変なお面の店員
注文した料理が来るまでの間、改めて店内を見回す。広い店内にも、結構人が入っている。それだけでも、このお店が人気店だということはわかる。
店員も多く、女性男性と歩き回っている。ただ、その顔に変なお面などはつけていない。さっき私たちのところに注文を聞きに来た店員は、ユーデリア曰く変なお面をしていたらしい。
他の店員も、お面をつけているのならば、そういうお店……だと理解できるのだが。見たところどうやらそういうわけでは、ないようだ。私は見ていないけど、さっきの店員だけが変なお面をしていたということになる。
「さっきの……変なお面って、どんなお面?」
「どんな、って言われてもな……変は変だよ。白いお面で、女の人っぽい顔が笑ってるの」
ふむ……白い顔に、女の人っぽい、笑ってる、か。あれかな、おたふくみたいな感じかな。そういうお面という顔なら、私も元の世界で見たことはあるし。
お店で店員が、そんなお面をしているなんて不自然しかないけれど……客はもちろん他の店員もなにも言わないってことは、それが受け入れられている。つまり彼女の正装……なのだろうか。
一店員がそういうの許されるのは、わからないけど。ま、この店の、国の、世界の決まり事は、私にはどうでもいいことだ。単に、人見知りなだけなのかもしれないし。
「……」
客は店員に、気軽に話しかけている。店員も笑顔で応対しており、ここは近所のファミレスなんじゃないかと思ってしまう。内装も、それに近いといえば近いし。ま、お酒まであるのかは知らないけど。
木造の造りに、大きい席やカウンター。奥の方ではキッチンと思わしき場所があり、店員が出入りしている。あそこを見張っていれば、変なお面の店員も見られるだろうか。
「……なんかやたらと、キョロキョロしてるな。そんなに腹が減ったのか?」
「え? やぁ、はは……まあ」
お腹が減った……か。実際そうだ。昨夜のうちに、お腹の中のもの全部出しちゃったんだから。しかも、あんまり食べていなかったもんだから嘔吐したもののほとんどが胃液だ。
朝は木の実とか、飲み水でなんとかごまかしたけど……正直もう限界。店内に漂う料理の香りが、私をさらなる空腹へとかきたてていく。
はぁ、ドリンクバーとかがあればな……いくらでもがばがば飲むのに。お腹が少しは満たされるし、暑いし。さすがにドリンクバーはないから、水で我慢しておこう。
んく、んく……ぷはっ。水がうまい!
「お待たせしましたー!」
そこへ、店員が現れる。が、声がさっきの人物とは違う……ちらりとフードの隙間から見上げると、若い男性のようだった。お盆に載せた料理を、一つずつ机に置いていく。
キラキラした、営業スマイルってやつか……あ、どことなくウィルに似てるな。ちょっと殺したくなってきた……
「いかんいかん」
今手を出してどうする。どうせ後で皆殺しにするんだ、今は……やるべきこと。いや食べるべきものがあるだろう。
次々と机に置かれる料理の品々。お肉、お魚、麺類……まさにファミレスで出てきそうなそれらが、並んでいる。見ているだけで、お腹の中でダンスが始まってしまいそうだ。
注文したものがすべて置かれ、店員は去っていく。てか、この数一人で持ってきたのか……なにげにすごいな。
「ま、ともかく。久しぶりのごちそうだ、ありがたく食べよう。いただきまーす」
料理を前に、むしゃぶりつきたい気持ちを抑えつつ手を合わせる。これは元の世界にいた頃から、物心つく前からやっていたこと……こんな状況であっても、無意識にやってしまうのだ。
右腕がないときは、さすがに手を合わせることはできなかったけどね。でも、今はこうしてできる。これだけで、なんだか嬉しい気持ちになれるのは、なんでだろうか。
「なに笑ってんだよ、気持ち悪いな」
「うるさいなぁ」
料理を一口、口に運ぶ。これはご飯もの、私の知識だとチャーハンに近いな。お米とは厳密には違うんだろうけど、主食であることに間違いはない。ほんのり火が通っていて、美味しい。
ユーデリアも、コアも美味しそうに食べている。さてと、全部食べるぞー。
「んん、おいし!」
……それからしばらくの間、一心に食べ続けた。よほどお腹が減っていたのだろう、食事中に会話は一切なく、また追加注文もしていった。食事の勢いからか、周りの客の視線を感じることもあった。
空腹に加えて、久しぶりのあたたかいご飯。このコンボが、私たちの食欲を一気に進めていった。
「……ん?」
ごくごく……と水を飲む。その最中に、視界に映るものがあった。比較的小柄な店員、その顔に……変なお面がつけられている。
あれか、ユーデリアの言っていた変なお面つけた店員っていうのは。ふむ、予想した通りおたふくっぽい造形だ。
その人物は、忙しなく動いているため、チラッと視界に捉えた程度だ。小柄な体型に、こもっているため声がわかりにくかったがスカートを吐いていることから、女性で間違いないだろうことがわかる。
うーん、目立つよなあのお面。なんで一人だけあんなお面?
……ま、気にはなるけどわざわざ本人に聞いて確かめようとは思わないし。どうせあの店員も、あと少しで皆殺しの中の一人になるんだし。関係ないこと……
「すみませーん、注文いいですかー」
「はーい!」
他の客も、それぞれ注文していく。お面の店員だけでなく、他の店員たちもてんやわんやだ。店内は賑やかに、なっていく。
その理由も、この料理を食べれば納得だ。はぁー、毎日こんなの食べられたらなー。私も軽い料理くらいならできるけど、ここまで美味しくはできないし。お料理できる人が共にいればなぁ。
パクパク……
「あのー、こっちも注文いいですかー」
「はーい! ごめんアコちゃん、お願いできる?」
「わかりました!」
……パク……
「……ん?」
あちこちから聞こえる、客や店員の声。それは特に珍しいものではない。だけど私は、その中にふと気にかかる言葉を聞いてしまい、手が止まった。
なんてことはない、ありふれた名前だ……そう、どこにでもあるような名前。たとえ異世界だろうと、おそらく珍しくないだろう名前。なにも気にすることはない。
のに……その名前を聞いた瞬間、体が動かなくなってしまった。そう、『アコ』と……呼ばれたお面の店員は、声高らかに返事をした。




