第47話 燃える集落
たどり着いたのは、燃える集落。建物が燃え、奥に進むにつれて逃げ惑う人々の阿鼻叫喚が轟く。本来ならば、復讐をしに来た私がこの光景を引き起こしていたと言っても問題ないほどの展開。
しかし、今私はこの集落に来たばかり。この事態を引き起こしたのは、私以外の誰かということだ。
そしてそれをした人物はおそらく、今私の目の前にいる人物だ。燃え盛る火を背に、一つの影が……男が、立っている。その瞳は、どこか虚ろに見えた。
「あなた……ここで、なにをしてるの?」
その男には、見覚えがあった。スキンヘッドの強面の男、一目見ただけで迫力のある人物。しかし実際には、初めて会った私達にもすごく丁寧に、優しく接してくれた人。
というか、先ほど思いを馳せていた、マルゴニア王国の元騎士その人だ。この人は一筋縄には倒せないと、覚悟を決めてここに来たというのに……
「ヴラメ・サラマン……!」
そこに立つ男は、見間違えようのない人物。獣人とかそんなんではなく、単純にこんなにインパクトのある人間も、そうはいない。
この世界に戻ってきてから、早くも死闘を繰り広げることになるのは、その人物だと思っていた。その、はずなのに……
「あの目は、正気じゃないね」
様子が、おかしい。なにがおかしいって、パッと見でわかるくらいに異常だ。
まず、完全に瞳の焦点があってない。こっちを見ているようで、見ていない。見ていないようで、見ている。そんな不気味にすら感じる目だ。
それ以外にも、さっきからなにか呻き声のようなものを漏らしている。「あー」とか「うー」とか、そんな意味もない言葉。まるで映画で見るような、ゾンビだ。
そんな異常人物がいれば、この事態を引き起こしたのはイコールこの男だと考えても不思議ではない。なにより、集落がこんなになってるのにぼーっとしてるなんて、らしくない。
一緒にいた時間こそ少ないが、この男はかなりのお人好しだ。聞いた話だと、味方は当然ながら敵にすら、情けをかけるほどに甘い……いや、心の優しい人物。それは実際に接して、実感した。
実力はあったにもかかわらず王国を去ったのだって、人を傷つける行為に限界を感じてだという。もっとも、本当の理由は別にあるんだけど……その話は、一旦置いておこう。
そんな人間が、よりによって燃える集落を放置し、あまつさえ逃げ回る人々に見向きもしないなんて考えられない。助けに動くのが、この人の人柄だ。
普通の人間ですら、せめて自分だけでも逃げるくらいの行動は起こすだろう。
その素振りすら、ない。
「……なにが……」
燃え盛る集落、逃げ惑う人々、完全に様子のおかしい人物……これだけの要素が集まれば、なにかあったとしか思えないが。……いや、私には関係ないことだ。
関係ないどころか、むしろ手間が省けたではないか。集落を燃やしてくれて。どうせ全部壊すんだから。
ま、蜂の巣をつついたみたいに逃げ回る人間全員を始末するのは、少し面倒だけど。人の気配を読む、いいトレーニングだと思えばいい。
「でも、まずはあなただね……ヴラメ・サラマン!」
とにもかくにも、まず標的は目の前の男。対面している私の存在を認識しているのかすら怪しいが、そんなことはどうでもいい。
様子がおかしいなら、おかしいそのうちに……殺してしまえ!
「はぁああ!」
その場で踏み込み、ロケットのように一直線に発つ。踏み込んだ地面は割れ、まさにロケットスタートだ。
この勢い、さらにこれだけしかない距離。そこまで長くもない、せいぜい三百メートルだ。この程度なら、相手からは私が消えたように映るはず。
加えて相手は様子がおかしい……おそらく正気を失っている。こちらの動きに対して、複雑な考え方はできないはずだ。このまま拳を打ち込めば、それだけで終わりだ!
「せぇい!」
右拳を握りしめ、一気に振り抜く。それはなんの邪魔もなく、ヴラメ・サラマンの腹部へと打ち込まれていく。
ドゴォ……と、まるで建物でも倒壊したかのような音が響き渡る。衝撃に地面にはクレーターができ、近くに燃え広がっていた火が衝撃にかき消える。
腹部にめり込み、骨は間違いなく砕けた。生身の人間がもろにくらえば、間違いなく命を落とすであろう一撃。
……生身の人間なら、ば。
「……っ?」
しかし、不思議なことに手応えがまったくない。いや、正確には手応えはあるのだが……なんだろう、なにか変だ。なんて表現すればいいんだろう。手応えはあるのに、ない。
確かに拳をぶつけ、それは直撃した。魔力防壁を張った形跡もない。なのに、だ。
ただ正気を失ってるだけじゃない……やはり、なにかおかしい。たとえ王国の騎士団元団長でも、グレゴを圧倒した男でも、直撃すれば魔王にすらダメージを与えるこの拳が効かないなんてあり得ない。
「うぅう……」
「……はは、いいよ。うん。こうでなくちゃ」
正体不明の事象……それが目の前に現れたというのに、私の心は昂っていた。復讐には邪魔なものであるはずなのに、なぜか私の心は……!
「そうだよ、せめて楽しませよ……!」
確実に、狂い始めていた。




