラリと光るものが。とっさに後ろに飛んで、振り下ろされた剣から身をかわす。が、髪が少し切れてしまった。
腰に下げていた剣を抜き、振り下ろしたのだ。さすが騎士団の元団長というべきか、正気を失ってなお構えは立派なものだ。一分の隙もない。正気を失っても、体は覚えているということか。
グレゴと立ち会ったときと、同じ構え。正気を失っていても、その佇まいはまさしく剣士だ。
焦点を失った瞳でも、しっかりと私に狙いを定めているのは、今になってやっと私という存在に気づいたのか。それはわからないが、今までゾンビみたいにわけもわからず声を上げていたのが、少しだけ静かになった。
「どうしてそんなになってるのかは知らないけど……私には、関係ないよ」
剣士に対して、接近戦は不利。しかし、私は遠距離からの攻撃手段を持たない。まったくないわけではないが、そんな小細工はこの男には通用しない。たとえ正気を失ってても。
今できるのは、この肉体で戦うことのみ。
それが、ヴラメに通用するかはわからないが……せいぜい、楽しませてもらう!
「うぉああぁ!!」
「ぅあぁあ……!」
私の拳とヴラメの剣とが、ぶつかりあう。本来ならば素手で刃物に立ち向かうなど、正気の沙汰ではないだろう。
……本来ならば。
「ぅ……?」
ヴラメも、正気を失っているとはいえ異変に気づいたのだろう。やはり、正気は失っても元騎士としての本能というやつが、彼に残っているのか。
パキパキ……と、金属がひび割れていく音がする。どこからその音が出ているのか……答えはひとつだ。
パキンッ……!
「ぅあぁ……!」
ヴラメの握っていた剣は、刀身からもろく砕け散る。金属の、それも見た感じ相当念入りに手入れされているだろう剣……それが、私の拳とぶつかり合ったことで、原型なく砕け散った。
自慢じゃないが、私の拳は金属くらいなら容易く砕ける。もちろん、拳を打ち込む角度とかを考えないといけないけど……それでも、多少の誤差なら問題ない。
今だって、ただばか正直にぶつけあったわけじゃない。ちゃんと刀身の弱点を狙い、砕きやすい角度を定め、拳を打ち込んだ。
「……っ」
ただ、これは運が良かったと言わざるを得ない。今の剣には……ヴラメの、心が乗っていない。グレゴが言っていた。一流の剣士は剣に、心が乗ると。心の乗らない剣など恐れるに足らないと。
言ってることの意味はよくわからなかったけど、グレゴと打ち合いしたときには、わからないながらにそれを感じることができた気がした。
それは、いくら一線から退いたとはいえ、グレゴよりもよほど実力者であるヴラメも同様のはずなんだ。グレゴとの立ち会いでは、直接打ち合ってないのに心を感じることがたできた。気がする。
今は……ヴラメが正気を失っているせいか、今の剣にはヴラメの心が乗っていない。本来のヴラメ相手であれば、今の一撃だけでは剣を砕けなかっただろう。なんせヴラメは、借り物の剣でグレゴに圧勝したのだから。
「なんにせよ、これで丸腰……! 問題は……」
どういう理由か知らないが、ヴラメが正気を失ってくれていたおかげで、事は有利に進んでいる。
そして本来ならば、騎士から剣という得物を奪ったのは喜ばしい功績だ。だが、この男はそうもいかない。なにせ、私の拳を二度受けてなおダメージがないのだ。
それは元々体が硬い……というのとは、別の問題であると思う。
こんな相手から攻撃手段を奪ったところで、たいした好転にはならない。むしろ、どうやってダメージを与えるかだ。
いかに屈強な男とはいえ、人間であることに変わりはない。やはり、正気を失っているこの状況が関係しているのは間違いないだろう。
結局、原因を追及しようにも本人はこの有り様。周りの人間も、逃げるのに精一杯だ。とても、誰かに状況を聞ける雰囲気ではない。
この分じゃ、こいつを捕らえてから王国の情報を聞こうって考えも、意味をなさなくなってしまうな。
「ぅあぁ……!」
「ちっ……仕方ない、か」
呻き声を上げ、丸腰でもなお私に対して攻撃を仕掛けるヴラメ。その姿に、以前の生き生きとした生気は見当たらない。
それに、今の思案中にも何発か腹に拳を打ち込んだが、それも通用しない。腕や脚、そこにも打撃を与えたが、ダメージが見られない。我慢とかそんなのではなく、もっと根本的なもの。
なるほど、仕方ないか……いちいち原因を探して正気に戻すのも面倒だし、この集落でも手がかりゼロになってしまうけど……
「あぁ、あぁぁ……!」
「うるさい……!」
まるでゾンビのように向かってくるヴラメの体当たりを避け、その場でジャンプして奴の顔面を、掴む。身長差はあったが、こうしてジャンプしてしまえば問題はない。
そのまま、掴んだ手に力を込める。顔面を、このまま握りつぶすつもりだ。打撃が効かないなら、直接命を絶ってしまえばいい。
人間というものは、いくら変化しても急所は変わらない。顎を揺らせば脳も揺れるし、心臓をつけばその機能は停止する。顔面を破壊すれば……結末は、一つだ。
体格のまったく違う相手だが……それも、私には関係ない。それこそ、卵を握りつぶすように手に力を込めていき……
「ぁ、うぁあ……!」
グシャッ……!
握り、潰した。
さすがに顔を握りつぶされては生命活動を維持できないのか、ヴラメはその場にうつ伏せに、倒れる。これで、死んだか……
いや、まだ少し生きていたのか体がピクピク動き、痙攣していた。うぅ、気持ち悪い……
「でも……」
やがてその動きも、なくなった。完全に、生命活動は停止した。
始めこそ、この異常な状況に動揺を感じたが、結局のところは大したことなかった。あっけない最期、といえばこの通りだ。状況は私に有利に働いてくれたが……
……ヴラメが正気を失い、おそらく集落に火を放ったであろう理由は、結局わからなかった。
……私の知らないなにかが、この世界で起こっている?
「まったく仕方ないな……でも、面倒だな」
集落を破壊する手間が省けたとはいえ、逃げ惑う人々を一人一人殺すのは少し面倒だ。結局、ヴラメに勝てたのはこの状況のおかげだが、同時に余計なこともしてくれたわけだ。
私の復讐の邪魔を、したということか。そういう意図がないとしても……
……もしそういうことなら、邪魔をした相手も、容赦なく殺してやる。




