冷気の支配
こちらの戦局へと参戦したユーデリアは、見るからにぼろぼろだ。藍色の体毛は赤黒く血に染まり、元々美しかったその影はない。息は荒く、牙や爪は所々折れてしまっている。
なにより、その体には大きな欠損が見られる……左足だ。獣の足、体と同じく藍色の体毛に包まれているはずの足が本来あるべき場所にはなく、代わりにあるのは水色に光る氷……足の形をした氷だ。
氷で作った義足……そう表現すべきものが、そこにはあった。それがガニムとの戦いで負った代償だというのなら、命を奪われることに比べれば安い代償なのかもしれない。
あのガニムとの殺しあいを、実質一対一で生き延びたんだ。片足くらいの犠牲は大目に見てやるべきだろう。ただし、当の本人が不服そうだ。
「……ずいぶんな、格好だね。その足、似合ってるよ」
「ずいぶんな格好なのは、お互い様だろ。その方がいい女だと思うぞ?」
おっと、皮肉に皮肉で返してきたか……ムカつくなぁ。
ガニムと戦い、片足を失った……その戦いの結果が、あそこで巨大な氷像となっているガニムだというのか。どれだけぼろぼろになろうと、癒えない傷を負っても……生き残れば勝ちだ。
ユーデリアは生き残った。その結果片足を失うことにはなった……もしもユーデリアが回復魔法を使えれば、たとえ足が千切れても直後ならばくっ付けられたかもしれない。だけどユーデリアは魔法自体を使えないし、欠損した部位をくっ付けるなんて『魔女』ほどの魔力がなければうまくはいかない。
すでに氷の義足を作ったということは、もはやくっ付けることを諦めたということ。私に見切りをつけているユーデリアは私への治療は頼らないだろうし、私だってお断りだ。
「みんなを、元に戻して!」
そんなユーデリアに怒りの感情をぶつけるのは、あこだ。
「みんな、凍ってる……まだ、生きてる、はずでしょ!? なら、元に戻せる、はず……!」
あこの言いたいことは、わかる。氷像にされた人たち……その時点で、生命活動が停止しているとは考えにくい。ただ動けなくされた、そう考えるのが自然だ。いや、そう考えたいのだろう。
氷像と化し、たとえば割られてしまっているのなら、もう命はないだろう。冷気に支配されている。しかし、ただ凍らされているだけならば……まだ生きている可能性は、ある。
そしてその状況を作り出した、氷狼ならば……
「……それができたとして、ボクが素直にやると思う?」
「っ……!」
しかしその方法があるとして、ユーデリアが素直に教えてくれるはずもない。ぼろぼろの顔で、それでも強気に笑うのは……余裕の表れか、相手を小バカにしているのか。
それを受けたあこは、一瞬あっけにとられた表情になり……直後に、ユーデリアを睨み付ける。そこからの行動は、単純だ。
減ってしまったとはいえ、まだまだ膨大の……魔力を塊にして、それをユーデリアに放つ。魔力も減り本来の威力よりも低下したそれだが、今ぼろぼろになったユーデリアに直撃すれば凄まじいダメージになるだろう。
……直撃すれば。
「……なっ!?」
本来ならばそれは直撃するはずが、しかしそうはならなかった。ユーデリアに近づいたとたん、カチィン……と、耳の奥に響くような音を立てて凍りつき、なにもしていないのに砕けてしまう。
ユーデリアに触れたわけでもなく、近づいただけで凍りつき……さらに、直撃砕けるだなんて。今のユーデリアの放つ冷気は、それほどまでに強力だっているのか。
ユーデリアの歩いてきた足元だけが、凍りついている。歩いただけでだ。それほどに強力な冷気、簡単には近づけはしない……
さっきの戦いの中で、なにがあったというんだ。
「なら、直接……!」
「!」
今の光景を見て、慎重になる……と思いきや、あこはユーデリアに向けて飛び出していく。近づいたら凍りつくというのに、接近戦に持ち込むつもりか? いくら魔力による身体強化をしていたとしても……
それは、無謀すぎる!
「あっ……」
「おっと、行かせないよ」
あこの後を追う……のを邪魔するのは、ケンヤだ。こいつ、人が急いでいるときに……!
「キミとあの娘がどんな関係かは知らないけど……あの娘が死んだら、キミがどんな表情で泣くのか、興味あってね」
「……退け!」




