崩れていく大切なもの
とにかく、この場所から離れよう。私の顔はまだ見られていないし、あっちは話に夢中でこっちに注意は向いていない。向こうから声をかけられないうちに、さっさと離れる。
「お、おいっ」
「?」
とにかく、この場から離れるために脚を動かし、歩きだす。後ろからユーデリアとコアがついてくるのを感じるが、悪いけど脚を止めるわけにはいかない。
一刻も早く、この場を、離れる……
「はぁ、はぁ……」
あこには、会いたい。ちゃんと、ここにいるって伝えたい。でも、どうしてそんなことができる?
この世界に召喚されたのは、私の関係しないところだ。それでも、そのせいで元の世界では、私を探してあことお父さんは死んだのだ。私のせいで、死んだのだ。
それに加えて、今の私の姿はどうだ。左目は自分のものじゃなく人のもの。眼帯をして隠しているからパッと見はわからないだろうが、瞳の色が本来は黒色に対し、左目は桃色だ。見られれば一発で気づかれる。
それに、この右腕。凍傷の痕があるこの右腕も、私のものではない。左目と同じく人から奪い取った、といっても過言ではない。ここは、目とは違って特に隠したりはしていない。ただ、見られても目とは違って人のもの、とは思わないだろう。単に凍傷に侵されたと思うだけだ。
だけだが……事実、私の体はすでに、いくつか私のものではなくなっている。なくなった右腕が生えてくる前までは、そこから呪術の力が表れていた。もはや体の内側にも、なにがあるのかわからない。
あの頃と……元の世界にいた頃と、完全に変わってしまった。変わってしまった私を、見られたくない……! 会う資格もないし、見られたくもない。
「……で、どうするんだ。警備隊や本隊は多少厄介なくらい。あの店員が何者かは知らないが、二人がかりならまあなんとかなるだろ」
私の後ろに追い付いたユーデリアが、今後の方針を問う。方針というほど、たいしたものでもないけれど。
この国を落とすに当たって、障害となる存在。国の警備隊、本隊……そして……あこ。
警備隊や本隊は、少し厄介なくらいで、たいした障害にはならない。私かユーデリア、どちらか一人だけでも全滅させられるだろう。障害というほど、大それたものでもないのかもしれない。
問題は、あこ。あの身体能力や、魔力は並大抵の強さではない。戦力として、かつての勇者パーティーメンバーに匹敵するほどのものだ。一対一では、万一のことがある。だが、二人でかかれば……
「……」
そう、二人なら……倒せるだろう。倒せるだろうけど……倒す? あこを? 私が?
……そんなの……
「いいんじゃ、ないかな……この国は、後回しで……」
「……は?」
私の口から出た言葉に、ユーデリアが珍しく間の抜けた声を漏らす。しかし、それはそうだろう……それくらい、今私が言った言葉は予想外のものだということだ。
自分でも、なにを言っているのか、わからないわけではない。これまで、たくさんの人を、国を、村を町を……この手にかけてきた。それが、この国に限って後回しにしようというのだ。
「いや……いきなり、なにを言ってるんだ?」
困惑も当然だ。だけど、私はそれ以上に……
このままこの国を手にかけようとすれば、必ずそれを阻止しようと動き出す。国の警備隊や本隊はもちろん、あこだって。魔獣の登場に我先にと飛び出していったあの子だ、魔獣以上の脅威だろうと構わず出てくるだろう。
私の知ってるあこならば、そんなことはしない。他の人に任せ、隠れていることだろう。けど……実際に見てしまった。あこがこの世界に来てからどれくらいの日数が経っているかはわからないけど、人っていうのは環境によって変わるものだ。私がそうで、あるように。
私がこの国を怖し、人を殺し……それを阻止するために出てくるであろうあこに、そんな姿を見せたくはない。戦いたくはない。いや、そんな選択肢はあり得ない。目的のために、あの子と戦えというのなら私は……
「……」
そもそも、私が復讐に呑まれたのは、あの子が私のせいで死んだからだ。なのに、復讐を果たすためにあの子と……? 矛盾している。私はだって、家族の敵を討つために、復讐を……
でも、あの子は、なんであれこの世界で生きている……あ、れ……? あの子は生きているのに、じゃあ私は、なんでこの世界を……? この世界を壊したら、あの子の居場所も、今度こそなくなって……じゃあ私は、いったい、なにを、なんのために、どうして……
……ダメだ、崩れていく……私の中で、なにか、大切なものが……崩れていく……私を支えていたなにかが、壊れて、いく……
「おい、しっかりしろよ。この国に来てから……いやあいつを見てから、お前変だぞ」
「ブルィイン」
心配、でもしてくれてるのだろうか。はは、だとしたらなんか変な感じだな。
でも、あぁ、ダメだ……あの子がここに、この世界にいるなら、私は……もう……
「ちっ……理由は知らないが、あの店員と戦うのが嫌だっていうなら仕方ない。ボク一人でやるよ」
「!」
……ユーデリアが、あの子と戦う……? そんなことしてもし、あの子が氷付けにされて、その上割られることになんてなってしまったら……
「ダメ!」
「っ?」
気づけば私は、ただそれだけを、声に出していた。




