第34話 もう誰も傷つけさせない
「はぁ、はぁ……!」
サシェがいなくなってから、私たちの総合的な力は確実にダウンした。魔物の奇襲に備えるために、以前以上に気を張り巡らせ、精神がすり減っていく。
サシェは、どういうわけか魔物の接近を察知することができていた。曰く、においが違うのだという。だから、私たちもそれほど常に緊張している必要は、なかった。
それに、サシェは遠くの獲物でもその腕で仕留めることができた。今は、それができない。エリシアも遠距離の攻撃手段は持っているが、サシェほどの正確性はない。
サシェがいなくなった事実は、私たち勇者パーティーの力を確実に下げていた。
今まで揃っていたチームワークは、一人が欠けたことで意味を為さなくなり、今だってこうしてピンチに追い詰められている。
「ふん、その程度か」
「人間にしてはそこそこやるが、それだけだな」
しゃべる魔獣……自身らを四天王と名乗る黒い巨体は、冷たく私たちを見下ろす。
サシェが倒したのは、鳥型だった。今回のは、四足歩行の獣型……いや、恐竜型の方が正しい。と、丸太の倍はある腕を持つゴリラみたいな見た目の魔族だ。
四天王が、二体……私たちがこうして疲弊しているのは、なにも目の前の二体が強いからという理由だけではない。日々すり減る精神に、またも魔物の大群。加えて……
「ぬぅうう!」
「おぉおお!」
ゴリラ型の魔族は、師匠と五角に力比べを披露している。なんって馬鹿力……そのせいで、師匠はあのゴリラから離れられない。力で渡り合えるのは師匠だけだ、師匠以外には止められない。
だから、私とグレゴ、エリシア、ボルゴは恐竜型の魔族と、魔物の大群を相手にしなければいけない。大群とはいえ、あの時ほどの大群ではないけど……
それでも、厄介なことに変わりはない。しかもこの四天王ってやつ……魔獣よりもさらに硬い体だし、当然のように魔法だって使う。
強い……けどサシェは、たった一人であの窮地に勝ったんだ。だったら私だって……こんなことで弱音を吐いてたら、サシェに笑われてしまう!
「私は……私たちは、負けない! そこをどけぇえええ!!」
「無駄だ、諦めの悪い人間よ!」
私の拳と、恐竜型の頭突きとがぶつかり合う。辺りには衝撃が走り、まるで雷が落ちたような音が響く。
「ふはは、また吹き飛ばしてくれる!」
硬い……私は何度も、吹き飛ばされた。それほどまでに、この頭突きは威力のあるものだ。
けど……それがなんだ! 私は、元の世界に帰るために……サシェの想いに報いるために、こんなところで躓いていられないんだ!
「ふん、何度やっても……ぬ、ぅぉおおお……!」
「お、押してる!? アンズ、押してるよ!」
拮抗していた力は、次第に傾き始める。ゆっくり、ゆっくりと私の力が押していき……渾身の力をかけて、思い切り腕を振り抜く!
「うぉおおお!!」
「ぬぉおおお!?」
気づけば私は、恐竜型を吹っ飛ばしていた。これまで力負けしていた相手を吹き飛ばし、岩へと叩きつけた。
「やった、やったよアンズ!」
「あ、うん……」
喜んでくれるエリシアだが、拳がびりびりしててそれどころじゃない。それに、まだ事態が好転したとは言えないのだ。
グレゴが、魔物の大群の相手をしてくれてはいるけど……数という力にいずれ押し負けてしまうとも限らない。早く、あの恐竜型を倒さないと……
「ぬぅ……まさか、あれほどの力を出すとは。そこそこやる、と先ほどの言葉は撤回するぞ人間」
起き上がる恐竜型には、たいしたダメージは見受けられない。くっそあのデカブツめ……このくらいじゃ、ぴんぴんしているってわけか。
そうしている間にも、恐竜型はこちらに突進してくる。巨体のくせに速く、その巨体に助走が加われば、それはもう猛スピードのトラックが突っ込んでくるようなものだ。
「アンズ!」
直撃すれば怪我では済まない……身体中が砕け散ってしまうほどの一撃を、私と恐竜型の間に入ったボルゴが防ぐ。盾を展開し、それで突進を受け止めたのだ。
「ぐ、ぅううう……!」
「もう誰も、傷つけ、させない!」
サシェの一件があって以来、ボルゴの盾の強度はさらに上がった。仲間を守りたい……その気持ちが、より強くなったのだという。
どんな攻撃であろうと、自分の盾で防ぎきる……その思いが、彼に力を与えた。
攻撃手段を持たないボルゴだけど、その守る力は、確かに私たちの力となってくれている。
「エリシア!」
「うん! "ボルト・ランス"!!」
ボルゴの盾で防ぎつつ、エリシアが魔法を展開。空に槍を型どった雷が出現する。しかもそれは一本ではない……複数だ。
それを、恐竜型へと放つ。ボルゴの盾は敵の攻撃を防ぐが、こちらからの攻撃はすり抜ける。よって、雷の槍は恐竜型へと直撃。
恐竜型の硬い体を貫き、額に、足に、体に突き刺さっていく。エリシアの魔法の威力も、格段に上昇している。
「ぐっ……だが、こんなもので…………ぐぉおおおお!?」
突き刺さった槍……それは恐竜型に大きなダメージを残すには至らない。刺さっただけならば。
しかしそれだけには、終わらない。体の内側にまで突き刺さった雷の槍は、体内へと電撃を流していく。いくら体の外側が硬くても、内側までそうではないだろう。
それも、電撃は一時的にではない。突き刺さっている限り、永続的に流れていくのだ。
「ぐっ、ぉお……この、人間、風情がぁあ!!」
「その人間風情に、負けるんだよお前は! いや、お前らは!」
電撃により、痺れて動けない恐竜型。お前らが魔族だろうがなんだろうが、私たちは勝つ! 勝ってこの世界を平和にする! そしたらもう、誰も傷つかなくて済むから!
「うりゃああああ!!」
動けなくても、それだけで殺すことのできそうな視線を向けてくる恐竜型。それに屈する私たちではない。
逃げ場のないだろう恐竜型のその大きな額に、私は渾身の力をもって、拳を打ち付けた。




