抜血
「なっ……」
右腕の傷口から、血が吹き出す。血が流れる、とかいう程度のものじゃない、吹き出している。勢いよく、冗談じゃないかというくらいに。
吹き出すその時間は短い。が、出血の量は多い。地面は赤黒く染まっていき、雨のように降り注いだためか血の水溜まりができている。
やがて出血は止まり、血の雨は止む。直後、右腕がだらんと垂れ下がり……まったく力が、入らない。本来自分の体とは、動かそうと思えばその部位を動かすことができるし、言ってしまえばどうやって動かしているか、なんて考えたことがない。
脳が筋肉に信号を送って……とかなんとか科学的な根拠は存在するだろうが、今欲しいのは体が動くメカニズムではない。
力を入れてもピクリとも動かない、この右腕……その理由だ。動かそうと思っても、そこが動かない。こんな経験はないことはないが、あれはたとえば金縛りのような、全身の動きを封じられるもの。
だけど、このように体の一部分だけがというのは……
「な、なんで……!」
なんでと、当然の疑問が浮かぶ。浮かぶが……その答えは、見当が付いている。というか、十中八九……『呪剣』の能力のせいだ。
斬られた者の自我を奪う能力、斬られた者を崩壊させる能力……そして、この『呪剣』の能力は……
「斬られた箇所の、血をなくす……?」
またぼんやりと、一太刀しか浴びていないから確実なことは言えないが……『呪剣』の一太刀を受けた右腕から大量の出血があったのは、偶然とは思えない。
というか、ズバッと斬られたのならともかく、突き刺しただけの部位からあれほどの出血はあり得ない。少なくとも、私はそんな現象見たことがない。
一本目の『呪剣』も二本目の『呪剣』も、確実に生き物に対して発生する能力だった。これもそうだとは思っていたが、まさか出血ものとは……
「っ……」
いけない、くらっとしてきた。右腕部分だけとはいえ、大量の血がなくなったのだ。これがもし、右腕で庇わずに脇腹に刺さっていたらと思うと……ゾッとする。
右腕部分だけ、というのは……こういう感覚、覚えがあるな。なんだっけ……そうだ、献血。右腕か左腕に注射をされて、そこから血を抜かれる。そのときに、血が抜けた影響でぐったりすることがあるが……それに似ている。
もっとも、その量は比じゃないけど。
「どうやら、効果が発動したみたいだな。時間差、ってわけか」
ケンヤは、どこか納得したように言う。時間差……はともかくとして、やっぱりこれが、この『呪剣』の能力に間違いないってことか。
これじゃあ、右腕は使えない。使えないどころか、大量の血液が抜けたことで意識がぼんやりとしてきた。ダメだ、しっかりしなければ。
血を補うために、肉を……せめて水分を補給したいところだけど、そうもいかない。けど、私に対してこの効果が発揮されているということは、この『呪剣』でケンヤの力を削ぐことができるはずだ。
相手の武器を、逆に利用してやる……!
「はっ、情けない姿になったね。左目は使えない、右腕も力さえ入らない……もうキミは脅威とは言えないな」
「うる、さいな……これくらいの、窮地、何度だって、乗り越えてきた……」
そうだ、左目が使えないからって、右腕が使えないからって、悲観することはない。この程度の窮地はこれまでに何度だってあったし、その度に乗り越えてきたんだ。
元々左目に魔力なんてなかった。マルゴニア王国で失った右腕は、生えてくるまでたまに呪術の力が出てきていたけど基本的にはなかった。どちらも、一度はなくした力だ。
それを思えば、どこに恐れる必要がある。このくらいで、怯んでいるわけにはいかない!
「お前も、同じ目に合わせてやる!」
「! 怯まないか……いいね」
左手で『呪剣』を握り直し、私は走る。右腕からの出血は完全に止まっている……右腕部分の血が、完全に抜けてしまったからだろう。
不思議なのは、抜けた血がおそらくは右腕部分のみだということ。血は全身に流れている……勝手な想像だけど、右腕の血が抜ければそこからまた全身の血が抜けていくと思っていた。なのに、もう右腕からの出血はない。
『呪剣』の構造なんてわからないし、斬った部分のみの血を抜く……というもので間違いはないだろう。右腕部分にそのとき巡っていた血のみを抜き、全身の血が右腕に血を補う行為は配慮してない……とかか。
そうなら、時間が立てば右腕部分にも血は通う。ただし、それは全身の血を補って、という意味であり、血が補給されるわけではない。大量の血がなくなったことに、変わりはない。
右腕が動くようになっても、全身の血が足りなくなって動けなくなる可能性がある……ってことか。こりゃ、速攻で決めないと動けなくなる!




