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異世界召喚され英雄となった私は、元の世界に戻った後異世界を滅ぼすことを決意した  作者: 白い彗星
予期せぬ再会

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【一人の少女のその末路】



 ……一人の、少女がいた。彼女の名前は、熊谷 あこ。彼女は、わずか十五の歳にしてその短い命を落とした。


 命を落とすこととなったその原因は、交通事故……車にはねられたためだ。その際、共にいた父親にとっさに庇われたが、そのかいなく二人とも命を、落とした。


 そして交通事故の原因は、わき見運転によるものであり、信号無視など二人に非はない。相手側に非があることは間違いないが、もう一つ運が悪かったことを挙げるとするならば……連日の行いが二人から、いつもよりも注意力を奪ってしまっていたことか。


 連日の行い……それは、失踪した姉の捜索だ。姉の名前は、熊谷 杏。あこは杏が大好きで、杏もあこを大切に思ってくれていた。


 当初、姉の失踪を大事に考えていたわけではない。姉だって年頃の女の子なのだ、こういうこともあるだろう。なによりお互いが大好きな姉妹、自分を残してどこかに行くなんて、考えられなかった。


 しかし日を重ねるにつれ、不安は募る。失踪届けを警察に出しても、最初まともに取り合ってはもらえなかったが……一週間が過ぎたところでようやく、話を聞いてもらえた。年頃とはいえ、一週間も音沙汰がないのだ。


 あこや両親も、もちろん独自に調べていた。学校、友人、親戚……思い当たるところはすべて当たり、そして……それらはすべて、空振りだった。失踪したと思われる当日、姉は学校にも行っていなかった。本人に、その時から連絡はつかなかった。


 警察の捜索が始まり、これですぐに見つかるはずだと思った。警察は優秀だ、きっとすぐに見つけてくれる。組織で動いてくれれば、自分たちの手の及ばないところまで探してもらえる。連絡が取れなくなったとはいえ、人一人の足取りを追えないはずはない。


 そう、思っていた。しかし、結果として……姉は、見つからなかった。失踪当日の朝、家を出てから、その後の足取りがぱったりと途絶えてしまっていたのだ。


 当初は、事件性が強いと考えられた。彼女がいつも通る通学路に、彼女の荷物が落ちていたのだ。間違いない、これは熊谷 杏のもの……だから、家出など自発的なものではなく、誘拐などの事件性があると。


 事件性があれば、必ず手がかりが残っているはず……しかし、手がかりは彼女の残された荷物以外、一つも発見されなかった。


 時間だけが過ぎていく。なのに姉は見つからない。明るかった家族はその姿を変え、特に母親の変貌ぶりは見ていられなかった。


 一日でも早く、姉を見つけたい。今さら近所を探してもどうしようもないだろうが、それでも黙って待つことはできなかった。姉さえ戻ってくれば、母も元気になり、また家族も元通りになる……日に日にその思いは、強くなっていき……



 キキーッ……



「……ぁ」



 ガシャンッ……!



 ……即死に近かった。即死でなかったのは、少なからず父が庇ってくれたことが影響していたのだろうか。あこを抱き締めるようにし、父は体を丸め……もう、動かなかった。



「ぉ、とう、さ……」



 姉を、探し出す。姉が、帰ってきてほしい。……その気持ちを抱いたまま、自分の中からなにか大切なものがこぼれ落ちていくのを感じる。


 ただでさえ、今母はいっぱいいっぱいな状況なのだ。娘がいなくなり見つからず、おかしな行動が少しずつ見えてきている。ここで、もう一人の娘と夫を、同時に亡くしたら……いったいどうなってしまうのか。



「ぁ、ぅ……」



 いやだ。イヤだ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。こんなところで死んだら、お母さんはひとりぼっちになってしまう。こんなところで死んだら、本当にもうお姉ちゃんと会えない。


 失踪した熊谷 杏は、もしかしたらもう……日々報道されるニュースやネット報道では、心ない言葉があちこちに飛び交っている。お姉ちゃんはきっとどこかで生きている……しょせん、他人が好き勝手言っているだけだ。気にしているようで、しょせん他人事。


 なのに……その言葉一つ一つが、胸に突き刺さった。きっと生きていると、希望すら否定されたような気がして。


 これが最期なんて、嫌だ。お姉ちゃんと別れたまま死んでしまうなんて、嫌だ。ただお姉ちゃんを探していただけなのに、なんでこんな運命が用意されているのか。なんのために、私は……



「……ぉ、ねぇ……ちゃ……」



 こぼれ落ちていく。自分の中から、こぼれ落ちていく。血が、感情が、命が……己を構成する大切なものが、こぼれ落ちていく。まだ死にたくないと、願った。まだ生き続けたいと、願った。


 その願いをあざ笑うかのように、(せい)がこぼれていく。生がなくなっていく。死が、迫ってくる。


 なぜ、こんなことになったのか。なぜ、こんなことにならなければならなかったのか。なぜ、姉は、いなくなったのか。なぜ、なぜ、なぜ……あらゆる大切なものがこぼれていく一方で、解けるはすもない疑問ばかりが頭の中を埋め尽くしていく。


 答えは出ない。しかし考え事をしている間は、まだ生きていると実感ができた。ならば、考えろ。考えて考えて考えて、生にしがみつけ。死を考えるな、生きることだけを考えろ。


 まだ、死んでない。お父さんだってきっと、まだ生きている。必死に生を考え、しがみつき、そして……



「ぁ……ぉ……」



 言葉すら、もう満足に出ない。痛い、苦しい、大丈夫まだ生きてる。意識はまだある。まだ、まだまだまだまだまだまだまだまだまだまだ…………


 ……ぁ…………



----------



『はじめまして、熊谷 あこさん。残念ながら、貴女は命を落としました』



 ……途切れた意識の中で、声が、した。

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