【異世界転生】
……死を受け入れるか、受け入れないか。その二択を迫られ、大抵の人は受け入れないと選ぶのではないだろうか。ただし、この状況でおいそれと答えるのは、なかなかに勇気のいることだ。
どちらを答えるにしても、今目の前の彼女が言ったことは、にわかには信じられないことだった。
「異世界、転生……?」
『はい。聞いたことはありませんか? 正直、あこさんくらいの年齢の方ならこの単語は馴染みが深いと思うのですが』
異世界転生……その言葉は、確かにあこの中にも存在している。彼女の言う通り、それはあこにとって、決して聞きなれない言葉ではないのだから。
「そりゃ、まあ……けど、それはフィクションの話で……」
あこくらいの年頃の子にとっては、もはや身近といえる。マンガ、ラノベ、さらにはネットなど、あらゆるところでその言葉を目にし、それを題材にした物語が展開されている。
あこだって、興味がないわけではない。公に読みはしないが、暇な時間ネットの無料小説を読むなど、異世界転生については多少なり嗜んでいる。
しかし……それはあくまで、物語の……フィクションの話だ。自分にもそういうことが起こらないかと思うことがないわけでもないが、起こるはずがないと理解もしている。なのに……
「そんな、信じられません。急に、そんな……」
『まあ、そうですよねぇ』
信じられない。それでも、彼女が嘘をついているとは思えない。思えないが……先ほど死んで、よくわからない場所で、よくわからない人物に、そんなことを言われて、すんなり受け入れられるはずもない。
「ていうか、別の世界に転生って言いましたけど……転生なんか、しなくてもいいです。転生するっていうなら、元の世界に戻してください」
異世界転生という響きに、惹かれないと言えば嘘になる。だが、もしも元の世界に戻れるというのなら、異世界になんか行かなくていい。
やり残したことが、たくさんあるのだ。母のこと、姉のこと……いろんな、ことが。
だけど……
『それは無理です。貴女は、あの世界で命を落としました……ゆえに、あの世界で二度目の生を生きることはできないのです』
元の世界には戻れないと、きっぱり言われてしまった。その言葉に、あこは押し黙ってしまう。期待、していなかったわけではないが……無理であろう、とも思っていた。
『ですので、今回あこさんには、別の世界で二度目の生を謳歌してもらおうと、この場を設けさせてもらったんです。元の世界には戻れませんが、本来なら死んでしまうところを、二度目の生を受けるチャンスとなったわけです』
「……どうして、私を? それとも、もしかして死んだ人ってみんな……じゃあ、お父さんは……!」
『残念ですが、お父様は……いえ、ほとんどの人はここに来ることすら叶いません。生前に悔いの残っている方……は、ほとんどの人がそうですね。あこさんのように、寿命を待たずして若く亡くなった方……と言うべきでしょうか』
「じゅ、みょう?」
『えぇ。人間には本来、定められた寿命があります。それは本来、変えることのできない絶対の理……しかし、それがなんらかの形で覆された時。寿命を迎えることなく、死んでしまった場合……ここに、魂が導かれるのです』
湧く疑問はたくさん。それに一つ一つ答えていく女神を名乗る女性。あまり難しい話はわからないが、共に死んだはずの父はこの場にはいない……いや、転生のチャンスすら与えられていないということだ。
そして、なにかしらの理由で、あこは寿命を迎えることなく死んでしまったということ。寿命だのと、実際にそういうものがあるのか……生まれた瞬間から、運命によって自身の死がいつか決まっているのか。それは、考えてもわからないことだ。
だが、女神は……人間には寿命があり、あこは寿命を迎えることなくなくなったと、そう言った。それがなぜなのかは、わからない。
「……」
ふと、姉のことが頭をよぎった。なぜこんなときに……姉の姿が、頭の中に浮かぶのだろう。姉がいなくなり、それが影響して寿命に影響が出た、とでもいうのだろうか?
……結論から言ってしまえば、姉杏の失踪が原因となり、あこの寿命に影響を及ぼした。もしもその失踪が、単なる家出、誘拐などその世界の中で起こったものならば、影響はなかったかもしれない。しかし、杏は異世界の召喚によりその世界から姿を消した。別の世界からの干渉が、杏の家族に精神面以外でも影響を及ぼしていたのだ。
「……二択、って言ってましたけど。でも、普通に考えれば別の世界でも生き直せれるなら、そっちを選ぶんじゃないですか?」
『いえ……中には、このまま本当に死を受け入れる人もいます。そして、死を受け入れればそれまで。なにを思って死を選ぶのか……せっかく二度目のチャンスがあるのだから、もったいないと思いますが』
女神は、もったいないと言う。それはそうだとあこも思う……なにはともあれ、生き返るわけではないにしても、二度目の生を送れるのだ。普通に考えれば、死を受け入れないと選ぶはずだ。
『普通に考えれば……ですか?』
「!」
先ほどの言葉を掘り返され、あこは目を見開く。そう、普通に考えれば、そちらを選ぶ……あこはそう言った。
それはつまり、あこが普通には考えていないということだ。
『あこさんは、死を受け入れるのですか?』
「それは……」
死を受け入れるか……ストレートにそう聞かれては、言葉に詰まってしまう。別の世界であろうと、生きられるチャンスがある……そのチャンスを前に、果たして首を縦に振れるだろうか。
死にたくない、そう思った。最期の瞬間まで。そして、その願いが叶う、手の届くところにある。だが、それは別の世界で……なのだ。母も父も、姉も……誰も、いない。誰にも会えない。
もちろん、このまま死を受け入れても、誰にも会えない。それは結局は変わらないのだ。
『選ぶのは、貴女自身です。このまま死を受け入れるか、それともこれまでと全く異なる世界で二度目の人生を生きるか』
二択……それはあこにとって、すぐに答えの出る問題ではなかった。死ぬのは怖い。しかし、誰も知らない世界で生きていく意味が、果たしてあるのか。
考えて、考えて、考えて……そして……
「決めた……私は、二度目の人生を、生きる」
結論を、出した。




