またのご来店を……
もぐもぐもぐ……
食事を再開し、しばし幸せな時間が訪れる。こんなことになって、今さら私が幸せなんてものを感じていいのかとも思うが……食事の時間くらい、いいよね。
この世界に戻ってきてから、野宿したりその辺の木の実や雑草を食べたりしてたけど……ここまで充実しているのは久しぶりだ。自分も目的も、忘れてしまいそうなあたたかな空間。でも、それは比喩表現で、私が自分の目的を忘れることは、決してない。
料理を食べ終わって、少し休んだら……この国も、これまでやってきたように破壊する。ものを壊し、人を殺し……血の雨が降ることに、なるだろう。
今さらそれに、罪悪感なんてない。いくら美味しい料理を出してくれるところだろうと、面白い人がいるところだろうと……
ただ、美味しい料理が作れる人はやっぱり、旅の中に欲しいな。勇者パーティーのメンバーで魔王討伐の旅をしていたときは、意外なことに師匠やサシェが料理ができた。
特にサシェなんか、野生児だからか……サバイバル的なやり方をいくつも知っていた。数少ない食料で、どう美味しい料理を作るか、とか。その方法を、実践してないわけではないけど……あそこまで、うまくはできない。
それに……あのときは魔族の土地に足を踏み入れてたから、人間の体には調理しなければいけないものが多かった。でも、ここでは……結構生で食べられるものも多い。だから料理をしないってのも、あるかな。
「んくっ……ぷはっ。ごちそうさま」
目の前に並べられていた料理の数々を食べ終え、最後に水を飲んで……喉の奥へと、一気に流し込む。ただの水でさえ、とても美味しく感じる。
うんうん、渇いた喉には、潤うよ。
「ふー、食った食った」
「ブルィイン」
どうやらユーデリアもコアも、食事が済んだようだ。料理は完食しており、それだけ美味しかったのだということがわかる。
こんな美味しい店は、マルゴニア王国にもなかったな。料理人を、旅に同行させたいくらい……って、作る材料も器具も満足じゃないとなにも作れないか。
「すみません、お会計で」
「はーい」
会計のために、レジに向かう。お金を払う前に店ごと壊してもいいんだけど、焦ってはいけない。全部壊したあとに奪えばいいし、今はとりあえず払うだけだ。
ちなみにこの国のお金は、国に来た時点では持っていなかったので……手頃な人間から財布をスッておいた。
「お会計ですね」
レジに立つのは……お面の店員だった。この子のことをよく考えていたせいか、少し驚いた。周囲では、他の店員の手があいていないようだ。
お面で素顔は、見えない。私もフードを目深に被って素顔は、見せない。奇妙な光景だと思う。
「……もしかして、旅の方、ですか?」
指定された金額を払いつつ、店員が話しかけてくる。荷物はあまりなく軽装で、乗り物として扱われるボニーを連れていることから、そう思ったのだろうか。
わざわざ答える必要もないんだけど……つい、うなずいていた。
「やっぱり! この辺りでは見ない方だと思ったので。旅ってなにを目的に? 大変じゃないですか? しばらくここに滞在するんですか?」
……ぐいぐいくるな、この人。おたふくのお面をしているからどんな表情をしているのかはわからないけど、声のトーンから察するに、なんだか楽しそうだ。
だけど、旅の目的なんて正直に話すわけにはいかない。しゃべるのが苦手なふりをして、さっさとここから退散してしまおう。
お金を、払う。
「あ、すみませんつい……この国は、いいところですよ。私も、最初からこの国の生まれってわけじゃないんです。でもなにもわからない私に皆さん優しくしてくれて、今ではここで働かせてもらって……」
お金を受け取り、数えながら……話を続ける。器用というかなんというか。接客しているからこういった器用な真似もできるんだろうか。
「……この国の、生まれじゃないんだ」
「! はい」
! ……またしても私は、なにを。こっちから話しかける必要なんて、まったくないのに。
顔も見えない、声もこもっている相手に、なにを……
「ちょっと、ある理由で……この国に。来たばかりの頃は不安でしたけど、ここの皆さんと話せて自分も変わることができたんですよー」
表情が見えなくても、嬉々として話していることがわかる。この国に来て、自分が変わることができた、か……
私もある意味、この世界に来て変わったからなぁ。この人の言うことは、理解はできても共感はできない。この人みたいに、嬉々として語ることはできないから。
「こちら、お釣りになります」
もう語ることなんてない。少し話したくらいで情が湧くなんてことはないが……なんか、ダメだ。この人と話していたら、なんだか自分が自分でなくなりそうな気がする。
フードを目深に被ったまま、お釣りを受け取る。そのまま、彼女に背を向けて……ユーデリアが追いかけてくる気配を感じながら、コアを連れて店を出る。
「ありがとうございました。またのご来店を、お待ちしています!」
背中に、店員の声を聞きながら。またなんてないんだよと、そう思いながら……店を、あとにした。
「…………」
最後まで、振り返ることはなかったから……店員が、私のことをずっと見ているなんて、気づかないまま。




