第46話 王国元騎士
馬似のボニーに乗り、私は進む。地形のことはよくわからないが、人間というのは不思議なものだ。
一度来たことのある場所なだけに、どの方角に行けばそこになにがあるのかくらいは、だんだんと思い出してきた。
私の記憶が確かであるなら、この道を進めば、とある集落があったはずだ。そこで私たちは、忘れられない出会いをしたんだ。
「ヴラメ・サラマン……」
今から行く集落には……マルゴニア王国の騎士団、その団長を務めた元騎士がいる。今は騎士団を引退し、例の集落に身をおさめている。
その名を、ヴラメ・サラマンという。それはそれは屈強な男だ。かつては『剣豪』と呼ばれ、『剛腕』ターベルト・フランクニルと肩を並べるほどであったらしい。
……『剛腕』は私の師匠でもあり、彼と師匠は古い友人であったため、私たちはその集落では特に苦労することもなく、馴染むことができたのだ。
元とはいえ、王国の騎士団団長を務めた男。その実力は今も衰えることはなく……勇者パーティーメンバー『剣星』グレゴ・アルバミアとの一騎打ちでは、彼を圧倒、圧勝するほどの力の差を見せつけた。
グレゴは、『剣星』の名の通り国中、いや世界中の剣士の頂点に立つ存在だ。いくら私が『勇者』だ『英雄』だと呼ばれていたところで、剣の勝負ではグレゴには勝てないだろう。
そのグレゴが、手も足も出なかった相手なのだ。ならば私だって、太刀打ちできるかすら危ういのだ。……少なくとも、あの頃の時点では。
今は、私はあの頃とは比較にならない力をつけているという自覚はある。自覚はあるが……それでも、ヴラメ・サラマンに勝てると、断言はできない。
一つ言えることがあるとすれば……さっきの村のように、すんなりと復讐を遂行することはできないだろうということだ。
「……ふふ」
私の目的は、復讐だ。だけど、抵抗のない人間を殺しまくるというのもあっけないものというか、やりがいがない。こんなに簡単に進んでしまっては、私の気が済まない。
私がやりたいのは復讐であって、虐殺じゃない。
ヴラメ・サラマンという男は、かなりの強者だ。強いなんてもんじゃないだろう。それがわかっているのに、無意識に私は笑っていた。
強者と戦えることが、嬉しい? そんな戦闘民族じゃないよ、私は。けれど……手応えのある相手がいて、やりがいを感じているのは確かかもしれない。
復讐において、強者は邪魔物でしかない。そこにやりがいを感じるなんて、その気持ちは矛盾してる。そもそも、復讐なんて普通考えることではないかもしれない。
それも、個人でなく、世界に対して。
……この世界で過ごすうちに、私は『普通』ではなくなっていたのかもしれないな。魔物を、魔獣を、魔王を手にかけて。どうして、普通の生活に戻れると思っていたのか。
「……っと、見えた」
考え事は、ここまでだ。ボニーのスピードは、この世界の生き物の中でも上位にあたる。自分で走ると疲れるし、まさに渡りに船だ。
そのおかげか、次なる目的地……集落が、見えた。
先ほどの村よりは小さく、人口も少ない。だが、関係ない。私の復讐対象からは消えないし、あそこには王国に所属していた人間がいる。残しておけば、この先必ず私の弊害になる。
ここで殺しておいた方が、後々都合がいい。
「……うん?」
次なる標的を定め、決意を固める……が、視界に映る集落の様子がどうもおかしい。
まだそこまで近づいたわけではないが……それでも、見える。集落から、黒い煙がもうもうと上がっているのだ。単に火の取り扱いを誤った、というかわいいレベルではない。完全に火事だ。それも大火事。
問題は、事故か……それとも、誰かが人為的に火を起こした放火か。後者だとして、魔王がいなくなり平和になったこの世界で、そんな悪意があるのだろうか。
……人間なんだ、脅威がなくなれば別の脅威が現れるだけ。魔族がいなくなれば、今度は人間同士で争うかもしれない。
現に、『英雄』と呼ばれた私が、この世界を壊そうとしている。ここに、いい例がいるじゃないか。
「ま、関係ないか」
あそこでなにが起こってようが、私には関係ない。私はただ、やるべきことをやるだけなのだから。
たとえなにがあろうと、やることは変わらない。むしろ、火の手が上がっているならその分、混乱に乗じて復讐遂行をしやすくなるかもしれない。
「キミは、ここにいてね……」
集落へと近づいたところで、ボニーから飛び降りる。本来ならば、近くの木に首輪とかでボニーを繋いでおきたいところだ。繋げられれば逃げないのは確実だし。
ただ、どうしてか……このまま放置しておいてもこの子はきっと逃げない。そう、感じた。
「ぶるるっ」
ボニーの首を撫で、落ち着かせる。火を見ても、怯えた様子はない。いい子だ。
この子は、貴重な移動手段だ。復讐の際に、巻き込まれて傷でも負ってしまったら困るしな。ここに置いていくことに、迷いはなかった。
落ち着いたボニーと軽い別れを済ませ……私は、燃え盛る集落へと、足を進める。入口にいたはずの門番が、いない。火事でも門番を続ける人はいないか。
「……!」
警戒しながら、人のいない集落の奥へと進んでいくと……そこでは、複数の建物を巻き込む大火事が起こっていた。ここが、火元の原因だろう。
そして、そこには……炎を背に立つ一つの影が、あった。




