封じられた呪術
まばたきほどの一瞬の時間……というほど短くはないが、それでも深呼吸をしていたほんの数秒。たったそれだけの時間で、目を閉じる前と開いた後の景色が、一変していた。
目の前には、数えるのも嫌になるほどの数の、氷の兵隊がいた。文字通り氷から作られ、狼の姿をしていても意思はなく、ただ敵と定めた私たちを襲ってくるだけの存在……ユーデリア本体のように強力な冷気を放つなどはしないが、それでも数で攻められたら厄介な相手。
そいつらを倒す。そのために、一呼吸整えて、覚悟も新たにしたのだが……
「……どうなってるの?」
そこには、なにもなかった。正確には、氷の兵隊の姿だけがなく……代わりに地面には、氷の破片が落ちていた。これまでにも氷の兵隊を叩き割ったら、砕けて氷の破片となった。それと、同じものだろう。
つまり、今の少ない時間の間に、氷の兵隊がすべて倒れた……ということだ。それも、誰がどんな手段で、それを悟らせることもなく。
今さら、また私の中でなんらかの力が覚醒したのではないか、と都合のいい展開は期待しないが、だとしたらいったい……?
「……?」
そのときだ……自分の、体の中でなにか、妙なざわめきがあることに気づく。なんか、違和感というか……胸の奥が、ざわざわする。
この気持ちには、覚えがある。これは……呪術の力が、発現したときのあれだ。右腕が生えてからはすっかり息を潜めていたそれが、今になって暴れだしている……そんな感じ。
右腕がない頃は、私の意思とは関係なく千切れた右肩の部分から、黒い腕の形をして出てきた。呪術特有の嫌な感じが、私の体内にあるというのはなんとも胸くそ悪い気分であった。右腕が生えてきてから、まさか呪術の力が消えたとは思っていなかったが……どうして今、このざわざわ感じが?
もしかして、右腕が使い物にならなくなったから、ってのが関係あるのか? もしかして、新しく生えてきた右腕が呪術の力を封印する役割を果たしていた……その右腕がこの様になり呪術の力が出てこようとしている?
その力の片鱗が、目の前の光景の答え……と考えても、一応筋は通る。
「くそっ……」
これまで、この呪術の力に助けられる形になってきたのは、確かな事実だ、それは認めよう。しかし、それは望んだ力ではない。いつの間にか私の中に勝手に出現した、変な力だ。
エリシアの故郷に行ったとき、この力はエリシアの左目を得た際の副産物ではないか……という結論には至った。だから、呪術の力とは切っても切れない関係にはなっている。
それでも、自分の意思とは関係なく暴れだすこの力は、厄介なものでしかなくて……
ドクンッ……
「うっ……ぶ、ぉ、えぇ……!」
突如、体の奥から気持ち悪いものが溢れてくる。なんだこれ、吐き気……?
思わずその場に膝から崩れ落ちると、胃液が口から出てくる。食べ物が出てこなかったのは、もう消化されてしまったからだろうか……なんだこれ、いったい?
なんていうか……自分の中でなにかが、渦巻いているような。ダメだ、抑え、きれない……!
「はぁ、はぁ……あぁあ……!」
急激に目眩が起こる。まるで地面が揺れているような感覚……いや、本当に揺れている?
周囲の地面はひび割れ砕けていき、その範囲は徐々に広がっている。離れたところにいた氷の兵隊も、砕けていくのが見える。
「きゃっ」
ふと、あこの声が聞こえた。ユーデリアと戦っていたはずのあこだが、どうやらそこにまでこの揺れは届いているらしい。
「ちっ、邪魔だ!」
と、うっとうしそうなユーデリアの声。ぼんやりと、私に向けて冷気を放っているのが見える。それが到達してしまえば、氷付けにされてしまうだろう。が……
冷気は、私に届く前に一定の範囲に入った瞬間、砕ける。
「!?」
おかしい、変だ……それに、閉じられていた左目まで、痛みを感じてきた……!




