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異世界召喚され英雄となった私は、元の世界に戻った後異世界を滅ぼすことを決意した  作者: 白い彗星
英雄はそこにいた

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【番外編】残された者たち:上



 ------熊谷 あこは、熊谷 杏の二つ年下の妹だ。今年から高校に入り、めでたく高校生になったばかりだ。ちなみに、高校は杏と同じ学校である。姉と一緒の学校に通いたくて、必死に勉強をした。


 それというのも、あこは年齢のわりに甘えん坊なところがあり、それは特に姉に対して。つまり、姉離れできていない。くわえて姉とは逆に人見知りな性格であることもあって、余計に姉から離れられない。


 姉とは二つ歳が離れている。つまり姉のいない中学時代が当然あったわけだ。とはいえ、姉がいないと一人では行動できない……なんてことはない。友達ができれば普通に遊ぶし、部活にだって入っていた。ただ、人見知りなので勇気が必要なだけで。


 姉がいないと行動できないわけではないが、姉が同じ学校にいるという気持ちだけでずいぶん違う。だから、同じ学校に入れるように、勉強を頑張った。


 頑張って、同じ学校に通えるようになって……毎日、登校を共にした。学年が違うし、それぞれの用事……たとえば日直とかもあるので、毎朝同じく通えはしないが。もちろん、通おうと思えば、時間を合わせて通うこともできる。


 とはいえ、これから先、ほとんど毎日を同じ道を歩くことができる。無理に時間をあわせる必要はない。時間は、これからもたくさんある……



「あら、珍しいじゃない。こんな時間まで寝てるなんて」


「そう思うなら起こしてよぉ!」


「甘いよお姉ちゃん、いつまでも起こしてもらえると思ってないほうがいいよ」


「それいつも私が言うセリフ!」



 その日は、珍しい朝だった。いつもは姉である杏が先に起き、妹であるあこは遅く起きてくる。それがいつもの光景だ。だがその日は、違った。


 いつも早く起きてくるはずの杏は、その日はあこよりも遅く起きてきた。制服に着替え、食卓に座りパンを頬張っているあこは、自分よりも遅く起きてきた姉に意地悪な言葉を投げ掛ける。どや顔をしながら。


 それを受け取る杏は、もーっと頬を膨らませつつ、準備をしている。普段は見られない姿に、クスクスと笑みを浮かべてしまう。


 杏は、高校に入ってから無遅刻無欠席の記録を目指している。その日は日直ということもあり、早く行かなければいけなかったのだが……よりによって、起きるのが遅れてしまった。



「やれやれー。おねーちゃん、私より年上なんだからしっかりしてよね」



 (せわ)しなく準備を続ける杏に、あこは言う。今杏は、パンを急いで食べたところだ。口の中に押し込み、牛乳で一気に流し込む。


 たまには、忙しなく動き回る姉を見るのもいいものだ。早起きもいいかもしれない。正確にはあこが早く起きたわけではなく、杏がいつもの時間に遅れただけのことだが。



「お姉ちゃん、明日は一緒に行こうねぇ」


「私が日直だからって、遠慮しなくていいんだよ? 一緒に行こ?」


「行かなぁい」


「ちっ」



 のんびりとパンをかじっている妹を誘惑したが、失敗。姉は女子高生にあるまじき顔で舌打ちをすると、準備を終えたようで荷物を持つ。


 わざわざ早く行かなければならない理由はあこにはない。姉離れできないあこではあるが、こういうところは割りきっている面があった。


 慌ただしく準備を終えた杏は、扉に向かう。ドアノブに手をかけてから、玄関に向かう前に……



「ったくもう……はぁ、じゃ、行ってきます!」


「いってらー」


「いってらっしゃい、気を付けるのよー」



 そう言って、部屋を出た。


 ……もしもあこが、一人で登校できないほどに本当に姉離れできなかったら……もしこのとき、一緒に行くよと言っていたら。


 そんな後悔ばかりが、押し寄せてくる。



「……おかしいな」



 杏が家を出てから、あこはいつもの登校時間に家を出た。学校に着き、友達と話し、授業を受けて……いつも通りの日常を、過ごしていた。ただ一つを、除いては。


 学校で、姉にしたメール……その返事がないのだ。返事がないくらいで不安に思うのは大袈裟かもしれないが、姉はいつもメールの返事をくれていた。それも、放課後になるまでまったく反応がないなんて、これまで一度もなかった。


 たまたま携帯電話を忘れたとか、気づいていないだけとか……その可能性もある。だが、なぜだか胸の中にはもやもやした気持ちが生まれ、消えないでいた。



「ただいまー」



 帰宅したあこ。玄関には、姉の靴がなかった。まだ帰っていないのだろうか……よくあることではあるが、やはりもやもやした気持ちが、あった。


 そしてそれは、だんだんと大きくなっていく……



「あこ! 杏は!?」



 奥から、母が駆け寄ってくる。必死の形相で、おおらかな母には似合わない、そして滅多に見ない表情だ。



「え、なに? お姉ちゃん?」



 お帰りといつもならば言ってくれるが、それも忘れてしまうほどのようだ。主語もなにもないが、姉のことを聞いているのはちゃんと伝わった。


 伝わった上で、いったいなにを問いたいのかがわからない。だから今わかっている限りを、答える。



「お姉ちゃん、まだ帰ってないの? メールも、ずっと返信がなくて。さすがにお姉ちゃんのクラスまでは行かなかったんだけど……」


「……あのね、聞いてねあこ。杏、今日学校に行ってないらしいの」


「……ん?」



 あこの肩を掴み、まっすぐと目を見て……母は言う。その目には、嘘はない。そもそも、嘘をつくメリットなんかもないのだ。


 しかし、それはあまりに突拍子のないもので。だってそうだろう。



「え、でも、お姉ちゃん学校、行ってたよね」


「……えぇ、そう。そのはず、なんだけど……」



 姉が学校に、行っていない? 朝あんなに慌てていたのに? 無遅刻無欠席記録を目指していたのに?


 学校に来ていないと、教師から電話が会ったらしい。教師から見ても杏は明るい生徒であり、なんの理由もなく学校を休むなど考えられない。無遅刻無欠席記録を狙っているならなおさらだ。


 となると、風邪だろうか。しかし学校に連絡は来ていない。だから教師は、連絡をした。熊谷 杏が来ていないが、風邪でも引いたのかと。


 もしかしたらプライベートな理由があったのかもしれない。だから一日様子を見ることも考えたが……結果として連絡を取り、それが母へ、杏が今日学校へ行っていない事実を伝えることとなった。


 学校に行っていない、しかしちゃんと、荷物や携帯は所持していた。あこのメールに反応しないのは、携帯を忘れたからではないらしい。そもそも杏が携帯を忘れるなど、考えてみればほぼあり得ないことだ。


 母も、何度も連絡している。だが、繋がらない。返事はない。あこの中で、胸の中のもやもやが大きくなっていくような気がした。


 ……その日、姉、熊谷 杏は、消息を絶った。

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