壊れてしまえ
激情が、止められない。先ほどの怒りとは比べ物にならない感情が、ケンヤの中から溢れ出す。それはまるで風のよう……いや、ただの風ではない。突風のようになって、周囲を巻き込んでいく。
突風はケンヤを中心として、吹き荒れる。抱き抱えているガルヴェーブを除いて、すべてを吹き飛ばしていく。壁も、天井も、倒れている魔族も……
「な、なんだ!?」
家の壁を吹き飛ばす……木の壁が、簡単に剥がれて壊れて、飛んでいく。それは、家の周辺にも影響は及んでいく。
近くを歩いていた者は、その光景に驚き足を止める。当然だろう……家が内側から壊れ、突風が吹き荒れているのだ。この世界に台風という概念があるかはこの際どうでもいいことだが、まさにそれは台風と呼べる災害だ。
それが、一つの家を発生源に、どんどん大きくなっていく。周りにあるもの、すべてを消し去らんばかりに。
「なんだ、この風……!」
「それに、すごい魔力だ……!」
その突風に気を取られ、魔族たちは気づかない……突風の中心、いわゆる台風の目となる位置に、一人の人間がいることを。彼は、すさまじいまでの激情を、溢れさせている。
彼の叫び声は、憎しみかそれとも悲しみか。だが、突風の勢いが強すぎて、叫び声をもかき消してしまう。
突風のような魔力は、やがて周辺に別の影響を及ぼしていく。地面が抉れるほどに鋭いものとなり、皮膚に深い傷跡を残す凶器と変化する。それだけではなく、突風に巻き込まれた草木は枯れ、木の板は腐り……明らかな異常をきたす。
突風を消そうと、とりあえず魔力を撃ち込んでみるが……消えるどころか、突風は魔力を巻き込み、さらに勢いを増していく。まさか、他人の魔力も吸収している、のだろうか。
周囲がそれに気づいたときには、被害は甚大なものとなっていた。突風に巻き込まれた者は、まるで何本もの鋭い刃に切り裂かれたように、体がバラバラになった。
肉も、骨も、構わず切断していく。それは図らずも、ケンヤ自身の憎しみが意思となって表れたかのようだ。ガルヴェーブを死に追いやった奴らを、そんな奴らが住むこの街を、破壊し尽くしてやる。
……いや、街だけではない。この街や、城でそうだったように。きっとどこへ行っても、なにも変わらない。マド一族であるというだけでガルヴェーブは嫌われ、ケンヤだって人間というだけで……
世界は、自分たちを認めない。ならば……認めてくれないのならば、こんな世界……
「壊れてしまえ」
無意識のうちに、だが確かな想いを持って、ケンヤの口からただそれだけが紡がれる。次の瞬間起こったのは、圧倒的な力の爆発だ。
突風は一気に勢いを増大させる。それは風というより、もはや衝撃波に近い。もう魔族を刻んでいく刃なんて生易しい表現ではなく、巻き込まれた魔族は跡形もなく消えていく。
その肉体は破壊され、そこにいたという存在として衣類だけが残される。だがそれも、突風により彼方へと吹き飛ばされていく。
家も、木々も、地面も、魔族も……街ごと突風に包まれるのは、そう時間はかからなかった。突風の中心にいるケンヤ、そしてガルヴェーブを除いて、街全土を巻き込みすべてを、破壊していく。
魔族の悲鳴も断末魔も、ケンヤの叫び同様突風にかき消され……ここからすべての魔族の生命が消えたとき、ようやく突風は収まっていく。
残されたものは、なにもない。文字通り、すべては破壊された……家の残骸、魔族の死体と呼べるものすらなく、意識を取り戻したケンヤが目にした光景は、一面が更地となった街であった。なにもかも、砂となって消えてしまった。
ここに街があったという証すら、なくなった。魔族が住んでいたという事実も、まるでなかったように、もうなにも残っていない。
「……ぁ?」
なにが起こったのか、わからない。最中の意識は、ケンヤの中からは消えていた。あるのは、手の中にある温もり……もはや温もりがあると言い切れなくなった、あるいは冷たい体が……残されたのみ。
命の灯火は消え、流れる血はいつの間にか固まってしまった。それほどまでに時間が経過したのか、それとも単純な話突風で血が固まってしまっただけか。
いずれにしろ、ガルヴェーブの胸から流れていた血は、もうそれ以上流れることは、なくなっていた。
辺りには、なにもない。いくら首を回して、辺りを見ても……なにも、ない。見渡す限りの更地。ついさっきまであったはずの建物、いたはずの魔族……なにも、ない。
なにも、ない……つまり、ケンヤが憎しみを向けるべき相手も、もういない。言ってしまえば、ケンヤの力でここにあるすべてを消し去った……しかしそれは、ケンヤの無意識下での出来事だ。
ケンヤにとって、ガルヴェーブを殺した奴らへの復讐……それが、果たされた。しかしそれは、言ってしまえば実感のない復讐だ。
意識を失う前……つまりケンヤが激情のままにガルヴェーブに駆け寄った際は、かろうじて意識は残っていた。確かに、彼女のところへ行く際に邪魔だった魔族を何人か手にかけた感触は、覚えている。
だが、それですべてがすっきりするわけではない。中途半端なままに魔族を手にかけた感触が残り、それでもこの憎しみの感情が晴れることはない。自分の知らないうちに、すべて終わっていたなんて……この気持ちは、どこにぶつければいい。
先ほどの魔力の暴走中に、ケンヤの意識が残っていれば……あるいは、まだ違ったかもしれない。
「……くっ……」
やりきれない思いを胸に……冷たくなっていくガルヴェーブの体を抱き、涙を流すことしか、できなかった。




